第26話 鉱夫、エルフ城に帰還する
シルバーオーブを手に入れ、宰相の部下レイストールを捕らえた(アリスが完全支配した)アラン達は、情報整理のために一旦エルフ城に戻ることとした。スノーマウンテンからは徒歩4日の行程である。
アランの説明にカチュアが訝しんだ。
「おまえのスコップで瞬間移動できないのか?」
するとアランは首を横に振る。
「俺だけなら可能だが、普通の人間の体は掘削移動には耐えられない」
『わらわは耐えられるぞ』←不死の王
「私は自力でテレポートできます」←スコップ賢者
「ああ、だがリティシアとカチュアは普通の人間だ。無理だろう」
しばしの間があった。カチュアはリティシアをちらりと見た。
「普通の……人間……?」
「カチュア、なんですかその視線は」
カチュアは猛烈な違和感を口にするのをなんとかこらえた。
うん。リティシア姫は普通の人間なのだ。なにしろ我が主君だ。
よし、自分を騙す作業完了。
そのへんでアランがあごに手をやり、何かを考え込むしぐさが見えた。
「だが確かに4日は長いな。『掘削滑空』で帰るとしよう」
「待て」
「ここが雪山でよかった。『掘削飛翔』で加速可能だ」
「待て」
次々飛び出すスコップワード。究極的に嫌な予感しかしない。
だがアランは待たなかった。スコップを雪原の地面に置くと一声『広がれ』と唱える。すると先端の金属部がニョキニョキンと大きくなり、中くらいのソリほどの大きさにまで広がった。
――まさか、あれに乗れと?
「よし。みんな、しっかり前の人に捕まるんだ」
「断る! 私は一人で歩いて帰る! はなせーっ!」
「だめです」
後ろからリティシアががっしりカチュアを掴んでいた。
アランを先頭に5人がスコップに乗り込む。するとスコップが動いた。最初はゆっくりとだったが、坂に差し掛かると猛烈な勢いとなる。吹雪が頬を切りつける。スコップのソリは更に加速。加速。加速。もう止まらない。
「きゃー! きゃーっ! すごい速さです、鉱夫さまーっ!」
「光速の雪世界! リズは今究極の感動をしています!!!」
「そろそろジャンプするぞ、しっかり捕まっていろ!」
「嫌だ私は死にたくない嫌だああああっ!」
無駄であった。
斜面をマッハで駆け抜けたスコップは雪面との火花を散らす。
その先にはまるでジャンプ台のように反り上がった坂。
カチュアの視界に光が見えた。太陽の光だ。その太陽に向かって、とてつもない勢いでスコップが躍動した。青空。飛んでいる。白い雲を突き抜けた。どこまで。どこまで進むんだこのスコップは――スコップってなんだ――父上――私は――
「――ふっ」
そのへんでカチュアは意識を失った。
スコップ滑空、飛距離およそ200キロ地点であった。
△▼△
10分後、エルフ城城門前。
ようやくカチュアが意識を取り戻したころ。
「アランおじさん! お帰りなさい、ご無事でなによりです!」
「うむ。フィオも元気そうだな」
「はい、フィオはいつでも元気ですっ!」
フィオがゆっさゆっさと胸を揺らしながら出迎えてくれた。クリスマスのプレゼントを見た子どものように明るい笑顔だ。エルフ城でひとりでも、寂しくもなく元気だったようだとアランは安堵する。
ともあれそのままアラン達は中の大広間へ。
『地下牢があったな。アラン、わらわはそこで準備をしておく』
捕らえてきた死霊術師レイストールから情報を聞き出す準備だ。何のためのどういう準備かは、フィオがいる前で聞くべきではないだろう。あれでもアリスは人外の帝王。不死の王なのである。
「ほわあ……」
リーズフェルトは頬に手を当てて恍惚の笑顔を浮かべていた。
「雪山からのスコップ滑空、とっても気持ちよかったです(ちらちら)」
「そうか」
「あう。気付いてくださいよ―」
くいくいっとアランの袖を子どもみたいにひっぱる、自称賢者。
「アランさんアランさん。アレ、ぜひもう一回やりましょう!」
「ああ、シレイジアに行く機会があればな」
「えー。ここでもやりましょうよー」
「雪山の斜面がないと無理だ」
「うーん」
リズはしばらく腕組みをして考える様子を見せてから。
