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第37話 王女、天使をスコップ(未遂)する

 エルフ城の屋上で、カチュアは青空を見上げていた。

 

 ――浮遊大陸ラゼルフォ。

 

 かつて古代魔法文明が栄華を極めたとき、地上のすべてを『見下ろす』べく建造された魔法技術の結晶である。それぞれの魔法部門の長だけが住む、神々の住居。魔法文明に抑圧された蛮族の反乱が起きたときには、魔法兵器『天の業火』が地上のすべてを焼き尽くし大陸の形すらも変えたという。

 すべては、伝説の話。

 だがゼルベルグによれば浮遊都市は雲の中に今なお浮いているという。

 伝説の浮遊都市に、オーブを探す旅に出る。

 まさに聖騎士の冒険にうってつけの空のロマンではないか!

 

「ではみんな馬車に乗れ。スコップホームランで空に飛ばす」

 

 グワラゴワガキーン(カチュアのロマンが盛大に壊れる音)。

 アランは打撃準備をはじめている。ゆーらと足を揺らす神主打法だ。この男は打率10割、本塁打率10割の強打者なのだ。欠点はSC制(DH制度の亜種。スコ・リーグでのみ採用)でしか出場できないこと。二つ名は大陸間弾道スコップ弾である。

 

「――はっ!?」

 

 と、カチュアはブルブルと何かを振り払う。

 いかん思考が壊れて脱線していた。現実に復帰せねば。

 

「ま、待てアラン! せっかく人がロマンに浸っていたのに!」

「カチュア、現実逃避はよしてくださいですこ」

『あきらめろ……わらわはもう、スコップをあきらめた』

「私は屈しない! だいたいホームランして帰りはどうするんだ、落ちるのか!」

 

 なんかゼルベルグの話を聞いて可哀想にもなってきた。

 ちゃんと正規ルートの『最果ての島』から訪問するのが礼儀という気がする。

 

「ふむ。確かに帰りの問題はあるな」

「そうだろう! こういうのは、きちんと正規の方法で!」

「では帰り道を考慮して――階段を作ろう」

「かいだん」

 

 すこーんすこーんすこーんかいだーん(効果音)。

 

「よし、完成だ」

 

 30秒後、エルフ城の屋上に、空の果てまで伸びる階段が建造されていた。幅3メートルほどの段がいつまでも続いている。階段をつくるのは鉱夫の得意技だ。かつては鉱石を運ぶため地獄直通の『6,666,666階段』をつくったこともある。

 今度は天空直通の『10,000,000階段』だった。

 

「うむ、なかなかの自信作だ」

 

 材質には透明に磨いたミスリル銀を採用した。

 これなら遠目には階段があるとはわからない。ゼルベルグにもばれない。

 

「まあ、鉱夫さま! これで浮遊都市とエルフ城が、誰でも行き来できますわ!」

『1000万階段を誰が登れるというのじゃ』

「安心しろアリス。1万段ごとに水分補給ができる休憩所も設置した」

 

 怪我した時の救急箱やいざという時の脱出用パラシュートも完備だ。

 もちろん休憩ベッドもある。鉱夫はいつでも、安全第一なのである。

 

「さすがは鉱夫さまですこ! スコップ分の補給所もありますか?」

「そんな成分、リティシアなら自給できるだろう」

「はうっ……そ、そうですこね……っ」

 

 リティシアはなぜか照れながらスコップ幸せそうだった。

 カチュアは己の目の前にそびえる階段を見た。神秘的な透明感を持つ、空の果てまで伸びゆく階段。まるで天国への階段だ。いや、事実そうなのだ。聖騎士として私はついに空の冒険に旅立つ日が来たのだ――!

