第66話 王女、シャベルを名乗る
カチュアが目覚めると世界はスコップ地獄と化していた。
「………………は?」
スコップ地獄としか形容しようがなかった。
リティシアの持つオーブの光で意識を失ったまでは覚えている。だが、目覚めたそこはロスティール王都近くの草原ではなくなっていた。だって草が一本もない。草の代わりに小さなスコップが100億本ぐらい突き刺さっている。
そよ風に『すこーすこー』と揺れるスコップ草。
「……宇宙の法則が乱れているな」
だがいつものことなので後方に振り返る。
丘に、多数のスコップが整然と刺さっていた。
ランスロット達、スコップ神殿騎士団がいた場所。
きらびやかな銀色に光るスコップ達。
銀色は、聖騎士の鎧の色である。
つまりーーこのスコップは騎士達の成れの果てというわけか。
してみると前方の黒くてマントのついたスコップは多分ゼルベルグだろう。
なるほどなー。
「何がなるほどだっ!?」
セルフツッコミしながら、空を見上げてみる。
空は草原よりも更におかしかった。
太陽は、残っている。しかし巨大なスコップが、ザクリと太陽を貫いていた。どれだけの大きさのスコップなのか検討もつかない。貫かれた太陽は、まるで寿命を終えようとする恒星のように、ゴォウゴォウと激しく燃え盛っている。
スコップ地獄を燃やし尽くそうとする太陽。
そのへんまで観察したところでカチュアは耐えきれず叫んだ。
「アラーーーーン! どこだーーーーーっ!」
泣きそうであった。
「アラン、アランっ! こんなスコップ地獄に私を一人にするんじゃないーーーっ!」
大声で呼び続ける。
オーブには願いを叶える力がある、とゼルベルグが言っていた。
つまりこの世界はリティシアが願った世界なのか?
「………………っ!」
正直、こわい。自分がガタガタと震えているのがわかる。
こんな世界に一人で放置されたら3分で発狂できる自信がある。
と、そのとき目の前にひときわ大きなスコップが刺さっているのが見えた。
アランの持っていたスコップによく似ている。
ぞくりと背筋に悪寒が走る。
「まさか、まさか――アランに限ってそんな!」
不安に思いつつ、それでも駆け寄る。
まるで墓石のようにスコップが地面に突き刺さっていた。間違いなくアランのスコップであった。それだけではない。地面にこんもりと何かが埋まっていた。カチュアは絶望に震えていた。そこにあったのは――アランの生首である。
「っっっ!?」
首だけが地面から出ている。
安らかな表情でスコップの下で眠っている。
そんな――そんな、あのアランが死んだなんてっ!
カチュアがひざまずいて、震える手でその首をつかもうとした――そのとき。
ぱちん。
生首アランがふつうに目を開けた。
「む。起きたかカチュア」
「うわああああああああああああああああ!?」
そしてボコンと地面から出てきた。灰色の土をパッパッと体から払いながら。
「ふう。久々に生き埋めになったな……デモゴルゴンとの大戦以來だ」
全身もあった。生きてた。ふつーに生きてた。そこにようやく気付いて、カチュアはひっぐひっぐともう泣きじゃくりはじめた。ポカポカポカとアランをたたきはじめた。ばか、ばか、ばか、この――っ!
「悪趣味な冗談をするんじゃない、アランのばかーーーーっ!」
「うおう! 抱きつくな、泥で汚れているぞ」
生首である。正直ホントに死んでるのかと思った。
安堵と安心で鼻水がとまらない。
「なぜ泣く」
「お、おま、おまえが手の混んだ死んだふりなんかするからだ、何考えてるんだ!」
うー、うーとなんとか涙をこらえるカチュア。
よかったけど。生きてたのはホントによかったけど!
でも私を騙したことは、絶対に許さない!
