第41話 鉱夫、空中都市をスコップ波動砲する
玉座の間で全裸アストラル美女、ファルシナールを取り囲んで会議する。
ファルシナールから聞き出したところ、魔界につながるゲートはただの囮で、本当の目的は、上級天使を捕えて、パズズが行う『エンジェルフォーリング』なる儀式の生贄に捧げるつもりだったらしい。
つまり――敵の目的はガブリエラだったのだ。
なおファルシナールは、パズズの力で蘇った単なる下僕に過ぎないようだ。
「ふうっ……! それならもう安心ですね!」
「ルーシィ。安全第一のために早とちりは禁物だぞ」
ガブリエラが自力で逃げれば瓦解する。
そんなヤワな計画を建てるほど、上位の悪魔は馬鹿ではない。
「私もアランに同感だ。特にアランの前での早とちりは禁物だ」
「……そうなのですか?」
「そうだ(真顔)」
早とちりすると正気に関わるので念を押しておいた。
『で、この女はどうする? わらわが吸収してよいのか』
「私にいい考えがありますこ。エルフ城のスコップ牢に繋いでください」
リティシアがえへへーと嬉しそうに笑いながら言った。
魔法王に何をするつもりだこの王女は。たぶんスコップである。
「しかし上級天使を……生贄にする、ですか」
「ルーシィ、何か心当たりがあるのか?」
「いえ、そんなまさか」
ルーシィは美しい金髪を揺らしながら首を横に振った。たゆんたゆんと胸も揺れる。
「いえ、私の考えすぎでしょう。アレが地上界に存在するはずがありません」
「ルーシィ、アランに隠し事はよしたほうがよい」
「は?」
ざくざく。
すでにアランはスコップでルーシィの頭上の何かを掘っていた。
「ふむ。『天使炉』か。天使の存在を取り込んでエネルギーを放出する魔道具だと」
「ちょ!? な、な、何をしたのですかーっ!?」
「ルーシィの言葉の奥にある意味を掘った」
「わ、私の言葉を、勝手に掘らないでくださいーっ!」
ほっぺたを羞恥の色に染めて抗議するルーシィ。ひどい。勝手に掘るなんて。なにがひどいのか、自分でもよくわからないけど。掘るならちゃんと事前に言ってほしい。いや事前に言われてもイヤですけど!
よくわからない葛藤を繰り広げるルーシィだった。
「と、とにかくひどいです、鉱夫アラン!」
じーっと上目遣いで『そういうのはダメですよ!』と抗議の視線。
「……ん、妙だな」
天使の視線にカチュアはふと疑問に思う。
アランへの嫌悪感が、ガブリエラがスコ堕ちした時より薄れている。
イヤだけど、本心から絶対イヤというわけじゃない。そんな雰囲気だ。
なぜだろう。
天使階級の昇進がそんなに嬉しかったのか――と。
「ふふふ。ファルシナール戦の『A-lan』の効果が出てきたようですこ」
リティシアが言った。
カチュアはしばらく考えて、地上に戻ったら良い耳栓を買おうと決意した。
この姫の言動を長く聞くのはあまりにも危険だ。
「だがそんな危険な魔道具があるなら、早めに探索すべきだな」
「はい。宝物庫のある地下10階につながるカードキーを――」
「いや掘る」
「は?」
アランがスコップを片手に2秒でズゴゴゴゴ!