 じぶんをだます作業、おわり。

 太陽を指さして、さわやか笑顔でカチュアは叫ぶ。

 

「よし空へゆこうアラン、アリス、姫殿下! あはははははっ!」

 

 ほとんどやけくそ気味の声であった。

 

『カチュアの現実逃避がつらすぎて、わらわもつらい』

「まあ、大丈夫ですこ? スコップしますこ?」

『しにゃい! ちかよるにゃーっ!』

「いいかげん階段を上がるぞ」

 

 

 △▼△

 

 

 階段の終端は、浮遊大陸の端に続いていた。

 外から見ると、それはまさに地面からくり抜かれた都市だった。

 

「すごい……伝説の浮遊都市は本当に、あったのだ」

 

 近づくにつれてそのとてつもない巨大さに圧迫感を覚える。エルフ城の100倍はゆうにくだらないだろう。しかし、荒れ果てていた。浮遊都市の下部にある砲門にはツタが生い茂っている。

 カチュアはため息を付いた。ここに着くまでに尊い犠牲があった。

 具体的には休憩所でアリスが姫にスコップ分を補給されて力尽きた。

 

『はああ……いいスコップ補給でした……っ』

『やなの、やじゃ……すこ、だめなのじゃあ』

 

 思い出すと頭がおかしくなるのでカチュアは考えるのをやめた。

 それはともかく――自分たちはついに、浮遊都市に降り立った。そこは古代魔法文明の遺跡であった。巨大な人形やきらびやかな建物が並んでおり。宮廷魔術師が見れば目を輝かせるだろう。

 しかし自分たちの目的はオーブである。

 

「アラン。オーブがどこにあるかわかるか?」

「《スコップサーチ》によれば、この陸地の中心部だ」

 

 ひときわ高い塔が浮遊都市中央に山のようにそびえている。

 なるほどあれか――いまさらサーチできるぐらいでは驚かないぞ私は。

 と、そのときだった。

 天空からふわりと黄金色の輝きが舞ってきたのは。

 

「なんだ……羽根、だと?」

 

 カチュアは思わず見上げて、そして息を呑んだ。

 あれは――天使、ではないか?

 

「パズズの手先め! 天の怒りを恐れなさぁぁぁぁぁいっ!」

 

 凛とした、そして神聖なる声が響いた。

 一人の女天使だ。年はカチュアと同じぐらいに見えるが背中に翼が生えていた。真っ白な羽に黄金の輝き。そして頭上には輪っかが載っていた。白一色の薄い布。下から見ているが、スカートの中身だけは太陽の逆光で見えない。

 金色に輝く髪をたなびかせた、神聖オーラを放つ女天使。

 そんな天使の前に――黒い翼を持つ三体の悪魔が、いた。

 醜悪な顔に邪悪な笑みを浮かべ、謎の言葉を発している。

 

『オンナテンシ! コロス! コロしてオカしてウメル!』

『ジュンバンチガウゾ! オカしてから、ウメてコロせ!』

『イヤダ。オレはコノジュンバンがいい』

『キサマアトで殺シテウメル』

「なにを邪悪な相談を! てええええぇぇいっ!」

 

 キィィィィィィィン! 天使の剣と悪魔の爪がぶつかっている。

 腕は互角に見える。だが数で負けているぶん劣勢だ――いやそんなことより!

 

「アラン! あれは、あれは天使だぞ!」

 

 天上の神々の下僕たる天使。童話と伝説にしか存在しないもの。

 そんな存在がまさに――目の前で戦っているのだ!

 

「第八位のエンジェルナイトか。一人は珍しいな、はぐれたか?」

「貴様、見たことあるのか!?」

「地獄で拷問されて堕天使になる天使は、しょっちゅう見てきた」

 

 こいつ本当に地獄で鉱夫をやってたのか――じゃなくて。そのとき、天使の剣がガキィィンと弾かれた。ガシッと悪魔に羽交い締めにされる。ビリビリッと服がさかれ、豊満な胸があらわになろうとしている。

 いかん、のんびりアランと話している場合ではない!

 

「くっ……は、放せ、いやっ、放しなさいっ!」

『ギギー! コロス!コロス!テンシコロス!』

『ソノマエニ犯スッツットルダロガ、コラー!』

『殺スゾダボガー!』

 

 悪魔がわけのわからない性癖で仲違いしている。

 今がチャンスだ。カチュアは『聖騎士の剣』を引き抜いた。

 

「天使様! 今、お助けします!」

 

 その声で天使ははじめてカチュアに気付いたようだ。

 

「え――人間っ!? なぜこの空に――」

 

 困惑の表情を浮かべるが、すぐにブルブルっと首を振って。

 

