終章:契約の悪魔
20日前の病院で。
「仲間を助けるために、協力して欲しいんや」
フミは、リョウに言った。
リョウの父親がしたこと。
その理由。
聞いたリョウは、最初驚き、次いでショックを受けたように胸を押さえた。
「俺の為に、サエが……?」
「俺らはサエとまといを助けたけど、事は完全に終わってへん。裏で糸引いた奴が、まだ生きとるんや」
フミは、真剣な顔で言う。
「お前のオヤジに依頼を撤回させて、ソイツを誘き出すために、協力して欲しいんや」
じっと、フミの言葉の意味を噛み締めたリョウは。
しばらくして顔を上げ、フミに言った。
「俺はどうすればいい?」
「やって欲しいことは、二つ。俺達はまずお前のオヤジを追い込む。その時に、電話越しに芝居を一つして欲しい」
「わかった。もう一つは?」
「お前はその芝居の後、オヤジに会うはずや。その時に、お前のオヤジは絶対にもう一度、サエに手を出したヤツに俺らの始末を依頼する。それを、黙って見届けた後に」
フミは、片頬を上げた。
「オヤジに、俺らに言われたこと、全部バラして、もう手を出さすな」
「何故?」
「後は、俺らがやるからや。オヤジの事は、お前らの好きにしたらええ」
「……わかった」
リョウがうなずいたのを確認して、フミはリョウから離れた。
「また連絡するわ」
「ちょっと待って」
「ん?」
「その……いいのか? 俺が父さんに全部バラすかも知れないとは思わないのか?」
「するつもりなら、そんなこと聞けへんやろ」
フミは肩を竦めた。
「それにな、俺は別にどっちだって構へんねん。もしお前が裏切ったら……」
フミは目を細めて、冷たくリョウを見た。
「その時は、ホンマにお前を攫うだけの話やしな」
リョウは、溜まり場では見たことがないフミの表情に、息を呑んだ。
「なんで、そこまで?」
「あん?」
「春樹や君にとって、サエやボクは……なんの関係もない人間だろう?」
「ま、確かにそうやなぁ」
フミは、軽く肩をすくめる。
「でも、冬子とサエには関係あるし、冬子と春樹には関係あるし、順次とノブは関係あるし、春樹と順次には関係あるねん。ただそれだけのことやろ?」
「……よく分からないな」
フミは、戸惑うリョウに向かい、楽しそうににやりと笑った。
「簡単なこっちゃ。惚れた女や親友が勝手な思惑に巻き込まれたことが、春樹には心底気に食わんかった、っちゅ〜だけの話やねんて」
※※※
順次がサエの病室を訪れたのは、丁度フミがリョウの説得をしていたのと同じ頃。
「力を貸して欲しい」
自己紹介すらせずに、順次は喋り始めた。
お互いに無表情な二人は、ともすれば敵対しているようにも見えただろう。
だが、実際には。
順次は淡々と事実を語り。
サエは正確な理解とともに黙って聞いていた。
彼女の父親が、兄とツレの手を切らせようと&Dに依頼したこと。
その中に駒道がいて、サエがそれに巻き込まれたこと。
春樹が、これ以上被害が広がる前に、それを止めようとしていること。
「お前を助けたい」
順次は起こったこと、これから起こることを語り終えて、サエに言う。
「正確には、冬子がお前を救いたいと願っている」
順次は、全てを正直に語る。
「そんな冬子や春樹は俺の仲間で、俺は仲間を助けたい。そして同時に元凶を始末したい」
淡々と。平坦に。
自らの想いを真摯に語る。
「信じられないなら冬子に確認してもらって構わない。ただ、実際にお前と行動をともにするのが俺だから、俺が来ただけだ」
言いたいことを言い終え、順次は最後に一言加えた。
「頼む」
その言葉を。
表情を。
声音を。
想いを。
その全てをただ冷静に観察し、受け止めたサエは。
嘘偽りを全く感じない、と頭で判断し。
何より、順次の潔さを心で気に入って。
ただ一つだけ、うなずきを返した。
そして、春樹の策略の概要と、自分の役割を頭の中でお浚いし、順次に言った。
「私を縛りなさい」
※※※
「グル、だと……?」
愕然とする父親に、サエはさらに言う。
「あの写メも、私のアイデア。きっと、ああしたほうが父さんは怒ると思ったから」
「私を怒らせて、なんの得がある?」
「結果的に、春樹の思惑通りに、お父さんは動いたでしょう」
サエは、それ以上喋ることはない、とでも言うように、父親から目を反らして窓の外を見た。
「父さんは、もう何もしなくていいんだ」
そんなサエの後を、リョウが引き継ぐ。
「その&Dは、彼らが始末してくれるらしいから、ね」
「何故、そんなことに協力した!」
父親は怒鳴った。
「お陰で、私がどれだけの恥を掻いたと思っている……ッ!」
