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夏休みが明けた中学校は、ひどく懐かしく感じた。教室の窓をカラリと開け、思いっきり息を吸い込む。窓を見おろしたら、日に焼けた生徒たちが校門をくぐっているところだった。
みんな元気そう。楽しい夏休みを過ごしてきたんだろうな。
校庭を歩いている、ひとりの女生徒がわたしに気づき、手をふってきた。
「アカリせんせー! おっはよー!」
二組の高橋さんだ。なぜだか少しやんちゃな彼女になつかれているんだよね。フフッと手をふり返す。
彼女が校舎の中へ消えると、小さなため息がでた。
あの不思議なできごとから一か月がたち、わたしはようやく気持ちの整理がついた。
じつは今、ヒカルからプロポーズされている。
すぐに返事のできなかったわたしは、すごくズルいと思うけど。
ヒカルは笑って待つと言ってくれた。
何もかもわかっている。そんなふうな目でうなずき、頭をポンポンとしてくれたのだ。
幸せになっていいのかな。取り返しのつかないことをやってしまった自分なのに。
この答えを出せないまま、プロポーズを受け入れていいのだろうか。
『なんだ、まだ悩んでるのかよ!』
そのときだ。どこからか声が響いてきた。わたしの頭の中に直接、語りかけるように……――。
まさか、この声……。
ハッとしてふり向く。
「君……!」
いつのまにか、アッシュが背後に立っていたのだ。しかも、うちの学校の制服を着て。
教室になじみのない金髪とターコイズ・ブルーの瞳にひきつけられる。
「う、うそ。どうして?」
信じられない。うわごとのようにつぶやいたら。
アッシュはきゅうくつそうな顔をした。
「好きで来たんじゃない。ランドルフから意見されて、こうしておまえに会いにきたわけ」
「わたしに?」
「ああ。おまえのことがちょっと気にかかってな。しばらくそばで見守ることにしたんだ。それには、ここの生徒になりきるのが一番だろ?」
とんでもないことを言った彼。
「はあ? 何、それっ! 勝手に決めないでよ、断りもなく! それにその姿、目立ち過ぎじゃないの。生活指導の太田先生に見つかったら……」
「そのへんはだいじょうぶさ。留学生ということで話はつけてあるから」
「りゅ、留学生~?」
「アカリ、おまえ英語の先生なんだってな。覚悟しろよ。おれ様の発音チェックは厳しいぞ!」
そう言って、アッシュはガハハと大口を開けて笑った。
なあんだ。こんな笑い方ができるんじゃない。その方がいいよ。外見どおり子供に見えるし。
「お手柔らかに! 言っとくけど、わたしは先生なんだからね。ここでは敬語つかいなさいよ」
新しい何かが始まりそうだ。
わたしもアッシュに向かって微笑んだ。
おわり
ありがとうございました!




