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【完結】霊亀の息子は硬度最高  作者: 真打
第四章 魔族領へ
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4.15.魔神・アトラック


 床の色とまったく同じ色の悪魔が、ゆっくりとした動きで出てきた。

 これは生えてきたという表現が正しいのだろうか。

 石像のような悪魔がカコリと首を傾げた後、翼を大きく動かす。


 すると体を纏っていた床の色が消え去り、本来の姿を取り戻した。

 二度折れ曲がった漆黒の角、黒に近い灰色の髪の毛は少し長く、目元を隠してしまいそうだ。

 その目つきはひどく悪く、何日も寝ていないのか目の下には大きな隈ができている。

 もしかしたら模様なのかもしれないが、そのせいで彼の目は輪郭がはっきりしており、パッと見ただけでも恐怖心を煽ってきた。

 首を傾げたまま骨ばっている老齢の顔を、更に骨ばっている手でさする。


 黒を基調とした服はすべて魔物の革でできている様だ。

 光沢が乗っており窓から入ってくる光を少し反射する。

 特に目立ったような装飾はないが、彼の背中から生えている翼はどうやら特殊であり、関節が四つほどあるらしい。

 広げれば白い肉塊をくっつけたアブスと同じくらいになるのではないだろうか。


 そんな彼は僕とアマリアズを交互に見たのち、下手くそな笑みを浮かべた。

 満足そうに頷いて目を細める。


「……(ダチアを見る)」

「零漸の息子、宥漸ですよ。宥漸、この方はアトラック様。魔神だ」

「……(目を瞠り、宥漸と目を合わせる)」

「は、初めまして……」

「……(目を閉じ軽く会釈する)」


 体つきからして非常に老齢であり、力もあまりなさそうに見える。

 杖でも用意した方がいいのではないかと心配してしまう程だ。

 だがしっかりと自分の足で立っているし、背骨が曲がっているわけでもない。

 見た目の割には、まだまだ現役と言った様子だ。


 しかしアトラックは口を一切開かない。

 だが何を言っているのかは、なんとなく分かる。

 表情も豊かなので、言葉を発さなくても機嫌がいいということくらいは理解できた。


 彼の説明をする為に、ダチアが口を挟む。


「アトラック様は少し特殊でな。このお体は依り代で、本体は既に死んでいる。精神をこちらに移しているだけではあるが、お力は健在だ。とはいえ老化の進みが早くてな。動くことはできるが、次第に五感や器官などが機能不全に陥っている」

「喋れないのは……そういうことですか?」

「ああ。今のアトラック様は視力と聴力だけが残っていて、味覚、嗅覚、触覚は失われた。声帯にも異常をきたし、臓器の調子も全体的に悪い。特に魔力回路がな」


 ダチアの軽い説明を聞いて、アトラックは苦笑いをしながら手を広げておどけた。

 技能でなんとか体を動かしている状態なのだという。

 力は完全に昔そのままで残っているが、この体ではそれを上手く扱えるかどうか怪しいらしい。

 悪魔の最高戦力の一角ではあったが、今となっては死をただ待つだけの穀潰しだ、と嘆いているのだとか。


「……(嘆息)」

「悲観なさるのはおやめください、アトラック様。皆、貴方様の智恵を必要としているのですから。頼りにしてるのですよ」

「……(苦笑い)」


 アブスがそう言って慰めると、アトラックは困ったように笑いながら彼女の頭を撫でた。

 喋ることができなくなった分、こうしたスキンシップが増えている。

 魔神という悪魔の中でも最上位の存在に体を触れられるというのは、それだけで身が強張ってしまうと中級悪魔より下の階級の悪魔は嘆いているが、本人は一切気にしていないし何もする気はない、と上級悪魔以上の悪魔は知っている。

 上級悪魔であるアブスも、それを知っているので素直に頭を撫でられた。


 どんな人かな、って身構えていたけど、意外と良い人そうで良かった。

 悪魔の始祖とかアブスさんが言うからちょっと怖かったんだよね。

 だけどなんだろう。

 ウチカゲお爺ちゃんに雰囲気がとてもよく似ている気がする。

 結構親しみやすいかも。


「……」


 アトラックが、アマリアズを見た。

 近づいて頭を触り、頬をつつく。


「え、なに……?」

「……(怪訝そうな顔をする)」

「俺も気になっていたが……。ウチカゲからはアマリアズという子供がいると聞いていた。君がそうか?」

「そうだけど……」


 ダチアが喉を鳴らしてアトラックを見る。

 二人は顔を見合わせたが、小さく首を横に振ったアトラックの表情を見るからに、問題はないとのことだった。

 彼が言うのであれば間違いはない。


「宥漸を少しの間助けてくれたようだな。礼を言う。本来であれば、鬼が対処できない問題は俺たちで何とかするのが良かったのだが……」

「ウチカゲお爺さんが悪魔に話を通してなかったのが悪いからね。気にしなくてもいいんじゃないかな」

「ああ、それもそうだな。そういうことにしておこう」


 こちらにも非があるのは確かではあるのだが、その話をし出すと長くなるのは目に見えていたのでダチアは早々に話を切り上げた。

 それよりも、話さなければならないことがある。

 とりあえずこの場には難しい会話をするのに最低限必要な人材が揃っているので、この場所でも話を進めることができそうだ。


 一つため息を挟み、表情を切り替える。

 真剣な顔つきになった瞬間、他の誰もがあの話をするんだな、と理解することができた。

 皆が一応に顔つきを変える。


「さて、天使について……まずは宥漸とアマリアズに理解してもらわねばな」


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