第29話 鉱夫、牢屋から脱獄する
港の倉庫街。
コンテナの中に、アランにカチュア、気絶した少女がいた。
戦意喪失した海賊たちから聞き込みを行ったのだが、やはり少女の誘拐が目的のようだ。名前はルクレツィア。とある大手の貿易会社の一人娘で、依頼主からは目的は聞いていないがおそらくライバル潰しだろう、とのこと。
そこまで聞き出したあたりでドタドタドタと兵隊がやってきた。
殺気立った様子で、コンテナを取り囲んでいるようだ。
「出てこい、誘拐犯! ゴライア警備官の命令に基づき、貴様らを捕縛する!」
ガンガンガンとコンテナを叩いて、威嚇してくる兵隊。
「待て。誘拐犯は俺たちではない、海賊だ」
「そんな通報は受けていない! 犯人は怪しい鉱夫とのことだ!」
「なんだと?」
カチュアはちらりとアランを見やって、ヒソヒソ声。
「アラン、一体どういうことだろう?」
「ふむ。誰かが濡れ衣を着せようとしているのかもな」
「(船を破壊したのは、濡れ衣でもなんでもないが)」
海賊たちが誘拐犯ということになると、まずいことになる黒幕がいる。
そういうことだろう。
「どうする。いったん逃げるか?」
「いや、ここは素直に捕まっておく。黒幕の正体を探っておきたいし、別に官憲に捕まったところでどうとでもなる」
「まあ、お前なら脱獄ぐらい余裕でできるからな……」
スコップで牢獄から脱出路を掘る程度のことは、当たり前のようにやるだろう。いや武器は没収されるだろうか? だがこの男なら『手足そのものがスコップよ』などと平気で言い出しそうな気がする。
と、アランがスコップで地面を小突いた。
ボコンと、小さな穴が空いた。
「なんだこの穴は?」
「宿屋に直通する短距離のスコップホールだ」
「スコップホール(棒読み声)」
「捕まるのは俺だけでいい。カチュアは穴から逃げてリティシアに知らせろ」
カチュアは思った。
――こいつを捕まえられる牢屋なんて、地獄にすら存在しないだろう。
△▼△
連行されたのは石づくりの牢屋。
アランへの苛烈な拷問(アラン基準では優しい取り調べ)が数時間ほどあった後、鉄格子の向こう側に、気絶していた少女・ルクレツィアが現れた。豊満なスタイルをほどよく強調するワンピース。腰まで届くウェーブがかった髪は、歩くたびにしゃなりしゃなりと揺れている。
看守に聞いたところでは、彼女――ルクレツィアは街の貴族である。
そして、貿易会社のトップを務める才女なのだそうだ。
「(貿易か何かで、グリーンオーブを手に入れたのだろうか)」
わざと捕まったのは、この少女と落ち着いて話をするためでもあった。
「こんにちは。お元気そうで何よりですわ、誘拐犯さん?」
ルクレツィアのちょっと皮肉のこもった第一声。
そのワンピースに汚れはもうない。どうやら着替えたようだ。
「うむ。そちらも元気そうで何よりだ。失禁させて悪かった、ルクレツィア」
ぺこりと謝ると、ルクレツィアはぽっと頬を赤く染めた。
「っ……!? で、で、デリカシーが足りませんわ! 下品ですっ!」
「それはすまない。俺はただの鉱夫なのでな」
「もう、皮肉すら通じませんのね……これだから庶民は、まったく……」
ぶつぶつと文句を言うルクレツィア。
その言動にアランは新鮮な感動を覚えた。なるほど、これが貴族のお嬢様というものか。上品といえばリティシアがその筆頭だが、アレはお姫様から何か得体のしれないものに進化しつつあるので、基準にしてはいけないだろう。
と、ルクレツィアは頬を赤面させて、こほんと咳払いする。
「と、とにかく……あなた、私を誘拐した容疑を否認しているそうですね?」
「ああ。俺はやっていない。ルクレツィアも知っているだろう」
「私が見たのは、貴方が船を怪しい魔法で木っ端微塵にしたところだけです」
「……そういえばそうか」
海賊から事情を聞く間、ルクレツィアはコテンと気絶していた。
「警備兵達はあなたが有罪だと確信しています。スコップを持つ鉱夫が私を殴打して気絶させ、誘拐したという目撃証言があるのです。それも複数。普通なら今すぐ処刑されてもおかしくないところです」
「ふむ……どうやらそのようだな」
アランが平然と答えると、ルクレツィアは不満げに口をすぼめた。
「……なぜ、まったく慌てていないのです。死ぬのですよ、あなたは」
なぜと問われれば、別に死なないからである。いつでも脱獄できる。