「いえ、それより逃げなさい! 人間ごときが敵う悪魔ではありません!」

「大丈夫です! それより目をつむっていてください天使様!」

「え――」

 

 カチュアの剣先に聖なるオーラが集まった。誰がなんと言おうが聖なるオーラだ。スコップのオーラではない。その証拠に白く輝くそのエネルギーの塊は、十字架状に一気に膨れ上がる。

 悪魔を滅せよ――神聖オーラがそう言っている気がした。

 なお本当に気のせいであり要はカチュアの妄想だったが、重要なのは勢いだ。

 

「いっけえええええ! 聖波動撃ジャスティストリーム!!」

 

 ズゴオオオオドシュウウウジュワアア! カチュアが放った聖なる波動(カチュア自称)のエネルギーが悪魔を包み込み、ジュワと蒸発させた。あとに残ったのは無傷の女天使だけだった。

 やった――やはり撃てた! 私の波動剣が悪魔を倒した!

 

「きゃー! カチュア、すばらしいスコップ波動砲ですこ!」

「違います! 聖波動撃です!」

「でも剣はスコップ形態に変化していますこよ?」

「えっ」

 

 カチュアは手元を見た聖騎士の剣は聖騎士のスコップ型になっていた。

 そのまま無言で見つめていたが、すぐに、全力で地面に叩きつけた。

 ガキィィン! また変形して剣状に戻った。

 証拠隠蔽、完了。

 

「姫殿下。スコップとはなんのことです。これは聖騎士の剣です」

「スコップで証拠を埋める……カチュアもスコましくなりました」

「聖騎士の剣なんです!(泣きながら)」

 

 ほとんどやけくそ気味にさわやかな笑顔でカチュアは言った。

 

「あなたは――カチュアというのですか――いえそれより、その剣!!」

 

 女天使がバサバサと降りてきた。

 ガッシと。いきなりカチュアの手を掴んで目を輝かせる。

 

「これは確かに聖なる剣――まさしく勇者の証――っ」

「へ……ああ、もちろんこれは聖騎士の剣ですよ!!」

 

 なんてことだ。本物の天使に認められてしまった。やっぱり聖騎士の剣だ。胸が熱い。姫殿下の言うことのほうが間違いなのだ。そして勇者、聖なる勇者だ。にへらー(カチュアのゆるむ表情)。

 と、天使が驚きの表情で問いかけてくる。

 

「勇者カチュア、その剣は――どの神より賜られたのですか!?」

 

 ぴたり。

 カチュアの表情がにへら笑いのまま固まった。

 視線だけがアランの方向に向く。じっと空を見つめてどこ吹く風だ。カチュアは『フフフもちろん最上位の神たる、太陽神様ですよ』と答えたいができなかった。だってカチュアは聖騎士になるのだ。

 自分を騙すだけならまだしも天使を騙すなんてできない。

 

「いやその……」

「どうかお教えください、返答によっては私は貴方に仕える義務があるのです!」

 

 エンジェルナイトに仕えられる。なんて魅力的な響きだ。

 それでもカチュアはぐっと息を呑んだ。だめだ。正義は騙せない。

 

「この剣は、そこの鉱夫が作りました、天使様」

「は?」

 

 天使はしばしアランの背中とスコップを見やると、くすりと笑う。

 

「あはははは! 人間のジョークは、とっても面白いのですね!」

「私もジョークであってほしいと日々願っていますが事実です」

「勇者カチュア、もう、ご冗談はよしてください。あの剣にかかった付与魔術は、およそ人間がなしうる技ではないのです。間違いなく人外のものです。おそらくは鍛冶の神アレウス様か――」

「いいえ」

 

 天使の声をリティシアが阻んだ。

 

「スコップの神ですこ、天使さま」

 

 ちょっと唇をすぼめていて、表情は不満げだった。

 どうやらアランが軽く扱われたことが、我慢ならないらしい。

 

「鉱夫さまはスコップの神です。天使のくせに神も知らないのですか」

「は――? な、なんですか勇者カチュア、この頭のおかしい女は?」

「頭がおかしいのは同意しますが、私の主君なのでお控えを」

 

 天使が『うわあ……』と同情の表情になった。

 