ぴかーん。電球が頭上で光った気がした。
「あ、じゃあ、ここに雪山をつくりましょう」
「は?」
「ちょうどいい山があっちにあるのでちょっと雪山にしてきます」
「は?」
そしてリズは消えていった。
ロスティールにたいへんな気候変動が起きそうだ。
アランは『まあいいか』と諦めた。カチュアは頭を抱えていた。
「頭痛が……頭痛が痛い……っ!」
「カチュア、大丈夫ですか? 文法がおかしいですこっぷよ」
「姫殿下の狂気が頭痛の最大の原因なのですが」
「私はいつでも正気ですこ」
「(頭を抱えて白い目)」
そんなわけで残されたのはフィオとアランだ。
エルフ少女フィオは、アランのそばにつつっと近寄ってくると。
「アランおじさん、よろしければ旅のお話をいただけませんか」
「もちろん」
そしてアランは語る。
砂漠の国の関所破り。水の巫女ユリア。伝説の赤き竜。そんな中でもフィオがいちばん興味を示したのは、ラハル族の村にスコップで温泉が湧いたことだ。純朴エルフ娘の目がキラキラ輝いている。
「すごいです、すごいです、泉を湧かせる巫女様だなんて!」
「なんだ、入りたいのか?」
「はい。エルフの里には昔『生命の泉』という泉が湧いていたそうです!」
「ふむ……そういえばそんなものが長老の家の裏にあったな」
パーサルナックと一緒に湯浴みをしたことがある。万病を治すという、生命の精霊が宿った泉だった。アランはここ900年は病気などしたことがないが、普通の人間にとってはまさに秘湯というべきだろう。
「このお城にも……いつかそういう、伝承に残るような泉があればいいな、って」
そう言ってフィオは大きな胸に手を添えた。
かつて栄えたエルフの里をもう一度復興させたい。
その望みは、さらに強くなっているようだ。
「それなら今度ユリアを呼んでくるとしよう」
「本当ですか!? ありがとうございます、わたし感激してます!」
「ああ、彼女なら俺より泉を湧かせるのが得意だ……ふむ、泉か……」
そこでアランは思い出す。
『生命の泉』にはエルフの英雄の像が祀られていた。
そして自分はフィオに『スコップ』つまり彫像をつくってやるという約束をしていた――フィオ的には『スコップ』とは、男女のあんなコトやそんなコトなのだが――はずだ。オーブを探す旅が忙しく、約束がなかなか果たせていない。
「フィオ、すまないな。約束はもう少し待ってくれ」
「え……?」
フィオはぱちぱちとまばたきをして、首をかしげた。
そのまま数秒してから――ボウンッ、と一気に顔を赤らめる。
「ひゃうっ……! あ、あの、あのう……っ!」
慌てて視線をそらす。大きな胸がたゆゆゆんと揺れた。だが、口元には笑顔があった。うれしい。覚えていてくれた。こんな自分なんかとの約束を。ほんとに、うれしい。そんな感じがにじみ出ていた。
フィオはほうっと、嬉しさのため息を付いた。
「フィオは……その……え、エルフですのでっ」
「そうだな」
「だから寿命も長くて……い、いつまでも待てますので、だからその、あの……」
意を決したという様子で、アランと視線を合わせた。
手をからめて祈るような動作。二の腕あたりが胸にあたり、やわらかくむにむにっとゆがんだ。まるで少女のやわらかさを誇示しているかのような仕草なのに、純朴そのものの表情をエルフ少女は向けてきた。
そして、目尻に涙を浮かべながら。
「いつでも……お好きなときに『スコップ』いただければ……け、結構です……」
そう、言ったのだ。
「………………………………」
なぜこのエルフ少女は、スコップにこんなに照れているのだろう。
まあ、エルフには人間ではわからない照れ感覚が、あるのかもしれない。
「(だが、それはそれとして)」
あまりにも健気な言葉に今夜にでも『スコップ』したくなってきた。
自分をおじさんと呼ぶかわいいエルフ少女に、何かをしてやりたい。
が――。
「(待てよ)」
言おうとしたところでアランは再び止まる。
別の約束をしていたことも思い出したのだ。リティシアにスコップを教える。こちらは期限もあった。砂漠の国のレッドオーブの件についてカタがついたら、と。そろそろ果たさなくてはまずいだろう。