そして今すぐしない理由は――ルクレツィアと話をするためである。
彼女は『グリーンオーブ』の唯一の手がかりだ。
「うう。こ、これでは計画が狂うではないですか……」
と、ルクレツィアがまた独り言をぶつぶつと。
「……計画?」
「あっ! な、なんでもありませんわ!」
ぶるぶるっと慌てたように首を横に振るルクレツィア。
どうやら嘘が下手な少女のようだった。
「とにかく! 貴方はこのままでは処刑されるわけですよ!」
「そうだな」
「でもですね、ここには被害者である私がいるわけでして!」
「そうだな」
「だから、あのですね……私に何か言うことがあるのではなくて!?」
「……は?」
ルクレツィアは『ううーっ!』と更に不満そう。胸がたゆんと揺れた。
「その……つ、つまり私に嘆願というか、お願いすべきことが……っ!」
もじもじ。なんだか必死な様子のルクレツィア。早く話を進めたい。だけど自分からは言いたくない。アランに言わせたい。よくわからないプライドが見え隠れしていた。ルクレツィアがじーっとアランを見つめた。
『はやく言いなさいよ!(涙)』
目がそう言っていた。
なんだかちょっと、かわいそうなぐらい、必死だった。
付き合ってやらないと多分このまま小動物みたいな視線を向けたままだ。
グリーンオーブの話を聞くためにも、きちんと話をすすめるべきだろう。
「………………助けてくれ(棒読み)」
アランがつぶやいた瞬間、ルクレツィアはパンっと手を叩いた。
目にキラキラと星を輝かせて、ものすごく嬉しそうだ。
「そう! それですっ! それでいいのですよっ!」
きゃっきゃっと飛び跳ねるように喜ぶルクレツィア。
どうやら計画とは、このことだったらしい。
「あ、あなたがそこまで言うなら、寛大なる私が一度だけチャンスを与えます!」
一言しか言ってないが、などというツッコミはルクレツィアには届かないようだ。ルクレツィアはふふっと笑うと――じゃらりと、黒く輝く鉄の腕輪を取り出した。鉄格子ごしにアランにそれを差し出す。
魔法の輝きを放つ腕輪。
持つものに絶対服従の魔法をかける『隷属の腕輪』だ。
「ルクレツィアの名に賭けて、あなたの罪を赦し、助命します。そのかわり!」
そしておごそかに言ったのだった。
「あなた――私の奴隷に、なりなさい」
しばらくの時間があった。
アランはルクレツィアをじっと見ていた。頬から汗がつーっと流れている。緊張しているようだ。絶対に失敗するわけにはいかない、という思いが見えていた。単純に奴隷がほしいというものではない。何かを決意している。
アランはその理由を掘り下げたくなった。
アランは鉱夫だ。
埋まった何かを発掘する宿命を背負っているのだ。
「ちょっと待て」
「――は?」
アランは異空間に隠し持っていたスコップをにゅうっと取り出した。床にガリガリと『ルクレツィアが奴隷をほしがる理由』と書いて、掘り下げた。すると『父を殺し、自分を誘拐した真犯人を見つけだすため』という理由が浮き出た。
「ちょ――貴方、い、今いったい何を!? この牢で魔法は使えないはず!」
「魔法ではない。スコップだ」
「はあ!?」
ふむ、とアランがうなずいた。だいたい事情はわかった。
「ルクレツィアは俺が真犯人だとは思っていないのだな。それに父を殺した殺人犯と、誘拐犯が同一人物だとも考えている。俺を従えて、手がかりを見つけて、真犯人を追い詰めようというわけか」
「っ!? ど、どうしてそんなことまで!?」
「スコップの力だ」
「あなたはさっきから一体なにを言っているのよ!?」
目が点になるルクレツィア。アランは気にせず続ける。
「事情はわかった。俺がその謎を解く手助けをしよう」
グリーンオーブのためだけではない。
彼女は親をなくした身にも関わらず、真実を求める計画を練った。
少女の目的をいちばん助けられるのは、おそらく鉱夫の自分だ。
「え、偉そうに……あなたは自分の立場がわかっているのですか!?」
「無論だ。すぐにでも処刑されるところだ――と、来たようだな」
そのとき、通路のドアがドガンと開いた。
ギザギザ付きの巨大な剣を持ったいかつい男が7人ほど。処刑官だった。豪奢な貴族の服のでっぷりとした男が、その後からのっそりと現れた。ルクレツィアを見ると、深々と丁寧なおじぎをしてから。
「おや、これはお嬢様。このような場所においででしたか」
