魔術と精霊魔術(魔法)の違いってなんなの?
一般論をベースにした『少女は世界を変える』シリーズの世界観における『魔術』についての紹介です。RPGのそれとは異なりますのでご容赦を。
『妖精騎士の物語』の世界には、『魔術』が存在しますが、いわゆる『ファイアボール!!』といった詠唱をして炎を飛ばして攻撃するような手法をあまり用いません。
作者が嫌いだから……ではなく、効率の良い魔力の運用ではないと考えているからです。
リリアル学院という孤児の魔力持ちを育てて『魔術師』にするという試みは当初から説明されていますが、魔力のある男子は本来、貴族や騎士の養子に貰われていき、正規のルートで『魔術師』となっていきます。
残された『魔力はあるが、魔術師にはなれない程度』もしくは『女子』に関しては魔術師にはなれないというのが今までの孤児の行く末でした。この層を取り込んだリリアルは、魔力量の少ない事を前提に育成をしていくことになります。
体の外に魔力を出すよりも、体の中で循環させ能力を強化したり、付与する方が効率が良いので、自然と『気配隠蔽』『身体強化』『魔力纏い』といった魔力の運用が主となります。
リリアルの魔術の優先順位についてはこの通りなのですが、オリヴィの使う魔術である『精霊の加護』に基づく魔術とは何が違うのか……というお話もあります。
【魔術と魔法】
ともに『Magic』ではありませんか! ということで、なにが違うのかさっぱりわかりませんね。
これは、創作物や解釈により様々なのですが、著名な作品を参考に『魔術』と『魔法』の違いについて確認してみたいと思います。
1)Fateシリーズ
『魔法』は超常的能力で、技術的・魔術的に再現不可能な力。
ん? つまり、力の事象は認識されるが、その作動原理は不明というとでしょうか。
『魔術』は現在の技術で再現可能なもの。
おおよそこんな感じです。前者が神の御業、後者が御業に似ているが、現代科学などで実現可能な作用といったところでしょうか。
2)指輪物語
『魔法』 道具や術式などを用いて何かを召喚するような超常的な呪術。
そもそも、魔術も魔法もほとんど出て来ません。使い魔を使って大鷲を呼び寄せたりですかね。剣で斬り合いもしますからガンダルフ。
二人の魔術師では、なにか超能力? 念動力のような物で戦っていましたね。
『Magic』なのでどちらがどちらかは分かりません。
言葉で意味を解釈するのであれば、
『魔法』は神秘的超常的な力の理であり、『魔術』は術を用いて超常的な力を操る技術という意味になるのでしょうか。
3) D&D(TRPG)の場合
元が米国産であるため、『Magic』なのですが、ここには先天的であるか後天的であるかの差でいわゆる『ジョブ』が変わってきます。
『ソーサラー』:先天的個人の資質で魔力を行使する。
『ウィザード』:後天的知識・技術で魔力を行使する
という区分けです。
ん、そうですね。魔法が何なのかに関しては元が『Magic』ですので、その差はどう解釈すればいいのか分かりませんね。作品ごとに違うと考えればいいのではないかと思います。
【妖精騎士の物語の場合】
一連の『妖精騎士の物語』のお話には、『魔術』と『精霊魔術』が存在します。
『魔術』は主に王国で用いられる超常的な力の運用です。その力は、生命エネルギーに起因し、『功夫』『気功』のような存在であると考えていただければよいでしょうし、若しくは『超能力』と括られる存在に近いでしょうか。
「魔〇科高校」で出てくるあれです。
生命エネルギーのうち、体から離して作用させることができるものを『魔力』と言い換えます。ですので、『魔素』が空気中に……といった設定はありません。
これは、体から離れるほど維持することが難しくなり、時間の経過とともに霧消していきますので、維持をするには膨大な魔力を込めるか、保持する能力の高い『魔銀』『魔鉛』『魔水晶』といった物体を肉体の代わりに依り代とする必要があります。
序盤で『魔石』をもつゴブリンなどが登場しますが、この魔石は、魔力を保持するために『魔水晶』もしくはそれと似た鉱物を『胃石』のように取り込んだ物であって、体内で結晶化したものではありません。
蛇足ですが、王国や古帝国の版図であった地域で、御神子教が早期に信仰を広めた所では『魔術』の素養が高い者が『貴族』となりました。故に、魔力を持ち、魔術師となる者に貴族が多いのはそうした理由です。
では、『精霊魔術』というのは何に当たるのか。設定では、『精霊の加護』を生まれつきもしくは後天的に持ちえた者が主に行使する『魔術』であり、俗に『魔法』と呼ばれるものでもあります。
『精霊魔術』は、自然界に存在する精霊が力を行使するものであるため、魔力の消費は精霊とのコミュニケーションとして消費されます。その結果、術の規模に比して魔力の消費量が少なくて済みます。
また、『加護』を持つ者以外にも、魔力の消費量を度外視すれば術を発動することができます。これは、お気に入りであれば少ない魔力でも望みをかなえるけれど、そうじゃない者は魔力を沢山くれれば望みをかなえてあげよう……ということの差になります。
精霊に礼儀正しく『詠唱』を行い、関係を築く必要がありますが、恒常的に術を用いていると、短縮や無詠唱、ハンドサインなどで発動することも可能となります。
また、膨大な魔力を用いて『加護無し』が術を発動し続けると、そんなに仲良くしたいのなら『加護』をあげようかとなり、後天的に『加護持ち』となる場合があります。
『先天的』に加護を持つ場合、両親のどちらかが『加護』を持っている事が条件となります。血統により『加護』を相続することになります。故に、複数の加護を持つ子が生まれる半面、隔世遺伝などで加護が無い子も生まれる可能性があります。
出来る限り小さい頃から『加護』を育てること、また、精霊の存在を意識し、魔力を分け与える事で、友好的な=魔力の消費量の少ない精霊魔術が発動できます。
『精霊魔術』=『魔法』は御神子教の布教が遅かった地域に主に広がる魔術と言えます。精霊はアルマン人(東から移動してきた蛮族の集団)の世界観に起因し、万物に神が宿ると考えています。
その中で、山の神・泉の神などを祀りその力を分け与えてもらうことで自らを生かすという発想を持ちます。この『**の神』というのが『精霊』であり、その存在があると最初から信じている者の多い帝国の東部や南部、レンヌの北部など辺境において、『精霊魔術』を使えるものが多いのは、身近に自然を感じる宗教観が精霊の存在を『あるもの』としているからかもしれません。
実際、法国と帝国の境目であるトレノ周辺の貴族の子女である聖エゼルの修道女達は何らかの精霊の加護持ちが多数含まれています。辺境には精霊の加護持ちが多く、貴族であればその魔力量により精霊と関係を作りやすいという図式が成り立つのです。
精霊に関してはいわゆる『四大精霊』をベースとし、自然の中で存在を認識される『雷』『草木』などが加わる事になります。
今のところ『光』『闇』といったものは存在しそうにもありません。何故なら、その手の精霊がある世界にはあまり宗教的な色が強くないからですね。
光と闇となれば、ゾロアスター教の影響を受けた一神教を想定する事になります。御神子教は一神教であり、光と闇の対立といった発想は反映されておりますので、『光』『闇』の精霊の概念は自然崇拝ではない別の教義となってしまうのでしょう。
『氷』の精霊は、北外海(入江の民の出身地域である『乗国』『電国』あたりの地域)がお話に出るのであれば、登場するかもしれません。
四大精霊のお話は機会があればまた書きたいと思います。羽の付いた妖精のような存在ではありません。




