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王様が騎士で何がおかしいの? 【再掲載】

『騎士』という存在がなんなのか……真面目に検討するお話です。


短編にて投稿しましたが、こちらにまとめました。既読の方はご容赦ください。

『騎士』という存在がなんなのか……真面目に検討するお話です。え、だって『妖精騎士の物語』の『騎士』が何なのかって気になるじゃないですか。



 エッセイを読んで『?』と思った事ですが、日本語版Wikiあたりで確認して貴族制度とか騎士について調べると間違えますよ☆ と言っておきたいと思います。


 貴族制度が多くの国で廃止になっております。多くは、19世紀から20世紀の前半ですね。例えば、ポーランド、ハンガリー、ドイツ、オランダ、フランス、イタリア、スペイン……とかですね。


 それぞれの国で制度がかなり異なります。フランク王国系のドイツ・フランス・イタリアにしてもかなり違いますし、全然異なるハンガリーやポーランド辺りになると……そもそも爵位が近世になるころまで出てこなかったり、『選挙王政』の国の場合、貴族の立場がかなり強力である為、国王が貴族にいろいろな約束をしてそれが既得権となっていったりします。


 ポーランド・ハンガリー・ベーメン王国辺りが顕著です。


 中世・近世の欧州の歴史ってその辺り、学校の教科書に載らないのでスルーしがちです。絶対王政って何? という感じですね。


 因みに、中世において臨時課税を全土に行う四つの権利が国王にあります。


1.国王の身代金

2.国王の長男が騎士に叙任される時

3.国王の長女が結婚する時

4.十字軍が行われる時


国王だって生まれた瞬間王様になるわけじゃない。普通は「騎士」になってから「王様」になるんだよ! 中世における騎士の叙任=貴族の成人だから。歴史年代における『中世』ですね。


 因みに、征夷大将軍になる前に、「源氏長者」に成るのがしきたり。同じようなものでしょうか。


 騎士であり、王である事は別に問題ない。誰の騎士かは問題あるかもですが。







 さて、騎士の話に突入します。


 とあるエッセイからそのまま引用させていただきますと、


1)騎兵としての騎士

2)修道士会としての騎士団の団員

3)騎士勲章

4)騎士爵


 という順に整理させていただきます。



 元々、ローマ時代以前、馬に乗る兵士は異民族の傭兵か、ローマ・ギリシャの国であれば『貴族の子弟』が担う職業でした。これは、馬が高価であるということと、鐙のない時代に馬に乗るには、かなりの鍛錬が必要であったからという事があります。


 というわけで、馬に乗って戦闘するという事自体が高難易度の役割りであり、ヘタイロイ騎兵を切り札とするアレキサンダー大王は、そういう意味で『大王』であったと言えるかもしれませんね。


 


 西欧で騎兵が普及したのは、サラセン人のフランク王国への侵攻が鐙付きの馬に乗ったものであった事に端を発します。カール大帝の祖父である『カール・マルテル』の時代に、騎乗兵を整えるという方針が出て、その後、騎乗戦士育成のために封建制度が整備されていくことになります。


 これが1)の段階です。この封建制度というのは一円支配ではないので、様々な特権を騎乗戦士に与えるという形で、兵士の専業化が進んでいきます。馬を維持し、それに見合う装備を整えるのにとても高額な費用が掛かります。


 馬と装備一式で牛45頭分の初期投資が必要となります。馬は一頭ではなく複数要なので、さらに追加費用が発生するでしょう。一頭当たり、牛十二頭分の費用が必要です。


 この騎馬兵維持のために必要な資金を手当てする制度が、貴族制度の入口となっていきます。本来は、爵位と貴族制度は完全にリンクしていません。貴族制度の中に爵位が含まれますが、それは一部であり、全部ではありません。


この辺り、英国の貴族制度を基に考えると、既に廃止されている独仏伊あたりの貴族制度と理解が異なってしまいます。特に、英国は薔薇戦争の時代に貴族の家系が途絶し、その後、貴族を増やさないようにしているため、他国にはない準貴族制度(准男爵や騎士爵・ジェントリー階級)のようなものが存在します。