「……ゴライア?」
ルクレツィアが驚きの声をあげる。どうやら知り合いのようだ。
が、すぐにゴライア警備官と向き合うと。
「この男は私が助命すると決めました。手続きを」
「おやおや。少し遅かったですな。つい先ほど死刑判決が確定したのです」
「なっ……!?」
ルクレツィアは信じられないとった態度で絶句。
「わ、私は『私が尋問するから待て』と言ったはずです! この男は――」
「上からの命令でございます。どうぞお引き取りを。おい」
パチンとゴライアが指を鳴らす。
処刑官がルクレツィアに迫る。どうやら連れ出すつもりのようだ。
ルクレツィアは牢屋にどんっと背をついた。
「……っ!」
少しだけ逡巡してから、アランに後ろ手で何かを見せる。
どうやらそれは牢屋の鍵のようだ。そしてつぶやくように。
「誘拐犯さん。私が隙をつくるから、牢屋を開けて逃げなさい」
「ふむ?」
「今、貴方を死刑にさせるわけにはいかない。真犯人を追う手がかりだもの」
別にアランは手がかりなど持っていないのだが――いやある意味手がかりなど必要ない能力は持っているが――どうやら、ルクレツィアは既に決意を固めているらしい。ここに来たのは最初からアランを確保するためだったようだ。
ルクレツィアはきゅっと唇を結ぶと。
「早く。気付かれるわ。あなたでも命は惜しいでしょう」
「俺を逃がすと、ルクレツィアが疑われるのでは」
「ふん……覚えておきなさい、誘拐犯さん」
ルクレツィアは体をぶるぶる震わせつつも、気丈に笑った。
「貴族というものは、いざというとき命を惜しまないから、貴ばれるのよ」
アランも笑った。
よい心がけを持つ娘だ。己の目的に殉ずる覚悟がある。
アランが鉱夫の自覚を持つように、この娘も貴族の自覚を持っている。
であれば――応えねば、なるまい。
「なるほど。ところで一つだけ質問がある」
「何よ、手短になさい!」
「逃げるのはかまわんのだが――」
アランはそこで言葉を切りスコップを構えた。
エネルギーの波動がスコップ先端に収束し、青白いうねりへと変化した。
暗い牢屋の中で太陽とみまがうばかりの光を放つ。アランが、叫んだ。
「Dig!」
拡散波動砲、発射。
ズゴゴゴゴゴゴゴとゴライアと刑務官すべての足元に落とし穴が空いてヒューンと落ちて『うわああああああああ!?』『ぎゃああああああ!?』という悲鳴が共鳴した。あとに残されたのはルクレツィアとアランだけだった。
沈黙に包まれた牢屋の通路。
「え……えええ……?」
ルクレツィアの呆然とした声。
アランはスチャリとスコップを構えなおした。
そして、ルクレツィアの肩をぽんと叩いて、言葉を続けた。
「――倒してしまったほうが、安全だと思うぞ」
ルクレツィアは唖然と大口を開けていた。
止まっていた。完全に心が止まっていた。
「(なに……なんなの?)」
港で見たときはただの魔法だと思った。でもそんな次元のものではない。
この男は――この男は、いったい、何者なのだ?
じいっと視線を注いでも、スコップをかついだ庶民にしか見えないのに。
「どうした。また漏らしたか」
「…………っ!? げ、げげ下品な! 漏らしてなんかおりません!」
頬を真っ赤に染めて否定するルクレツィア。
胸を抑える。心臓のどきどきが止まらない。なんで。どうして。
きっと下品な冗談のせいだ――と、自分に言い聞かせていた。
「ではゆこうかルクレツィア――ああ、その前に」
アランは不敵に笑うと、ルクレツィアに頭を下げた。
「俺を助けようとしたことには感謝する。ありがとう」
「――――――――っ!」
また胸がばくんばくんと、はずみはじめた。
ちがう。ちがう。ルクレツィアは必死で否定し続けた。
貴族の自分が――こんな変なスコップ男に、ときめくはずがない、と。
ルクレツィアお嬢様とお上品スコップしたい方は↓スクロールして評価をお入れのうえ感想欄に「へっぽこツンデレお嬢様まじスコ」と……聞いてくださいスコップ処刑官。ぼくはシティアドベンチャー特有の冤罪晴らしイベントを組み込んだと思ったらスコップに圧倒粉砕されたので、ツンデレお嬢様パワーで物語を推進しようとしただけです、ぼくは無罪(このへんで鉄の処女にかけられた)
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