第48話 女騎士、親友を失う
闇の国には12の地底都市が存在する。
オデッサはそのひとつ『白きミスリルの都』に来ていた。そこにはアランの仲間のカチュアがいるはずで、革命の情報連携をするのだ。アランがスコップで掘った異次元穴(もはやツッコミは放棄した)を通り抜ける。
10人ほどが通れそうな、松明が灯った空洞。
そこで人間と悪魔の戦いが、繰り広げられていた。
悪魔は翼を持つ者が数体。人間は30人ほどの男女だ。
「全員、突撃だ! 人類の誇りを取り戻せえええええええええええっ!」
号令一下、キィィィィン! ガキィィィィン!
剣が悪魔の爪と激突する音が、大空洞に響く。
まさに解放戦争の、激闘の真っ最中だった。
「ああ、みんな……みんな……っ!」
オデッサは希望に目を見開いた。涙がじわりとにじむ。
人が悪魔と、互角以上に戦えているのだ。しかも――。
「スコップじゃなくて……剣で、戦えているなんて!」
そのことに何より感動していた。
膝から崩れ落ちそうになる。ほろりと、涙までこぼれてしまう。
ああ、別にスコップじゃなくても、悪魔に立ち向かえるんだ……!
「むっ? そこの赤い髪の子、どうした、怪我でもしたか!?」
と、号令をかけていた凛々しい青色の髪の女性がオデッサに駆け寄ってきた。
カチュアである。『白きミスリルの都』の解放軍の指揮を、取っているのだ。
オデッサは自己紹介と役割を伝え、涙をぬぐう。
「ごめんなさい、泣いたのはちょっと感動して、じわって、来ただけなの」
「感動した?」
「うん……人間が……スコップを持たない人が、悪魔と戦えているから……!」
直後にカチュアは理解した。心に温かいものが湧き上がった。同志だ。この15歳の赤毛の少女は、まちがいなく自分の同志だ。共に世界の脅威すなわちスコップの驚異に立向うまさしく同志なのだ……!
ぎゅっと手を握って、二人は目をきらめかせた。
「今まで辛かったんだな。大丈夫だオデッサ、私たち二人で常識を取り戻そう!」
「カチュア……っ!」
「今から私たちは、友達になろう!」
オデッサはまさに救世主を得た思いだった。クロノノとアランのWスコップで濁らされた思考の流れが、清流へと変わってゆく。ああ、やっぱりそうだった、私の頭がおかしいんじゃなくて、スコップがおかしかったんだ……!
涙を拭ってオデッサは立ち上がった。
「カチュア! 私も戦うわ、武器をちょうだい!」
「ああ! 頼んだぞオデッサ!」
カチュアが部下に命令して予備の武器を渡した。
使いやすそうな2メートル程度の銀の槍だった。先端の鋭く光る刃が、オデッサに勇気を与えてくれる。ああ、スコップじゃなくて本物の武器だ――! 感動しながら槍の後端を見ると、赤い取っ手が付いていた。
地面に刃を刺す時に便利そうな取っ手である。
よくスコップについているアレである。
「……………………」
あれ。
「どうしたオデッサ? 剣の方が得意だったか?」
「………………ううん。なんでもないわ、カチュア!」
プルプルと首を振ってオデッサは己の疑念を振り払い、悪魔に突撃した。
ちがう。私の気のせいだ。思考の濁りがまだ取れてなかっただけだ! そんな思いを叩きつけるかのごとく、銀の槍を突く。シャイイイイィィィン! 銀色の軌跡を残して、まるで包丁で豆腐を切り裂くかのように、悪魔の肉が切り裂かれた。
『グアアアアアアアアアアアア!』
すごい。なんてあっさりと。これは聖なる槍だ――!