 既に廃止されている他の国では、貴族の子供(爵位の有無にかかわらず)でなければ貴族になれず、騎士にも叙任されません。貴族の子供は生まれながらにして『エスクワイア』=従騎士の資格を持ち、然るべき手続きを経て騎士となることができます。


 これが本流で、嫡子以外、爵位を継げない次男以下は兄弟が爵位を継いだ場合平民になる……という英国式の貴族制度がイレギュラーなのです。たぶん。


 この辺りは、『ヨーロッパの貴族―歴史に見るその特権 (人間科学叢書) 』に詳しく紹介されています。


 他は、ドイツの騎士制度であればドイツ語版のWiki、フランスの騎士制度であればフランス語のWikiに比較的詳しく記載されておりますが、他の国はあまり掲載がありません。特に旧東欧圏は渋いです。



2)いわゆる宗教騎士団


『騎士団』としてのモデルはテンプル騎士団、ロードス騎士団などがベースとなっているといわれております。


 有名な十字軍に参加した三大騎士団の他にも、スペインのレコンキスタで設立された騎士団や、フィレンツェで海賊相手に制海権を得る為に作られた騎士団などが存在します。


 騎士団に共通して言えるのは、『騎士は全て貴族の子弟でなければならない』ということになります。修道騎士だけでなく、修道士も貴族の子弟でなければなることができません。


 勿論、騎士になる『従騎士』もです。平民はどうなるのか、軍属扱い若しくは傭兵扱いであり、『騎士団員』にはなれません。


 騎士団の存在・規模に対して『騎士』の数はとても少ないです。この辺りは、塩野七生さんの『ロードス島攻防記』に詳しいかと思います。


 イメージで言えば、修道騎士は『キャリア』という感じです。騎士団を形成する『ノンキャリ』が沢山いて手足となって働いておりおますが、修道騎士はとても少ないということですね。


3)騎士勲章


 英国のガーター勲章が有名ですが、百年戦争の時代、褒美を金銭や封土で与えることができなくなった結果生み出された『名誉』の形態です。フランスでも同時代真似てジャン二世が『星勲章』を設立したりしました。


 これは、『クラブ』のようなもので会員になる事が名誉であったことに端を発する騎士団です。


 ブルゴーニュ公により設立された『金羊毛騎士団』は、公領が婚姻により神聖ローマ帝国皇帝へと引き継がれたため、ハプスブルグ家の騎士団となります。


 オーダーの場合、会員に加え名誉とする者、メダルの場合、その徽章を与えて名誉とする者ということになるでしょうか。『騎士』と呼ばれますが、あくまで敬称的なモノですね。


 団員は今でも貴族若しくは元貴族の家系の長のようです。



4)騎士爵


 映画『キングダム・オブ・ヘブン』において、騎士に任ずるシーンが二度あります。


 一度目は、父親であるイベリン男爵ゴットフリーから、主人公である私生児バリアンが騎士とされること。また、父親の死をもって男爵位を引き継ぎます。


 そして、エルサレム防衛戦の準備の最中。剣を持つ者すべてバリアンは騎士として任じます。半ばNGです。貴族でなければ騎士には任ずることができません。もしかすると、この時代は『平民騎士』が存在したのかもしれません。イベリア半島ではレコンキスタの時代に存在し、完了後に制度が廃止されています。


 さて、本来、騎士は騎士を任ずることができました。中世の前半までですね。そもそも、騎士となるにはそれなりの経済力が必要です。馬と装備を自前で揃えねば『騎士』になれません。


 戦前の運転免許証のようなものです。車を買ってから届け出ると、所有者に免許証が交付されました。車自体が希少価値であり、数も少ないので、自分のクルマで後は練習してねという感じでしょうか。


 これが、爵位持ちに制限され始めます。そして、騎士制度を貴制度が飲み込み、貴族の子弟=騎士予備軍という形になります。騎士を作るための特権制度を貴族制度が飲み込み、自らの特権としたことでしょうか。


