05
「何故ミオが――カグマとあれだけ差が出たかわかるか?」
宿屋に戻った私はミオを温泉に浸からせた。戦いでの傷と心を癒すために、そしてなぜあれほどまでに差が出たのかを考えるよう言いつけた。
温泉から出てきたミオは自信なさげに自分の出した考えを口にする。
「やっぱり構えの差かな?」
「それもあるが」
「え、他にもあるんですか」
「気づいていないのか」
確かに構えを取らない獄炎流は厄介かも知れない。
だが構えが悪いわけではない。ミオだってそこは引けを取っていない――私はそう思う。
状況によって構えを取るミオ。
ミオの構えについては旅の道中でその説明を受けた。
構えは5つ。
攻撃の構え――火獅
防御の構え――水亀
万能の構え――木熊
奇術の構え――土猿
高速の構え――風龍
その五つの構えを、相手、戦況によって使い分ける。相手の特徴や、ミオが使用する技の特性に気を付ければさほど問題は無い。
現にカグマに『技』は通ったのだ。
「それなら答えは単純だ。君の修行不足だ」
「修行?」
修行と言って何故か右手の人差し指と中指を立て、左手でつかんで同じようにする。これは忍者のポーズか。
こっちの世界では私にしか通用しないな。そんなふざけたポーズで体を揺らしているミオに聞く。
「君は向こうの世界を含めて、体を鍛えていたか?」
「うーん。高校の時は部活入って無かったし、社会人になってからは仕事だけだったからなー」
「え、社会人?」
体を鍛えていないのは分かっていたが、別の所で驚いた。
社会人だったのか、この男。
こちらの世界にも学校もあれば社会もある。ただし職業はほとんど『魔法』で決まるので、ただお遊びみたいなもの。
この世界の歴史や文化を学ぶだけ。生まれ持った才能で決まる競争の無い強者の世界。
努力したって結果は決められているのだから――意味もない。
しかし、ミオは社会人なのか。
日本はこちらとは違って高校だか大学まであるらしい。
こちらは一貫して6歳から15歳までが学生。
そこからはもう社会人だ。
だとすると……。
「今何歳だ?」
「22」
「…………」
年上……だと?
18歳くらいだと思っていたが、2歳とはいえ私よりも年上だったのか?
「シキさんは?」
私の年齢を聞いてくる。散々偉そうな事を言ってしまっているが、しょうがない。それにミオは年齢如きで態度を変える器の小さき男ではない。
何せ『異世界の魔法使い』だぞ? ならば安心して自分の年齢を言えると言うものだ。
「20だ」
ふーん。と、うなずいたミオは胸を張って人差し指で地面を指した。
「おい、敬語使えよ後輩」
「…………」
旅を一緒にして分かったことがある、ミオ、こいつはすぐに調子に乗る。正直今のはイラっときた。そんな私の感情の変化に本人は気付いていないのだからいい神経だ。
「すいませんでした。ミオ先輩」
だが、ここでただ怒るのもミオに負けている気がするな。それなら、このボケに乗っておくのも悪くない。
私の器の大きさも見せつけてやろうか。
「冗談だからやめて……シキさん」
よそよそしい私の態度に萎縮してしまったのか、おどおどと私の肩に手を置く。
が、それを払いのけて私は続ける。
「そんな訳には行きませんよ。いいですか、あなたがカグマに劣っていたのは身体能力です」
身体強化がミオの魔法だが――元のミオ自身が弱ければ意味がない。
ただですら魔力の高い人間は身体能力が高いのだ。
フウキの様に『魔法』に頼りきりの『魔法使い』にならば勝てるだろうが、これから先の戦いでは――誰もがそうでは無い。
戦闘に特化した王達。
Ⅰの王――カミュ。
Ⅳの王――ユニ。
そして――Ⅷの王カグマ。
私がミオの魔法を知ってから考えた、最も高い壁になるであろう3人。彼らをどう攻略するかがこの旅の鍵となっていくだろう。
私も王全員がどんな魔法を使うのかは詳しくは知らないが分かる範囲で調べた王達の『魔法』。それはどれも皆強力だった。
「シキさん……」
「まあ、カグマと私は知らない仲ではないからな。と言うか、私はフウキとカグマぐらいしか王と話した事は無い」
私は言葉を戻していつもの様に話す。
慣れない言葉遣いはやはり辛いな。舌がムカムカする。
「あ、戻った」
「うむ。飽きちゃった」
「早いよ!」
早いとか言われてもなー。
大体、私って傲慢さで生きてきた女だしな……自分で言うのもなんだけど。
王達全員と話した経験がある人間なんていないのではないのか?
国の領土が、所有地がはっきりと分かれてしまっている以上仕方ないか。
「なるほど、道理で早いと思った」
早いとかいうな、人の性格を悪く言う人間と一緒に旅するのはきついモノがある。私はふて腐れて白衣から火衣を取り出し磨く。
いいもん、私は飽きっぽい人間だもん。
「違うよ、違う。早いって展開がね。カグマさんと知り合いなら合点がいくよ」
白衣に火衣をしまう。
「おお、そっちか」
「そっちって、どっち? あ、もしかして…………」
「本気じゃないのにあれだけ強いって。僕はフウキさんには勝ったのに」
「フウキは王としては例外だ。確かに奴の『限定魔法』は強力だが、それよりも――あのカリスマ性で人を支配していた」
「そっちの方が凄い気がする」
「ああ。何でも風来姫新鋭隊があるらしい」
「やばい、滅茶苦茶カッコイイ」
「僕も入りたい」
そんなミオに回転シキ拳銃を打ち込む。
何、ただの銃弾だ。ミオにとっては痛くもないだろう。だから、二発、三発、四発、五発、六発とリボルバーが空になるまで連射しておいた。
「あ、ちょっと、シキさん!」
「ふむ、元が弱いとは言っても普通の『魔法使い』よりは全然強いな」
「何を今さら言ってるんですか……」
王と比べるとちょっと物足りない気もする。しかし、無いものねだりをしても仕方ない。それならば、あるものを伸ばしていくしかない。
「君の『魔法』を伸ばすための手段はもう考えている」
「え?」
自分の体を摩っていたミオの動きが止まる。
「明日から獄炎流に入門してもらう」
「…………」
あからさまに嫌そうな表情のミオ。
どんな顔をしようと言ってもらう。
一度負けているのだから勝てるまで努力してもらわなければな――全く。世話の焼ける『異世界の魔法使い』だ。