「油断するなオデッサ! そいつの再生力は凄まじいぞ、すぐに起き上がる!」
「わかった! 再生を止めるにはどうすればいいの!?」
「こう――するんだ!」
カチュアは『聖騎士の剣』を振りかぶると、地面に向けて振り下ろした。ドスコオオオオゥゥウン! 轟音とともに2メートル四方ほどの長方形の穴が開いた。カチュアはそこに悪魔を蹴落とした。
「よし、みんな! 封印するんだ!」
わああっと手の空いた戦士たちが駆け寄り、槍でざくざく。
悪魔は土に埋まり、カチュアはふうっと額の汗をぬぐった。
よし、今回もうまくいった。
「…………………………」
そんなカチュアの様子をオデッサは黙って見つめていた。『どうしよう、これ、指摘しちゃいけないの?』と言いたげな表情だ。なんだろう、悪魔との戦いでなにかに気付いたのか。カチュアが素直に疑問に思っていると。
「……あの、カチュア」
「なんだ? 『封印』に疑問点でもあったのか?」
「あのね……私ね……も、ものすごく言いにくいんだけど……」
「なんでも遠慮なく言ってくれ。ともにスコップに立ち向かう友達じゃないか!」
キラキラ輝くさわやか笑顔のカチュア。
オデッサの心がずきんと痛む。ああ、言うべきなのかしらこれ? 言ったらカチュアが傷ついてしまうのでは? それに私の考え過ぎかも……オデッサがそんな具合に迷っていると、カタカタカタカタ! 骨の足音がした。
大量のスケルトンが近付いてくる。
「悪魔に死霊魔法の使い手がいるようだな、全員下がれっ!」
カチュアが先頭に立って『聖騎士の剣』をかかげた。
皆がごくりと息を飲んで見守ると――カチュアの全身から、ごうっ!
銀色の聖なるオーラがたちのぼった。
とたん、スケルトンの進軍がぴたりと止まる。
「(そんな――すごい――ッ!)」
アンデッドの大軍をオーラで止める。物語に出てくる聖騎士のようだ。
ああ、やっぱり、さっきのは私の考えすぎだったんだわ……!
オデッサが感動の涙を流した瞬間、カチュアが叫ぶ。
『不浄なるものよ、去るがよい! ホールゥゥゥゥゥゥイイイイイイ!!』
シャイスコオオオオオオオン!
カチュアから放たれる銀色のオーラがスケルトン軍を消滅させた。
オデッサの涙がぴたりと止まった。時間が止まっているようだった。
「…………………………」
「オデッサ、どうした?」
カチュアが戻ってきて声をかけたがオデッサは動かない。
いまなんて言った。ホーリー。うん、間違いなくホーリーだった。ホールって聞こえたのは気のせいだ。きっと私の考え過ぎ。だいたい『掘ーる』だからスコップだなんてスコップに思考が毒されすぎているわ。考えすぎよ。
カチュアは私の友達で、スコップとは関係ない聖騎士様なのよ。
己に必死で言い聞かせて、オデッサも笑顔を浮かべた。
「さ……さすがはカチュアね! とても見事な神聖魔法だったわ!」
そういうことにした。オデッサは優しい子であった。
とくいげに笑ってハイタッチするカチュア。
と、その表情がすぐにキッと引き締まる。洞窟の奥にゆく視線。ゴゴゴゴゴオオオウ! まるで地震のような音だ。オデッサも血相を変えた。この音は聞き覚えがある。洞窟におけるもっとも恐れるべき音だ。
すなわち――鉄砲水だ。
どうやら悪魔がどこかの貯水槽を決壊させたらしい。
「カチュア、逃げないとっ!」
「大丈夫だ、オデッサ」
カチュアがとくいげに笑ってチャキンと『聖騎士の剣』を構えた。
その笑みにオデッサはデジャヴを覚えた。だってすごく似ていたのだ。
誰にって――スコップを構えた鉱夫、アランに。
「……………………」
オデッサの目がうつろになった瞬間、カチュアが叫ぶ。
『聖波動掘削撃(ジャスティスコリィィィィィィィィム!)』
ドシュオオオッ!
一瞬で収束した聖掘削力が『聖騎士の剣』から放たれていた。直径数十センチほどのビーム。大地そのものを揺るがすかの如き衝撃が、鉄砲水と真正面から衝突し、激流の勢いそのものを切り裂いた。
光の流れが止んだ時、水流は既に蒸発していた。
わあっと、背後から歓声があがった。
『カチュア様ばんざい!』『聖騎士様ばんざーい!』
ふふーん、と。
まんざらでもない笑みを浮かべてカチュアは振り返った。
「オデッサ、どうだ凄いだろう、私の聖波動撃は!」
「…………………………」
オデッサはすーはーと深呼吸をして心を落ち着けた。
そして、切り出す。これ以上は心が耐えられそうにない。
「あの……あのね、カチュア、すごく、すごく言いづらいんだけど」
「なんだ? 私たちはもう親友だ、なんでも言ってくれ」
言わないと。言わないと。言わないといけない――!