 貴族制度に関しては『貴族って何なの』という別の回でお話をしたいと思います。


 国王の任ずる騎士は、爵位持ちの貴族と王の前では直臣同士ということで表面上は対等に扱われます。但し、其々の貴族も自分の任じた騎士が存在しますので、陪臣・陪陪臣という形になります。


 陪陪陪臣からフランス大元帥に出世した有名な人物に『ベルクラン・デュ・ゲクラン』がいます。ギリギリ貴族の騎士の嫡子として生まれましたが、三十代半ばまで傭兵隊長のような扱いを受けていました。


 元は、ブロワ伯に仕えており、ブロワ伯はブルターニュ公の臣下で、ブルターニュ公はフランス国王の臣下ですから、そんな感じになります。


「中世」の騎士であればこういう存在です。



【騎士王は『(笑)』かどうか!!】


 騎士というのはライフスタイルですので、中世の貴族・王族は全て「騎士らしく」あろうとします。はい。騎士じゃないと臣下に舐められるんだよ!


 百年戦争において、ポワティエの戦いで捕虜になったジャン2世は実に騎士らしい男でした。金貨300万枚をフランスに支払わせてもへっちゃらでした。綺麗な金糸銀糸の飾りのついた鎧や馬具を身に着け颯爽と突撃し、つかまっちゃっても全然困らない。


 反対に、真面目に『NAISEI』していた息子のシャルル5世は、「学者先生」などと騎士らしくない文弱なことを馬鹿にされ、当初はフランス貴族どもに舐められていました。


 ね、『騎士王』じゃないとだめなの。中世は。


 貴族だって騎士らしくないとだめなのね。特にフランス人。『金拍車の戦い』でフランス軍は二人の元帥、二人の伯爵家当主を含む千人以上の騎士が撲殺されているんだが、これも騎士らしく戦った結果、足場の悪い地面に足を取られてたところを、フランドルの市民軍の歩兵に撲殺されているの。


 近世ギリギリ間近のエリザベス一世の父親であるヘンリー八世は、馬上槍試合に出て大怪我して……それからおかしくなっているし。騎士として振舞わないと『軟弱』と馬鹿にされるのは、百年後でも変わらなかったようですね。趣味もあるでしょうけれど。




 ということで、創作の世界であれば、ベルバラか、ウィンナワルツの世界で、でも男女共学の貴族学校に箱馬車で乗り付けちゃうのは乙女ゲーの世界だからしょうがないんだよ。


 騎士という存在を考えると、どの時代のどの国を基準にするのかで全然ちがうじゃないですか。


 例えば、ナポレオン時代の騎士は『騎兵』だよね。大陸軍の兵科としての『騎兵』の恐らく『騎兵将校』のイメージだよ。ハイカラさんが通るの伊集院少尉は騎兵将校だしね。なろうの騎士ってそんな感じでしょ? オスカルは近衛騎兵で貴族・将軍の娘だけど。伊集院少尉も華族。



 で・も、それは騎兵将校(平民)であって騎士(貴族)ではありません。身分制度と職業をごっちゃにして批判するのは止めましょう。そもそも的外れだし、真面目に考証するのも面倒じゃない。


 騎兵将校も貴族出身者が多かったのは、子供の頃から馬に乗り慣れている身分に貴族が多いからということもあるでしょうね。馬は今も昔も維持にお金がかかります。庶民は丈夫で長生き餌も好き嫌いのない兎馬です。


 騎兵将校を、騎乗で移動し攻撃する兵科・戦士として『騎士』と称するのは創作物では割とありだと思います。身分と職業は区別した表現が望ましいでしょうが。


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本作の元になっている長編。
『妖精騎士の物語 』 少女は世界を変える

新作投稿しております!!
マッチ売りに聖女  シスター・クリスは人魚姫を助けるために巡礼街道の旅に出る。

このお話は、『妖精騎士の物語』の三百年後の世界ですがリリアルとは関わりありません。
魔術や精霊の存在が廃れ、忘れ去られつつ科学が生活に広がってきた時代となります。

Web音声合成サービス『CoeFont STUDIO』にて、プロローグの読み上げを作ってみました。Voiced by https://coefont.studio

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