「フィオ。すまないが今日はリティシアに『スコップ』を教える予定だ」
「あ……ひゃ、そ、そうなんでしゅか!?」
噛んだ。なぜかめちゃくちゃ動揺している。
そこでアランは名案を思いついた。
「よければフィオも来るか? (彫像作成とは)少し違う意味の『スコップ』だが」
「え……………………え、え、ええええええええええええっ!?」
今世紀最大の驚きといった声をあげた。
「そ、そそそ、それはまさか、あの、さ、三人でという意味ですか!?」
「ああ。リティシアは少し(オブラート表現)スコップを誤解していてな」
他の人間がスコップを使う様子を見れば、誤解も解けるだろう。
そう思ったのだが。
「ひゃ、ひゃううぅぅぅぅ……あの……あの、あうぅ……」
身をぎゅっと抱いて、太ももを内ももにしてフィオはうめいた。
恥ずかしがっている。とんでもない。そんなこと。
「ふぃ……フィオは……あの、すみ、すみません……っ!」
「いや……嫌なら別にいいが」
「い、嫌なわけでは決してなく! ただあのですねっ!」
頬を真っ赤に染めながら、勇気を振り絞ってという感じで。
「その……は……恥ずかしいので……で、できれば……あの、二人で……」
「わ、わかった」
フィオ、泣きながらの懇願。そこまで言われては、アランとしてもどうしようもない。というかこれでは自分がフィオをいじめているみたいではないか――事実、男女的な意味でそのとおりなのだが。
仕方なくアランはフィオの頭をなでた。
「すまん、撤回する。今度時間を取って、二人きりで『スコップ』を教えよう」
「……ひゃう」
フィオはアランを上目遣いで見つめた。
ぽうっと、蕩けたチョコレートみたいな表情を浮かべる。
安らかな声でつぶやく。
「フィオは……しあわせすこっぷです……」
アランは思った。
――やはりあのスコップ姫はなんとかしなければいけない。
△▼△
そして夜、アランの寝室。
アリスは尋問の準備には、まだ時間がかかるという。
なので先にリティシアとの約束を果たすことにした。
「よし、リティシア。今日は真面目にスコップを教える」
「は、はい! よろしくお願いいたしますっ!」
緊張の面持ちで赤いスコップを構えるリティシア。
「…………………………おい」
と、リティシアの横に立つ白い鎧の騎士がつぶやいた。誰かといえば、言うまでもなくカチュアであった。なぜ自分が寝室に呼ばれたのか。リティシア姫とアランの二人でスコップ(動詞)でもなんでもすればいい。
「リティシアに二人でスコップを教えても誤解が広がるだけだと思った」
「それはそうだろうが、私は絶対に断る」
カチュアが振るうべきは剣である。スコップではないのである。
だからアランに背を向けて、カチュアは寝室を去ろうとした。
そのときである。
「カチュア。スコップは、剣の才能を発掘するのにも役立つぞ」
ぴたり。
剣の才能、のあたりでカチュアは止まった。
おそろしいまでの誘惑であった。掘削誘惑。
「早く一人前の聖騎士になりたくないか。その方法を教えられるぞ」
スコップの誘惑。一人前の聖騎士。カチュアの心を強烈なそのワードが勢いで駆け巡った。効果は抜群であった。才能、剣の才能、そんなものほしいに決まってる。だって自分はそのためにすべてを捧げた。氷の国でも決意したのだ、剣を振ろうと。
でもスコップ。いやだ。絶対いやだ。
でも剣の才能。ほしい。絶対ほしい。
「くっ――くうううう!」
うう。あう。あううううううう。
相反する衝動がカチュアの中でせめぎ合い、数秒。
ぎぎぎぎぎと、カチュアが、首だけで振り返った。
「こ――――こ、こ、効果がなかったら、すぐにやめるからな!」
――カチュアとリティシアのスコップ教練が、はじまろうとしていた。
今回は幕間で情報整理回のつもりでしたがとなんかこうハーレム&フィオちゃん回になりました。情報はどこへいったどこへ、そもそもこの小説はどこに向かっているのか……おそらくアルゼンチン(地底を掘り進んだ結果)。
次はリティシアとカチュアとアランの3人でなかよくスコップ回です。かちゅあー(理性崩壊




