第27話 鉱夫、女騎士に聖騎士の剣を授ける
カチュアが部屋の中央に鎧姿の完全武装で立ち、その横にアランが立つ。すみっこにはドレス姿のリティシアが、ちょこんと正座している。わくわくそわそわ、そんな感じだ。なぜか頬まで赤らめている。
様子がヘンだ。いやいつものことだが。今日は格別に変だ。
「リティシア、どうした、病気なのか?」
「あの……今日は見ているだけなのですね、私は……」
大きな胸を手で抑えて、鼓動を抑えるようにふうふうと息をつく。
たしかにカチュアに『スコップ』を教えるので見学していろと言ったが。
「不満なのか?」
「いえそんなことは! あの、リティシアは、鉱夫さまの……」
そこでリティシアは『きゃっ』と恥ずかしげな声を上げて。
「スコップを見ているだけで……ど、ドキドキしますから……」
「(やはり病気か)」
それも不治の病だ。
「それにカチュアの『はじめてのスコップ』も、ぜひ見守りたいです!」
「しませんよ!? ただの教練ですよ!?」
「スコップ教練ですね」
「(リティシアは無視して)そろそろはじめよう」
アランの言葉にカチュアは緊張の面持ちを浮かべる。
ロングソードを構えて、集中しようとする。
カチュアは認めていた。アランはふざけたスコップだが、とてつもなく、強い。その強さの秘密を知れば自分は騎士として成長できる。スコップを握るつもりはないが、教練をつけることはぜひしてほしい。
「カチュア、今日は『粉砕採掘』という基本技を教える」
アランは壁のそばにある、鉄の鎧を着た藁人形に体を向けた。
藁の身体の中央部にスコップを向ける。カチュアにも見えるようにゆっくりとスコップを引いて、掘削力を先端に込め――やはりゆっくりとした動作でひと突き。金属がぶつかる。わずかなカキィンという音。
一瞬後、ピシリ。
鉄の鎧全体にひびが入ったかと思うとバラバラに砕け散った。
リティシアが満面の笑顔を浮かべて、パチパチと拍手をした。
「という感じの技だ、簡単だろう。カチュア、やってみろ」
「簡単なわけがあるかああああっ!?」
耐えきれずカチュアは叫んだ。
ゆっくりと突いただけで鉄を砕く。明らかに人外の技だ。
「基本技だぞ。物理法則も9割がた遵守している」
「物理法則はふつうは10割守るんだ!」
「安心しろ、俺の見立てだとカチュアならすぐに覚えられる技だ」
ぴたっと止まるカチュア。
「な、なんだと? すぐに?」
「俺はスコップを使ったが剣でも同じだ。『掘る』感覚で突きを繰り出せばよい」
カチュアは自らのロングソードと、別の藁人形を交互に見つめた。女性ゆえの非力さはカチュアの弱点のひとつだった。鋼鉄の鎧を粉砕する技。もしそんなものを身につけられたなら、どんな重装備の戦士にも勝てる。
まさに必殺の突き技だ。
「む……ひ、必殺技が……私も覚えられるのか」
カチュアは強くなりたいのだ。
父が、そして己自信が誇りに思えるほど強く。
ならばやってみる価値はある。
藁人形に向き直り、左手で照準をつける。
そしてカチュアは藁人形に突進して――『掘る』感覚を込めて。
穿け――ッ!
「はあああああああっ!」
カチュアの気合の声が、エルフ城に響き渡った。
そして30回ほど突いたが鎧は完全無欠に無傷だった。
「ぜーはーぜーはーぜーはー、や、やはり駄目ではないかっ!?」
「ふむ……なるほどな」
がっくりと肩を落としてうなだれるカチュア。こんなスコップ男を信じたのが失敗だ。常人の剣で鉄の鎧が割れるはずがない。常人を超えたなにか変なオーラを身に着けないといけないのだ。
必殺技なんて考えた自分がバカだった――と、そのときだ。
「カチュア。ちょっとこれを持て」
「は?」
アランがカチュアの側に近寄り、背中の『聖騎士のスコップ』を抜いた。
そのまま投げ渡してくる。慌てて受け取るカチュア。なんのつもりだ。
アランは更に続けて、ぽいっと。
鋼鉄の鎧を高速で投げ渡してきた――って、待て!?
「うわあああああああ!?」
カチュアの眼前に高速で迫る大質量の金属。
避ける。いや速い。避けきれない。ぶつかる。死。死にたくない。まだ。誇りも持てぬままに――めぐる思考の中で、ほとんど反射的にカチュアは右手の獲物を振るった。アランから受け取った聖騎士のスコップだ。
カツン。
スコップ先端が迫る鋼鉄の鎧にあたった瞬間――バキィィィィィン!
