8.月夜の捕物
「曲者~!」
「出会えませ!」
スエコの宮に侵入したツイカは、早速夜回りの女官達に見つかった。
武の心得がある彼女達は、武器を手にツイカに襲い掛かる。
怯えたツイカは、慌てて逃げ出した。
「お待ちなさい!」
「逃がしませんわ!」
呼子笛が鳴り響く中、ツイカは、出口を捜して夜の闇の中を逃げ惑った。
追っ手の足音が遠くなり、逃げ切れると思ったのも束の間、前方に三人の男が立ち塞がっていた。
思わず足を止めたツイカは、それが、春宮妃・冬宮妃・秋宮妃の三人である事を月明かりで確認した。
武器は手にしていないが、異様な恐ろしさを感じて腰が引ける。
それは、龍の力を持つ冬宮妃の怒りに因るものだったが、ツイカには知る由も無い。
「ね、ねえ! 見逃してよ! ほ、ほら、よく言うじゃない? 敵の敵は味方だって! 貴方達も、姉さんが邪魔でしょう?!」
「邪魔だなんて思った事は無い。僕等の敵の貴女が敵視する皇后陛下は、僕等の味方だから」
春宮妃が答えると、次は秋宮妃が口を開いた。
「仮に、皇后陛下が僕等の敵だとしても、君に味方したい気持ちは微塵も無いよ」
「皇帝への反逆……許さん」
ツイカを攻撃しようとした冬宮妃は、彼女の背後に現れた男を見て動きを止めた。
「敵か?」
「敵だ」
冬宮妃が問いに答えると、男はツイカを片手で投げ倒し、背中に片膝を着いて体重をかける事で逃げられないようにした。
「な、何?」
ツイカが現状を理解出来ないでいる間に、大勢の足音が駆け寄って来た。
「夏宮妃様! 意識が戻られたのですね!」
「夏宮妃?」
疑問の声を上げた夏宮妃に、ソウが近付く。
「代わります」
その言葉に夏宮妃が立ち上がると、ソウは急いでツイカを縄で縛った。
「縁を切っておいて良かったな」
「ええ。本当に……」
トセが囁くと、スエコは実感の籠った同意をした。
「姉さん! 良くも嵌めてくれたわね!」
スエコに気付いたツイカは、自分が皇后として後宮入り出来なかったのも、禾家から追放されたのも、痛い目に遭わされたのも、捕まったのも、スエコの企みに因るものだと怒りを思い出した。
「陛下が皇后にと望んだのは私なのに、自分が皇后になる為に私を追放させるなんて!」
「お前は、何を言っているんだ」
トセは呆れて質問の様な事を呟いたが、答えは求めていない。
「私は、お前の様な年を取っただけの赤子を皇后に望んだりはしない」
そう言った男が皇帝である事に気付き、ツイカは驚愕に目を見開いた。
「へ、陛下? どうして、美しい私を見たのに、見初めないの?!」
トセはもう一度、「お前は、何を言っているんだ」と言いたくなった。
「美しいから見初めると言うなら、冬宮妃と秋宮妃の方が余程美しいが」
「お祖母様が、私は美しいから皇后になれるって言ったわ!」
トセはスエコから母方の祖母だと聞くと、ツイカに言い返す。
「私と面識の無い者の保証など、意味の無い戯言だ」
ツイカは、祖母に裏切られた気持ちになった。
「そんな……。お祖母様が、嘘を吐いたの?!」
「嘘と言うよりは、孫が可愛くて、大袈裟に褒めたのでしょう」
スエコはそう言うが、ツイカには悪意で騙されたとしか思えなかった。
「で、でも、姉さんより私の方が魅力的でしょう?! 胸だって大きいし!」
「私は、胸の大きさを自慢する下品な女は嫌いだ。名家の令嬢とは思えんな」
流石に、もう皇后になるのは無理だと悟ったツイカは、絶望の表情を浮かべた。