「ああ、今の埋まっていた件か……これは死んだふりではないぞ」
アランはスコップを地面からすちゃりと引き抜く。
スコココココと、青白いオーラがスコップに光っているように見えた。
「自らを地面に『埋める』ことで、スコップ力をチャージしていたのだ」
「意味が完全にわからない!!」
「強敵との戦いの準備だ」
涙目。だけど笑顔になるカチュア。
「どっちにしても意味がわからんわ!」
「スコップ力をチャージしていた理由がわからないのか?」
「ちがう、そうじゃない! このばか、ばか、ばかっ!」
ぽかぽか叩きながら、でも安堵のため息をつくカチュア。
アランはカチュアの頭をゆっくりと撫でると、真剣そうな表情に戻る。
「カチュア。是非、おまえのスコップを貸してくれ」
「私のスコップを……? そ、そもそも私は剣しか持ってないぞ!」
「どっちでもいい。俺一人では、足りるかどうか、わからんのだ」
アランはすちゃりとスコップを構えた。
ゴォうと全身から青白いスコップオーラが迸る。
「カチュアが起きるまでスコップ力をチャージはしたが、俺一人では」
アランはそこで言葉を止めると、カチュアの後方に視線を向けた。カチュアもつられて見ると――城がそびえ立っていた。ロスティール城があったはずの場所。だが城の形が明らかにおかしかった。
天をも貫かんばかりにそびえる鋼鉄の塔。
ありていにいえばスコップ型である。
そこに誰が待っているのか――考えるまでもないだろう。
「俺一人では、今のリティシアを救えるかどうか、わからんのだ」
真剣な表情で断言するアラン。
「……………………………………………そう、か」
なにが『そう』なのかわからないが。
カチュアはふふっと笑うと、背中の『聖騎士の剣』を握った。
助けを乞うているのだ。あの天下無双のアランが。落ちこぼれ騎士の私に。
ならば答えはひとつしかない。
「わかった。私に任せるがよい。それで私は何をすればいい?」
「正気を保つ手助けをしてくれ」
「……は?」
アランは真剣な面持ちで解説する。
「今のリティシアと会話すると、俺ですら精神を汚染されかねんのだ」
「アランでもか……いやでも、私もそこはあんまり自信はないぞ……」
「カチュアのツッコミを聞いていると俺も冷静になれるのだ」
「私はツッコミ係なのかっ!?」
かっこよく背中を任されるかと思ったが果てしなくどうでもいい係だった。
とはいえ、一度任せろと言った以上、断ることはできない。
「では急ぐぞカチュア。時間をかけるとまずいことになる」
「スコップ地獄以上にまずいことがあるのか?」
「地獄化はロスティール一国に留まっているから問題ない――それよりアレがまずい」
アランが頭上のスコップに貫かれた太陽を指さした。
「あれは本物の太陽だ。明らかにスコップで太陽を冒涜してしまっている」
「確かにあらゆる意味で冒涜的だな」
「アレを太陽神に気付かれれば《神の怒り》を喰らいかねない」
「太陽神……か」
太陽神とはたしかルーシィとガブリエラの仕える最高神だったはず。確か以前、アランは神を相手にすれば勝ち目は薄いと語っていた(そもそも勝ち目が少しでもある時点でおかしいが)。
「今は、ルーシィとガブリエラに太陽神の目を反らさせている」
それは反逆ではないか、とカチュアは思ったが突っ込まなかった。
あの二人はもう立派なスコップ天使と考えていいようである。
「だが、いつまで持つかわからん。急ぐぞカチュア」
スコップ草の大地(硬い)を踏みしめてアランは早足で歩き出した。
目的地はロスティール王都。白く輝くスコップ城である。
そこにリティシアがいるはずだ。
「アラン。姫殿下にお会いして、何を話すつもりだ?」
「わからん」
「わからんって」
「リティシアの求めていることが、俺には未だにまるでわからんからな」
確かにあの姫殿下の思考は人間には理解できない。
アランが好きなことだけは、間違いないのだが。
「だからリティシアの願いをきちんと聞いて、すべてはそれからだ」
アランは白く輝くスコップ城に目を向けて、感慨深げにつぶやく。
「何を求めているかわからんが……俺にできることは、すべてやるつもりだ」
冷静な声だが、アランの深い情が伝わってくる。リティシアのことを本当に気に入っているのだろうと思った。少しだけリティシア姫のことがうらやましくなってしまう、カチュアだった。
と、アランがカチュアに問いかけてくる。
「カチュア。リティシアは何を望んでいるかわかるか?」
「……おまえと結婚したいんじゃないか?」
普通に回答すると、アランは。