玉座の間の中央に、底知れぬ落とし穴が空いた。宝物庫への直通穴である。落差は150メートルあったが下にはトランポリンも置いたので着地もばっちりだ。穴にアランが足をかけて、全員を手招いた。
「よし繋がった。全員来い」
「さすスコ穴(さすがは鉱夫さまのスコップ落とし穴も自由自在ですー!)」
「その略称はやめろ。ルーシィ、ぼーっとするな、行くぞ」
ぱちぱちとまばたきするルーシィ。
「……鉱夫アラン。いま、何が、起きたのですか?」
「スコップで落とし穴を掘るのは普通のことだろう」
「アラン、思考をナチュラルに汚染してくるな!」
ルーシィを更なる汚染から守るカチュアの戦いは、はじまったばかりだ。
△▼△
魔法王国時代の宝物庫は、きらびやかではなく、むしろ牢獄を思わせた。
黒光りする謎の材質でつくられた壁に床。赤黒い血で描かれた魔法陣。その中央に浮かんでいたのはゴールドオーブではなく――にぶい輝きを放つ、タマゴを思わせる楕円形の物体だった。
ぐにょりぐにょり。
時折波打つように動く、不気味なタマゴ。
数本の触肢が生えており、うねうねと何かを求めるように動いている。
見ているだけで吐きそうになるほどの、不気味さだった。
「これは……そんな、本当に『天使炉』が!」
ルーシィがおびえと驚きに満ちた声をあげる。
その触肢から後ずさりながら。
「ああ、しかも起動して……天使が……何人、溶かされているのっ!」
「このタマゴ、もとは天使なのか?」
「…………っ」
泣き出しそうな顔でコクンとうなずくルーシィ。
天使炉。アランも初めて見る魔道具だった。確かに天使の神聖さを感じる。そして巨大なエネルギーも。地獄の君主『デモゴルゴン』が放ってきた『ネザーボール』の威力にも匹敵するだろう。
ガブリエラなしでも既に起動はできる状態だったようだ。
さっさと処理しなければ――アランがスコップを構えた、そのときだった。
「ま、待って鉱夫アラン! それを下手に壊したら暴走して――」
「わかっている。安全のために下がっていろルーシィ。俺が処理」
『させぬよ』
しわがれた男の声が響いた。直後、バチン! 天使炉から黒い電撃が走り、ゴゴゴゴと周囲が揺れ始めた。アランはスコップを油断なく構えていた。いつの間にか、翼持つ悪魔が目の前に現れていたからだ。
身長はアランより少し高い程度だが、とんでもなく大きな翼を備えている。
その目の光は、地上で見たどの悪魔より邪悪に染まっている。
おそらくこいつがパズズだろう。
ゴゴゴゴゴオオオオオ! 床の揺れがますます激しくなる。
『くくっ――ゼルベルグめ、失敗しおったな。地上の者がここまで来るとは』
その姿を見て、ルーシィがきっと怒りの視線を向けた。
こいつ、こいつは一体何人の天使をっ! 絶対に許さない!
「勇者カチュア、鉱夫アラン! こいつは最も邪悪な悪魔よ! お願い、力を貸し」
ルーシィが言い終わる前に。
「Dig!」
ドシュオオオオウウウズガアアアアアン! 速射型波動砲。アラン必殺の一撃はパズズを消し飛ばし宝物庫に壁穴が空いた。ルーシィが剣を振りかぶった体制のまま、固まる。え。あれ。終わった。力を貸してって言い終わる前に。
と、ぽんっと。
ルーシィの肩をカチュアが叩いた。
「ルーシィ……アランの前で早とちりは禁物だぞ」
「え」
「熱くなると、だいたい常に即座に裏切られるからな」
遠い目でカチュアは言った。どうせ言っても無駄だろうけどと思いながら。
「え、え、ええー?」
ぱちぱちぱち。
まばたきして、状況を理解しようとするルーシィ。
えーと。たしかに憎き悪魔の王は消えた……消えたみたい、だけど。ズゴゴゴゴゴゴオオオオ! 床の揺れがますます激しくなっている。目の前の『天使炉』は、ますます輝きを放ち続けている。
何かが起きているの――何が――?
そのときリティシアが手元のスコップ状の何かを見た。
「鉱夫さま。『スコンプス』によれば高度が落ちています」
「俺も感じた。やはり狙いはソレか。時間がないな」
「え――鉱夫アラン、高度って?」
理解できないといった様子のルーシィにアランが解説する。
「この浮遊都市が地上に落下している、ということだ」
「……っ!?」
まさか。そんな。ルーシィは慌てて空いた穴から外を見た。雲が舞った。とてつもない風が流れ込んでいる。加速している。地上に――地上にこの巨大な都市が? 一国どころか大陸ごと吹き飛ぶだろう。
速度は『天使炉』の力だろう、ますます加速しているようだ。
いけない。絶対に許せない。天使の力をそんなことに使うなんて。
何か、何か防ぐ方法は――!