鎧は、粉々に砕け散った。破片がバラバラと床に転がった。
「……………………え」
呆然とした表情で自分の持つスコップを見るカチュア。
「やはりか」
「え、えっ」
「まあ! やっぱりカチュアは、剣よりスコップの才能があったのですね!」
さすがはスコップ神殿騎士団長です! と嬉しそうなリティシア。
カチュアは呆然と己の手を見つめていた。ぜんぜん痺れていない。スコップなんかで鉄を突いたのに。でもすごくしっくりきた。まるで長年慣れ親しんだスプーンを使うように。スコップだと必殺技を使える――本当に私にはスコップの才能が――。
「って待て待てちがうちがう何考えてるんだわたしー!?」
ブンブンブンと必死で首を振り思考を振り払うカチュア。
あぶない。リティシアの声もあり、思考がスコップ汚染されかけていた。
しっかりするのだ自分。
「そうだ、アラン! このスコップに何か細工をしていたな!」
「聖掘削力を込めた以外は普通のスコップだ」
「ということは、カチュアにはやはりスコップの才能が!(きらーん)」
リティシアの目が光り、カチュアは更に慌てる。違うそんなわけがない。でも手を下ろすと『聖騎士のスコップ』の先端が床にあたる。直後にボロボロっと床は砕けた。掘れる。なんか使える気がする。なんでもスコップできる気がする。スコップしたい――したい――。
「ちがう、ちがうもん! しずまって私の体ーっ!」
半ば幼児退行しながら叫ぶ。
体はスコップされても心は絶対に掘削されたりしない。
私は騎士だ。スコップ使いではないのだ。ぜったい。
「カチュア、もう諦めてスコップを受け入れてはいかがですか?」
「ひ、姫殿下の命令でもそれだけは! 絶対に、聞けません!」
「カチュア」
「っ!?」
カチュアはびくんと震えた。
リティシアが王族の威厳のある、それでいて優しい声を発したからだ。
「男爵家の誇りを持てるほど強くなりたいのではなかったのですか?」
「う」
「大陸最強の聖騎士になると私に誓ったのは、嘘だったのですか?」
「う、うぁ」
「国を守る強さを得るため手を尽くすのが――騎士なのでは?」
リティシアの正論がぐっさぐさとカチュアの胸をつらぬいた。
カチュアだって本心ではわかっている。アランの無双をその目で見てきたのだ。自分もスコップを握ればらああなれるかもしれないのだ。ドラゴンを倒す英雄。子供の頃から夢見ていた伝説の英雄に手が届くかもしれないのだ。
でも、スコップ。
「う……ああぁ……」
じわりと涙がこみ上げてきた。
剣ではなくスコップ。それが自分の道なのか。作業着で竜を打ち倒す聖スコップ騎士が自分の道なのか。あれほどまで夢見ていた才能、それは手の中にある。ただこのスコップを握るだけで――夢が叶う。
ぽたぽたと涙がスコップにこぼれ落ちる。
「あああ……あああぁ……」
視界がぼやける。剣が見えない。あれほど打ち込んできた剣が。
それなのにスコップだけが、涙に濡れたスコップだけが、鮮明に見えるのだ。
もはやスコップしか見えない。
「カチュア。私と、鉱夫さまといっしょに……」
リティシアが耳元でささやいてきた。
脳天を溶かされるような甘い声だった。
「スコップ、しましょう?」
限界だった。
もはやカチュアの抵抗は溶かし尽くされていた。
カチュアが震えながらリティシアに振り返ると、ゆっくりとうなずき――
「やめないか、リティシア」
「きゃっ!?」
そのときだ。ぺたん。
アランがリティシアの頭のてっぺんを優しくスコップで叩いた。
「スコップは部下を洗脳するための道具ではないぞ」
「あう……せ、洗脳ではなくですね、私はカチュアにもスコップしてもらいたかっただけで……」
「リティシア」
「……すみません、鉱夫さま」
しょぼんとうなだれるリティシアだった。
カチュアの視界が晴れてゆく。涙がすべてこぼれ落ちたのか。
「そもそも俺はカチュアは剣を持つべきだと思っている」
「……えっ?」
ぱちぱち。信じられないものを見たという感じのカチュア。
この男はリティシア姫のようなスコップ広報ではなかったのか。
「剣で英雄になりたいのだろう。ただその一心で剣を振ってきたのだろう。ならば、思いを貫くべきだ。他人になんと言われようと、ただ一点を掘り抜いた先にこそ、見えてくるものもあるはずだ」
「……アラン」
ぐぐっと。
カチュアの目にさっきとは別の涙がこみ上げてくる。
「思いを貫く、それもまたスコップだ。わかるかリティシア」
「ああ……鉱夫さま……っ!」
リティシアは身体を抱くようにしてブルブルっと震えた。
「リティシアはまた一つスコップになりました……すこぷりんせすです……っ」
「(これは全然わかっていないな)」
「……思いをつらぬく、か」
続く一言だけが気に食わなかったがスルーすることにした。
そうだ。思いを貫くのだ。自分は剣で大陸最強を目指すのだ――。
「だがカチュアに剣よりスコップの才能があるのも事実だな」
「ぐっ!?」
「理想と現実は異なる。現実的な妥協点も考える必要がある」