「もしリティシアが望むなら、無論俺は結婚するが」
「するのか」
「する。だが違うだろう。リティシアの願いはもっと人類に理解不能なはずだ」
「……そうかなあ?」
最近のリティシアはわりと乙女な王女だった気がするし単純なんじゃなかろうか。だが自信を持っては言えないカチュアだった。だって空を見上げるとスコップ太陽。眼前にはスコパレス。地面はスコップ草原。
ロスティール全土がスコップ地獄と化しているのだ。
どう見ても、乙女の所業ではなかった。
むしろ――。
「……姫殿下とは、戦いになるかもな」
どう見ても、魔王の所業であった。
△▼△
スコパレスは予想よりすぐそこだった。
ロスティール王城までは数キロあるはずが、数十メートルで着いた。
たぶん、距離がスコップで埋まってしまっている。
「ここに、リティシアがいるようだな」
巨大なスコップの形をした、山ほどもあろうかというその城は、建築材すべてがスコップだった。瓦礫が集まった塔に見えるが、瓦礫は大小さまざまなスコップだ。無骨としか言いようがない不気味な塔である。
人間の姿はカチュアだけである(アランは人間と言ってはいけないだろう)。
「むちゃくちゃ歩きにくいな……」
「急ぐぞ。ルーシィ達もいつまで太陽神を抑えられるかわからん」
「もし太陽神が気付いたら、どうなるんだ?」
「ロスティール、いやこの大陸ごと焼き尽くされる」
「……気が短すぎないか?」
「神とはそういうものだ」
いきなり大陸の命運がカチュアの両肩にのしかかってきた。騎士として燃える場面だがしかし笑う気分にはなれない。なぜなら、これから刃を向ける相手は(少なくとも人間だった時代は)敬愛していた主君なのである。
カチュアはごくりとツバを飲み込んだ。
緊張に体が震える。
果たしてリティシアはどんな格好で待ち受けているのか――。
「……ここか」
ひときわ大きな玉座の扉(扉も大量のスコップでできていた)の前に立つ。
そこには立て看板がかかり、よく見慣れた女性の字で、こう書かれていた。
『大魔王シャ・ベ・ルティシア ここに埋まってます ↑』
しゅここここー(カチュアの緊張した気分が一瞬でしぼむ音)。
「――なに考えてんですから姫殿下」
なにを考えているのかまるでわからないが。
ロクなことを考えていないことだけは、わかる。
「入るぞカチュア」
アランがスコココココォと間の抜けた音を立てながら扉を開ける。ゼルベルグが座っていたはずの玉座の間。その中央にプリンセスドレスの少女。左手にスコップを持ち、右手にもスコップを持ち、口にもスコップをくわえ、足にもスコップを竹馬にしている。
スコップ四刀流。
そして目元は仮面で隠れている。
仮面といってもスコップの先端部である。ありいはシャベルかもしれないが。
「よ……よふ、ひはひひゃ、こーひゅはは……はふっ!?」
四刀流の口元からスコップがこぼれた。『ひゃふぅ!』慌てながら拾おうとする自称大魔王シャ・ベ・ルティシア。スコップ竹馬でスコスコ動いて拾い上げようとして、コテンとまたこけて手と仮面のスコップもこぼれた。
そして素顔が見えた。
「――なに考えてんですか姫殿下」(30秒ぶり2回め)
「すこっっっっっっ!?」
どう見てもリティシアであった。
ていうか最初からわかっていたけど。
こんなバカな真似を思いつく姫は大陸の歴史上リティシア以外に存在しない。
「わ、わ、わたしは可愛く可憐で清楚なスコップ姫なんかじゃないですこ!」
既にいろいろひどい。
「語尾のスコが、既にリティシア姫なんですが」
「すこ!? じゃなくて、しゃ、しゃべっ、しゃべるっ!」
ごほんごほんとわざとらしく咳き込みつつ、リティシアは続ける。
「わ、わたしは大魔王シャ・ベ・ルティシア! 世界をシャベル化するのでしゃべる!」
「語尾が苦しすぎます」
「しゃべるなのですってばーっ!」
涙目で主張するリティシア。
もはやカチュアにはどうしていいかわからなかった。
と、そのとき黙っていたアランが動いた。
「リティシア」
すちゃりとスコップを構えて、アランは一言。
「今のおまえは――確かにシャベルだな」
「!!!!」
リティシアはめちゃくちゃ嬉しそうな顔でブンブンと首を振ってうなずいた。
カチュアはもうツッコむ気力すら失い、窓の外を見ていた。
スコップに突き刺された太陽が燃え盛っている。
「(ああもう――)」
もうこの世界、焼き尽くした方がよくないですかね、太陽神様。
次の次が1幕最終回といったな、あれはうそだ……何話かかるのだろう(予定の立たないシャベル作者