そのときすちゃりとアランがスコップを構えた。
「だ――だめ、アランだめ! それを壊してはだめなの!」
慌てて駆けよるルーシィ。いけない。天使炉に詳しいのは私だけだ。
「いま天使炉を壊したら、蓄えられたエネルギーが暴走するわ!」
「壊すつもりは」
「ええ、落下を止めるには、壊すのではなく制御しないと――!」
そこでルーシィは止まる。
天使炉を制御する方法は習った。おぞましい方法だ。だが他に手段がない。ルーシィは震える体を全力で抱きしめた。大丈夫。私は天使長ガブリエラお姉さまの妹。こわいけど、こわいけど――と、そのときだった。
「ルーシィ! まずは脱出するぞ! アランの――」
カチュアの叫び声が聞こえた。
勇者カチュア。人の身ながら聖剣を振るう、真の聖騎士。
私を危機から(そしてスコップ汚染から)幾度も守ってくれた勇者。
彼女のために――命を惜しむ必要など、どこにあろう?
「――いいえ。脱出は不要です、カチュア」
涙を懸命にこらえてルーシィは立ち上がった。そして『天使炉』から伸びる荒れ狂う触肢をつかんで――ぴとり。己の豊満な胸に、はりつけたのである。どくうううん! 途端に心そのものをむさぼられる感覚を覚えた。
ずちゅるうううううううう!
「くううううっ……!」
「ちょ、何をしているんだ、ルーシィッ!?」
慌てた様子で駆け寄ってくるカチュア。
「アラン……鉱夫アラン……て、天使長の指輪で……私に命令をっ!」
「は?」
「あなたに絶対服従の私が『天使炉』に入れば……せ、制御でき……あうぅ!」
びくうううううん!
ちゅうちゅうと吸い付くように脈動する触肢。胸が熱い。体も。思考も。全身が吸盤で吸い付かれるような感覚。だめ。何分も持たない。でも……っ! と、カチュアが駆け寄ってきた。必死の形相で触肢を外そうとしている。だが無理だ。
既に触肢はルーシィの一部だ。
ぴくぴく、ぴくぴくと震えるたびにルーシィの全身に電撃が走る。
「ふあああ……ひあああうううううっ!」
異物。異物を押し付けられている。でも、抵抗してはならない。
天使炉を制御するたった一つの方法、それは自分が天使炉の一部となることだ。
むろん意識は途絶えるが、天使長の指輪を持つものなら、制御は可能である。
「ええい、なんだこの触肢は!? ルーシィ、ルーシィ、なんて馬鹿なことを!」
「ふあぁ……ゆ、勇者カチュア、よいのです……この命で勇者を救えるなら……ああぁ!」
「命を捨てなくても助かるから!」
数秒ほどの間があった。
「え」
「助かる。間違いなく。普通に」
直後、アランが動いた。
「よし、準備できた。全員脱出するぞ」
アランはルーシィを天使炉ごと片手で運搬すると(運搬は鉱夫の得意技だ)パズズを倒した時に開けた穴から、スコップグライダーで全員脱出した。5秒で地上に降り立つと、上空には隕石のようにロスティール草原部に迫る浮遊都市が見えた。
このままアレが墜落すれば国土そのものがクレーターになる。
だから――消し飛ばす。
「Dig!」
ドシュオオオオウウウウズガアアアアアアアアン!
地上から放たれる光が、空をつらぬいた。
まるで逆向きの流星であった。
アラン必殺の極太波動砲である。20%の力で放ったそれは浮遊都市そのものを飲み込み消滅させた。こうしてファルシナールの居城、古代魔法文明の栄光は、消え去った。宮廷魔術師が見たら泣いて悔しがるだろうが、どうでもよかった。
ここまで、ルーシィが天使炉に囚われて約20秒の出来事である。
「え」
ぱちくりぱちくり。ずちゅるるるるう。
天使炉にぬちゅぬちゅと存在を吸われながら空を見上げるルーシィ。
あれ。浮遊都市がない。なんで、私の命をかけて防ぐはずのあれが。
「だから言っただろうルーシィ、助かると」
「ええ……えええ……ひあああっ!?」
「それで触肢はどうやったら……くそ、一体化してる!?」
無駄だった。ルーシィは既に天使炉の一部だから。
えええ……ちょっと待って……いろいろ、ちょっと待って!