現実味のかけらもない男のくせに正論を吐く。
「そこで、妥協案として、このようにしよう」
アランはカチュアの『聖騎士のスコップ』を床に置いた。
そしてガンガンと自らのスコップで叩いて変形させてゆく。
やがて。
「これは……聖、剣?」
ぼんやりと白く輝く刀身。すらりとしたフォルムはまるでおとぎ話に出てくる聖剣のようだ。それがその場にあるだけで、すべてが浄化され神聖となる。悪を打ち倒す正義の剣。まさにそんな感じだ。
ただ一点。
剣の先端だけはまるで矢じりのように広がっていたが。
しかし、鎧通しのために、よくある形状でもある。
「これは……すごいぞ……聖なる波動を感じる……!」
カチュアは聖騎士の剣を受け取った。
なじむ。己の剣よりもスコップよりも遥かに。この剣と出会うために自分は生まれたのかもしれないと思わせるほどに。カチュアが軽く振るうと、シュワンと輝くオーラの軌跡が空中に残る。
カチュアは目を輝かせた。
「すごい! すごい、アラン、これはまさに『聖騎士の剣』だ!」
スコップを打ち直してくれた。自分はこういう剣をこそ望んでいたのだ。
感激にカチュアが感謝を述べようとした直後、アランは答えた。
「ああ――それは『聖騎士の掘削剣』だ」
ぴたり。カチュアがまた止まった。
「鉱夫さま、掘削剣とは?」
「先がスコップ状になっているだろう?」
矢じり状になっている部分はスコップ金属部だったらしい。
リティシアが感激の声をあげた。
「なるほど! これは2割がたスコップです!」
「それと柄の後ろにも掘削用の取っ手をつけた」
「なるほど! もう5割がたスコップですね!」
「あと『Dig』と叫ぶことで完全スコップ形状に変化する」
「いざというときは10割スコップに変化するわけですね!」
「…………………………………………」
カチュアは必死に己と戦っていた。だってこの剣がほしい。すごくほしい。
大丈夫だ。遠目に見れば。近くでよく見たらスコップだけど言わきゃ誰も気づかない。
聖なるオーラとか発してるし、アランとリティシア以外の誰が見たって――っ!
「――こ」
カチュアは歯を食いしばった。耐えろ。耐えるのだ自分。
「――これは」
カチュアは『聖騎士の掘削剣』を高く掲げた。
そしてボロボロと、自分でも理由がよくわからない涙をこぼす。
こわばった笑顔だったが、それでも笑っていた。
自分を騙す作業が完了したのだ。
「これはまさに――『聖騎士の剣』だっ!!」
――こうしてカチュアは、またひとつ騎士として成長したのだった。
△▼△
翌日のエルフ城。
『レイストールが情報を吐いたぞ』
大広間で朝食をすませてから作戦会議である。
アリスが聞き出したところによると、宰相ゼルベルグのたくらみは、ロスティール一国の支配どころではなかった。人類の国家すべての機能をマヒさせたうえで、恐ろしい災厄を大陸にもたらそうとしている。
災厄の内容まではレイストールですら知らなかったが。
『宰相は上位悪魔じゃから、だいたい察しはつくがの。ふん、芸がない』
「どういうことですかアリスさんすこ!」
『うおおおスコップを向けるにゃー!? た、魂を集めるとかそんなんじゃろ!』
リティシアは今朝も絶好調のようである。
「オーブを大陸にばらまいたのも、それが狙いか?」
イエローオーブは不死の王を、レッドオーブは赤き竜を。
オーブの魔力で怪物を目覚めさせて大陸の混乱を狙っていたように思える。
「いずれにせよオーブは集める必要があるのだな」
「……アランが波動砲で宰相をぶっ飛ばせば終わる話では?」
「その場合、ロスティールの宮殿も粉々になるがいいのか?」
「いいですこ」
「よくないですよ姫殿下!?」
「どうせスコップ大宮殿として建て直す予定ですし」
国を取り戻したあとは、ロスティールの建設業者が大変なことになりそうだ。
「で、それはなしとして、次の目的地だが」
「『グリーンオーブ』が海の国・ラクティア共和国にあるようです」
リティシアが解説する。海の国といっても海上にあるわけではない。ラクティアは大陸最大の貿易港を抱え、世界の商業の中心地点となっている。人口も最大級であり、街の周囲にはスラム街が広がっている。
その街の市場にグリーンオーブがあったが、現在は気配が消失したという。
「消失?」
「おそらく魔力を完全遮断する魔法の宝箱に入れたのでしょう」
「なるほど。裕福な商人かコレクターあたりが入手したのだな」
「厳しい交渉が必要になりそうです」
「うむ」
アランはうなずくと自信満々に宣言する。
「つまり、スコップの出番というわけだな」
カチュアは無駄だと知りつつ、小さくつぶやいた。
――こいつ、今度はスコップで交渉するつもりか。
予定ではカチュアの服が粉砕採掘でくだけちり、いろいろ危ない女騎士が羞恥にまみれながらスコップ奮戦するはずだったのですが、もっと羞恥をかきたてるシチュエーションで脱がす方が適切と判断し、今回は伏線のみとなりました。
つつしんでお詫び申し上げます(だれに)。