二人の子どもに裏切られていた事実に激怒する父親に、しかしリョウは冷静に、追い打ちをかけるような言葉を返した。
「父さんがそういう気持ちになることが、父さんに対する罰だって、春樹は言ってた」
「罰だと!?」
「そうさ。だって、サエがこうなったのは、元はと言えば父さんのせいなんだろう?」
父親は、一瞬言葉を失った。
それは確かに事実だ。
「……だからこそ、私がこの手で始末をつけるべきなのだ!」
「始末をつければ、サエがこうなった責任まで消えるとでも?」
リョウの目に、はっきりとした怒りがよぎる。
「そうやって父さんが、自分を誤摩化すことが出来ないように、春樹がしたんだ。だからこそ、それを罰だと言ったんだ」
「亮……ッ!」
「自分のやったことを、真っ正面から受け止めて、謝れよ、サエに! それが俺の望むことだ! 復讐なんかで償った気にはさせないからな!」
「―――ッ!」
「もし仮に、父さんが春樹や犯人に手を出したと分かったら、俺が悪滅道のご隠居に密告する。そういう手はずになってるんだ」
父親は。
ここに来てようやく、子どもたちが味方ではないという事実を受け入れた。
彼らは初めから、自分に罰を与える為にこの件に加担したのだと、理解した。
復讐の道を断たれ。
激昂の波が過ぎれば。
父親の頭脳の回転は速かった。
悪滅道の手前、他に表立った手は全く打てない。
また、子どもたちの裏切りが分かった今、コケにされたこと以外に春樹に手を出す理由が本当になくなった。
メンツを保つために行動することは、男性にとってはあくまでも示威行為であり、手段でしかない。
目的では、ないのだ。
彼は、心底ビジネスマンだった。
どうせこの件は、外部にはバレない。
修羅交差会組長預かりの件であり、代理人の悪滅道組とて、こっちが動かなければその件を持ち出すことは出来ないのだ。
ならば、これ以上春樹らに手を出すメリットがない。
子どもの命は二度と狙われず、金も支払わなかった。
結果として、あの勝負の数十分以外に、父親は何も支払っていないのだ。
「よく分かった」
彼は、うなずいた。
苦々しい表情で白旗を上げる。
「この件は全て、お前たちの言う通りにしよう。……済まなかった、サエ」
※※※
全ての事実関係が明らかになり。
全ての真実を知った冬子は。
春樹に、こう伝えた。
―――許せません。
春樹は、口角をつり上げる笑みを浮かべた。
そして、悪魔のように囁く。
「なら、どうするんや?」
春樹の。
少し垂れた薄い茶色の目が、誘惑するような色を浮かべる。
八重歯の覗く口許が小さく動き。
微かだが、力強い声音が発せられた。
「―――殺すんか?」
冬子は。
その言葉に、思う以上に衝撃を受けていない自分を知る。
殺す。
まるで当然の報いだと、言いたげな春樹を見ながら、言葉を反芻する。
そして思う。
出来ることなら、
―――自分の手で、殺したいくらいです。
顔に、出ていたのだろうか。
冬子を見ていたフミが首を左右に振り、順次が軽く目を伏せる。
春樹は言う。
まるで、冬子の心を読んでいるかのように。
「なら、そうしよか」
春樹は立ち上がり。
冬子の両肩に手を置いて。
楽し気に、愉し気に。
冬子の顔を、覗き込む。
間近にその顔を見て、冬子は。
―――そういう顔をしている春樹は、恰好良いです。
そう告げて、淡く頬を染めた。
春樹は嬉しそうに口を冬子の耳元に寄せて囁く。
「ありがとう、トーコ。……犯人を誘き出して、俺らの手で始末する。そんでええな?」
冬子は、自然にうなずいた。
恍惚と。
まるで、悪魔に魅入られた魔女のように。
「サエとリョウの父親はどうするんや?」
春樹の問いかけに、冬子は思う。
もしかしたら。
そんなお父さんでも。
死んだら、リョウとサエは悲しむかもしれない。
だから、サエに聞いてみようと思った。
―――とりあえず、殺さない方向で。
冬子は春樹にそう伝える。
―――でも、彼にも罰を。
そんな冬子に、春樹は満足そうにうなずいた。
「おおせのままに、ミス・クライアント」
そうして、芝居がかった仕草で薄暗い店内の一人一人を掌で示す。
「俺と、順次と、フミと」
そうして、鮮やかな手品で一葉の写真を空中から手に取った。
「リョウと、サエ」
楽しそうに写真の中で笑顔を浮かべている二人が、冬子の目に映る。
「トーコ」
春樹は、愛おしそうに冬子に呼びかける。
「喜んでええで」
どうしようもなく妖しく。
嬉しそうに、残酷に。
「こと、この件に関しては」
今にも蕩けそうな。
この上なく魅力的な笑顔で。
春樹は告げる。
「お前の手札は、最強のファイブカードや」