薄れゆく意識の中でルーシィが願っていたら上空からしわがれた声が響いた。
『貴様ら――あの光ーー神代のアーティファクトでも所有していたか――!?』
アランが消し飛ばしたはずのパズズ。だがその姿は異なっていた。浮遊都市そのものの更に数倍にもなる巨体。ドラゴンにも似たその体が、ロスティールの上空を飛び回りながらキシャアアアアと方向を上げていた。
アランが空を見上げて、パズズの体を観察する。
「先程は分体か。あれが本体というわけだな」
たいていの大悪魔は不死性を持っている。
例え分体を倒したところで、本体は無傷なのだ。
「ひあ……ふあぅぅっ……そっ、それなら……!」
ちゅぱちゅぱ存在を吸われすぎて薄れゆく意識の中、ルーシィが声を上げた。
役に立てる。今度こそ。あの恐ろしい大悪魔を、倒すために。私は役に立つ。
震える体を抑えながらアランの前に立って。
「大丈夫……天使炉の力なら『不死性』を……ひあっ……ふ、封じれる……くっ!」
天使炉の力で悪魔を倒して、今度こそカチュアを救う。
彼女のために――命を惜しむ必要など、どこにあろう?(1分ぶり2回目の決意)
「ルーシィ」
「鉱夫アラン……ふあああん……わ、私に……命令を……っ!」
触肢に身悶えしながら、それでもアランに寄りかかって。
涙ながらに懇願するルーシィにアランは――。
「どいてろ」
「え」
アランは地面に『パズズの不死性』と書いて埋めた。不死性、封印。そして必殺の波動砲を放った。ドシュオオオオオオオオウウウウズガアアアアン! 50%の力で放たれたそれはパズズの巨体をそのまま飲み込んでお空の向こうに消滅させた。
本日二度目の、逆向きの流星である。
「……………………………………」
びくん。びくん。びくびくびくん。
ルーシィの体が吸収される。体はほとんど透明であった。
天使炉、白いタマゴの中に消えゆく意識のなかでカチュアの言葉を思い出す。
『特にアランの前での早とちりは禁物だ』
ぼろぼろと涙がこぼれた。
なんで。なんでカチュアの警告を聞かなかったの私。
最後に思い出したのは、正気だったころの姉ガブリエラの顔だ。
『……私は幸せ者よ、天使のままで死ねるのだから』
ああ。
ルーシィは泣いたまま笑った。だったら私も幸せものだ。
早とちりばかりの、ばかで、おろかな自分だったけど。
これ以上――スコップに汚染されずに、ゆけるのだから。
△▼△
10秒後の草原。
「パズズとオーブが片付いたから、ルーシィを『天使炉』から救ってこよう」
アランが自信満々に言った。
その手にはパズズの巨体から落ちてきた『ゴールドオーブ』が握られている。
「出ました! 鉱夫さまの得意種目『天使すくい』ですこー!」
『縁日の金魚すくいみたいな言い方なのじゃ……』
「……やはり、救えるのだな」
カチュアはジト目をアランに向けた。
ルーシィが消える間ずっと冷静だったからできるとは思っていた。
「天使炉といってもしょせんは炉。溶鉱炉と同じだ、中身はスコップで掬える」
「溶鉱炉の中身もスコップで掬うな」
意味のないツッコミであると自分でもわかっている。
この男のスコップを常識で図ることはできない。
「溶けた他の天使を救うついでだ。それに炉に溶けるのも天使としては良い経験だろう」
「どんな経験だ……私はいま心の底からルーシィに同情している……」
同情はしても、それが最善策だと知っていたから、何をするわけでもないが。
カチュアは浮遊都市の消えた青空を見上げていた。
キラン。
煌く星のそばに、ルーシィの笑顔が見えた気がした。
――ルーシィ。
おまえはもう終わったと思って逝ったかもしれないが。
残念ながら――本当のスコップ汚染は、これからだぞ。
ルーシィちゃん不憫。天使風呂もとい天使炉の中でルーシィちゃん含む99人の天使ちゃん達とエンジェルスコップしたい方はブクマ評価のうえ『とろけるエンジェルほんとすこ』と……お待ち下さいスコップ番台。ぼくは絶望したルーシィちゃんをスコップで救いたかっただけの無罪作者です。決して天使風呂実現の方法を4時間考えたあげく『天使風呂天使風呂……そうだ天使炉!』と行き着いたわけでは(このへんでスコップ炉で溶かされた