「勇者カチュア……苦労しているのですね……」

「はい(真顔)」

 

 天使は額に手を置いてふうっとため息をついた。

 リティシアの表情を見て、まるで諭すように。

 

「姫君よ――あなたに世界の道理を教えましょう。スコップは一つの採掘用具。神が司るのは、そのような小さき道具ではないのです。もっと大きな――大海、星々、太陽といった偉大なものをこそ、司るのです。おわかりですか?」

 

 穏やかな口調。しかし力強さにみなぎった言葉。

 天使の説法はどのような大司教にもまさる説得力を持っていた。

 リティシアはニコニコと笑ったまま、その言葉を聞くと。

 

「説法ありがとうございます天使様。それでは御礼にリティシアは」

 

 キラーン。リティシアの目が怪しく光る。

 

「宇宙の道理を――天使様にお教えしますこ」

「――は?」

 

 ああ――カチュアは天を仰いだ。

 この天使はもうだめだ。リティシアにスコップされる。

 と、そのときだ。バサバサバサと翼の音が響いた。見ると、空の向こうを、大量の黒い影が覆っていた。アランが睨む空の先だった。百体はくだらない飛行型の悪魔だ。天使が血相を変えた。

 

「いけません、悪魔の大軍です! 勇者カチュア、みなさんを建物の中へ!」

 

 カチュアは少しだけ考えてから答える。

 

「天使様、逃げる必要なんてありませんよ」

「ダメです、いくら勇者カチュアでもあの数では!」

「いいえ。私ではありません」

「は?」

 

 カチュアはアランを見ていた。さっきまで空を注視していたアランは、既に頭上にスコップを構えていた。青白いオーラ。自分とは比べ物にならぬ、スコップに集まる暴力的なまでのエネルギーの嵐。

 カチュアは天使の言葉を思い出していた。

 聖騎士の剣を打ったのは、人外の手によるものだと。

 

 ――ちがいない。

 

「Dig!」

 

 波動砲、発射。

 ドシュオオオオオオウウウウウウウズガアアアアアアアアアアン!

 半径はカチュアの一万倍。威力は一億倍。インパクトは一兆倍。

 アラン必殺のスコップ波動砲で、悪魔の軍団は爆発四散した。

 

 ああ――こんな奴が、人間であるはずがない。

 

 ぽかあああああああああん。

 天使が口を開けていた。天使にあるかはわからないが、たぶん瞳孔も開いていた。

 リティシアが『アランさま、ありがとうございますこ!』と祈りの言葉を捧げた。

 そして振り返ると、天使にくすりと笑いかける。

 

「天使様。宇宙の道理、おわかりいただけましたか?」

「――――――――――」

 

 天使は息ができない様子だった。

 目の色がおかしい。波動砲の余波なのか、虹色だ。いままでの常識のすべてが塗り替えられている。そんな感じだ。リティシアはそれを見て取ると、優雅な仕草で赤いスコップを太陽に向けた。まるで太陽そのものを掘るかのようにくいっと曲げる。

 そして、誘うように怪しい声でつぶやく。

 

「大海よりも、星々よりも、太陽よりも――スコップは偉大なのですこ……あいたっ!」

 

 ぺしん。

 戻ってきたアランがリティシアの頭をはたいた。

 

「そのへんにしておけ。俺の波動砲の余波で、天使をスコップ洗脳するな」

「あう……すみません……スコップ教の守護天使がほしかったのです……」

「俺は守護天使なんぞいらん」

 

 カチュアは深々とため息を付いた。呆れていた。

 波動砲で天使の常識を粉砕したアランと、天使を洗脳しようとするリティシアと。

 そして何より――リティシアの言葉にちょっと納得している自分に、呆れていた。

空の国編、序章です。なまいき天使ちゃんを洗脳スコップすこしたい方は、ブクマ評価お入れの上「スコ堕ち天使ちゃんディバインすこ」と……お待ち下さいスコップ天使長。ぼくは空の国といえば天使、天使と言えば悪堕ち洗脳という発想で天使洗脳を出しただけなので無罪です。ゔぁるきゅりーるーしあー! 心神喪失で無罪になりませんか。なりませんか。そうですか(神聖斬首

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