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「ご主人様、無茶です! 強引すぎます! 心を開く前に解凍してしまっては、彼女がこわれてしまいます!」

「おれ様を誰だと思っているのだ、ランドルフ? ちゃんと、あの娘の心を開いてから解凍してやっただろうが。それにな、おまえの言うとおり呑気にやっていたら、何百年たっても集まらないぞ」

「ですが、強引なのはいけません! 天使長様だっておっしゃっていたではありませんか。人間は弱いのです。時には優しく、時には厳しく、誠意を以て我々が次の段階へ導いていかなければならないのだと……」

「ああ、もう! うるさい! 下僕の分際で! おれ様は気が短いんだ。さっさとフローズン・ワードを集めて天界に帰りたいんだよっ。くっそう、神の命令だかなんだか知らないが何故おれ様がこんな面倒な役目をしなくちゃならないんだよ、ブツブツ」


 ――天使、神……?

 あの背が高い男性と金色の髪の少年の会話なのだろうか。二人の話は続いていたけれど、途中で聞こえなくなった。

 なんて気持ちがいいのだろう。ユラユラと揺れて、お母さんの子宮の中に帰っていくようだ。眠るように目を閉じながら身を任せた。少年がつくりだした光の球体にゆっくり溶けていくのがわかる。

 手も足も何もかも残さずに、消えていくのだ。なぜだか、わたしにとって、それが一番正しいことのような気がした。


***


 暗闇の中から、わたしを呼ぶ声がする。

「アカリ、アカリ!」

 女の子の声だ。他にも大勢いるのだろうか。辺りがザワザワとしていて妙に騒がしい。なんとなく懐かしい空気を感じるけれど。

「もーう、アカリったら。どうしたの、ボーっとしちゃってさ? さっきから呼んでいるのに」

 ――へ、ボーっと?

 女の子の呼びかけを合図に、ぼんやりしていた意識がハッキリしてきた。永い眠りから覚めるように、徐々に視界が明るくなって広がっていく。

「昨日、夜更かししてたんでしょう。しょうがないわね! 睡眠不足はお肌の敵なのに」

 学校の制服らしき白いブラウスに青いリボンを胸元につけた女の子の笑顔。

 わたしは驚いて彼女の顔を凝視した。

「え、あ、え……と、もしかして、ミズキ?」

 ――まさか、そんなはずは。ミズキがいるわけないのに。

 けれど、わたしの前に彼女がいた。小学生の時からの大事な親友。高校までずっと同じ学校に行って、何をするのも一緒に行動した彼女がだ。

 彼女ご自慢の長い髪がサラサラと流れる。

 わたしは彼女から目を離せなかった。

「そうよ。今頃何言っているのよ、この子ったら。ずっとここで一緒に衣装をつくってたでしょう!」

 じれったそうに髪を払いながら、ミズキは首をかしげた。

「衣装……?」

 彼女に言われ、不思議に思いながら下を向くと、自分の膝の上にサテンのようなキラキラした長い布が置かれていた。右手には糸を通した針がある。自分で縫っていたらしく、布の端っこをまつり縫いしている最中だった。

 やっと、自分が何をしていたのか思い出した。

「あ、そっか。わたし、学園祭の準備をしていたんだっけ……」

 高校生活最後の文化祭を迎え、推薦入学で受験勉強から解放された生徒たちは、手伝いが必要なところへかり出されていた。わたしとミズキは、演劇部OBとして後輩たちの衣装を作っていたのである。余談だが、演目は、あの『ロミオとジュリエット』だ。

 ミズキは怪訝そうに顔をしかめた。

「もーう、しっかりしてよね。本番は明後日なのよ。仮縫い通りしっかり縫わなきゃ、でしょ。ミシンは競争率が高くて使えないんだから」

「うん……うん、そうだね……」

「なんだか変なの。寝ぼけてるみたいだよ」

「え、そんなんじゃないって」

 と、あわてて言ったものの、正直なところ現実感がなくって。未だに意識がフワフワと浮いているような感じがする。まるで借り物の(うつわ)の中に魂が入っているみたいだ。

 こんな違和感、今まで感じたことがない。どうしてだろうか。手に触れる柔らかな布の感触だってあるのに。ミズキだって元気にわたしの前に存在しているというのに。


「いた……!」

 とつぜん鋭い痛みが走った。ぼんやりしていたせいで、針を刺してしまったのだ。人差し指の先に赤く丸い粒。たちまち筋となって膝の上にこぼれ落ちそうになる。

「あ、やば」

 あわてて左手を右手で包んだ。

「だいじょうぶ、アカリ?」

「うん、だいじょうぶ。ちょっと刺しただけ。えへ、ドジっちゃった」

 顔色を変えて立ち上がったミズキに、わたしは笑って返事をした。けれど、わたしの笑顔は効果がなかったみたい。

「消毒! 保健室に行かないと……あっ、それより救急箱を持ってきた方が早いかな……」

 ケガをしたのは、わたしの方だ。なのに、ミズキの顔がひどく青ざめている。

 そういえばミズキは、血に弱いんだった。ひどいケガを負ったわけじゃないのに、おろおろしている彼女を見て、逆に申し訳なく思う。

 ――相変わらずだなあ、ミズキは。

 そんな彼女が、とてもかわいらしく思えた。

「だいじょぶだって、ミズキ。こういうことがあるかも、と思って、バンドエイドを持ってきてたんだ。だけど、貼る前に手を洗ってこなくっちゃ。すぐ戻るから、その間の作業をよろしくね」

「わたしもついていこうか?」

「ううん、一人で行ってくる」

 わたしは席を立ち教室を出た。


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