親友だと言ってくれた相手だ。きらきら。きらきらきらきら。
聖騎士として活躍できて、すっごい嬉しそうなカチュアに――。
「す、すごいのね、聖波動撃って!」
――カチュアの視線に負けた。
「そうだろう!」
いいじゃない。私とカチュアは親友なんだから。もう何もかもいいじゃない。
だから『ジャスティストリーム』じゃなくて『スコリーム』だったのは忘れよう。
オデッサは優しい子であった。
「よし。みんな、この場は制圧できた。そろそろ姫殿下と合流するぞ」
「姫殿下?」
「私の主君だ。別働隊を率いている、ただ気をつけるんだオデッサ」
カチュアが今までになく真剣な表情を浮かべた。
「今の姫殿下は危険だ。とてつもなく。決して一人では近づくな」
「……は? あの、カチュア? あなたの主君なのよね?」
「だが危険なんだ」
ごくりと息を呑んでカチュアは続ける。
「姫殿下は――スコップなんだ」
スコップ(形容詞)。
オデッサの目が悲しみに満ちてゆく。真剣に解説を続けるカチュア。
「スコップだ。それ以外に形容しようがない。存在そのものがスコップだ。言葉が特にスコップだ。絶対にスコップ対策なしで接触してはいけない。特注の耳栓を用意した。耳を完全に埋めるスコップ型だ」
「…………あの、カチュア」
「だがこのスコップ型耳栓を持ってしても姫殿下のスコップ言語は完全には防げない。そこで対策は穴を掘ることだ。地面に穴を掘って自ら埋まり、土で音を遮断することでスコップ洗脳から逃れる。そこで何かあれば、お互いに穴を掘って埋めて――」
「あのねカチュア。自覚してないみたいだけど……」
「なんだ? いま大事な話をしてるんだ、私達が人間であり続けるための――」
もはやこれ以上耐えることはできない。
ごめんねカチュア。こほんと咳払いして、オデッサは一言。
「あなたはもう――人間をやめているわ」
この日、カチュアはひとりの親友を得て、そして失った。
△▼△
別の山を開放したアランが『白きミスリルの都』についた時、カチュアの視線はゾンビのようだった。アランのスコップを見て『びくうっ!』と震えると、直後にブンブンっと何かを振り払うように首を振る。
ぶつぶつとつぶやく。
『そんな……ち、ちがうはずだ、私はスコップなどに屈しない、屈していない……っ!』
ぽろぽろ。なんか泣いている。悔し涙のようだ。
「……オデッサ。何かあったのか?」
「とてもつらいことがあったの……」
「そうか」
語りたくないといった様子のオデッサ。なら放っておくしかない。
カチュアは立ち直りが早いのが長所だ。すぐ元通りになるだろう。
「ではリティシアを迎えにゆこう」
「スコップ(形容詞)な姫殿下、とカチュアに聞きました」
「そのとおりだ。あまり長く一人で好きに行動させ続けるとまずい」
「何がまずいのです?」
「世界がスコップで埋め尽くされる」
数秒の沈黙があった。
「……それはアランさん、貴方のことでしょう?」
「いや。俺はただの鉱夫だ。だがリティシアはただの姫ではない」
「それだけは絶対に嘘だと思います」
「本当なのだが」
オデッサは洞窟を進むアランの後をてくてくとついていく。
闇の国を救助に来たお姫様で、カチュアのご主君。ご挨拶が必要だろう。
――その選択をオデッサが後悔するのは、直後のことである。
3日ぶりのリティシア姫にご期待いただける方はブクマ評価のうえ『スコ姫のすこすこ成長ほんとすこ』と……ちがうんですスコップ侍従長。ぼくは物語にもダンジョンのごとく変化が必要なので姫とカチュアの成長を促しただけの無罪作者です。決してオデッサとカチュアの薄い本的どんぶりを狙って親友設定にしたわけでは(このへんで王宮の庭に埋められた




