3.30.逃走
……逃げる?
なんで?
僕、何にも悪いことしてないよ……?
不思議そうな顔をしているのが分かったのか、アマリアズは丁寧に説明してくれた。
「いいかい? 天使は『情報共有』っていう技能を使ってガロット王国の国民全員に君のことを邪神の息子だと信じさせようとしている。で、これは絶対に成功する。そうなった場合前鬼の里は『邪神の息子を匿っている所』だとして恐れられる。最悪……というか絶対調査が入るだろうし、君がここにいることで危険に晒される者が多く出る可能性があるんだ」
邪神は、ガロット王国を一度消した存在として知られている。
その息子が生きているとなれば、大騒ぎになることは間違いないだろう。
それに、ここにいても鬼たちが宥漸に向ける目線は大きく変わるはずだとアマリアズは読んでいた。
匿ってもらい続けてもいいかもしれないが、人間の兵士も馬鹿ではない。
サーチ系技能など、今の世界でも多く存在しているのだ。
見つかってしまうのも時間の問題である。
それに、ガロット王国にこの情報が共有されて一番大変なのはウチカゲだ。
この里の長である彼は、ガロット王国からの要求、追及の対応を迫られる。
それをできるだけ回避するためにも、ここで逃走の手立てを整えなければならない。
「……私の言っている事、分かるかい?」
「分かんないよ……」
「だろうね。受け入れろだなんて私も言えない。でもね、宥漸君に関するこの情報が嘘だったとしても、ガロット王国を焚きつける火種であることに変わりはない」
「……そう、かもだけど……」
「天使の目的が分断なのは分かり切っていることだけど、今はどうしても逃げるしかない。この里を守るために」
……うん、そうだよね……。
僕だって天使が人間に共有した情報が原因で前鬼の里が壊れていくのは見たくない。
その為に……僕がここから去らなきゃいけないのは……納得いかないけど。
でもあれは僕が持ち込んでしまったものだ。
僕のせいで、皆が危険に晒されるなら……アマリアズの言う通りにするしかない。
「……決まったかい?」
「……うん」
「よし! なに、私も付き合うさ。とりあえず落ち着くまでは身を隠さないといけない。タタレバ、君はウチカゲお爺さんにだけこの事を話しておいてね。そしたら、全部何とかなる」
「わか、った」
そう言うと、タタレバがもう一度こちらを見た。
「宥漸君。私は、別に君が邪神の息子だろうと、気にはしない」
「……」
「私からすれば、普通の、少し硬いだけの子供だ。気負うな。だがそれでも気負うのであれば……一人、いや少なくとも二人。君を友と呼ぶ者がいるとだけ、覚えていろ」
タタレバはアマリアズを見ながらそう言った。
もう一人というのは自分自身のことだろう。
ありがたい反面、やはり少し複雑な気持ちだった。
だけど……やはりうれしい。
「ありがとう……」
「すまないタタレバ。君を放置してしまうことになりそう……」
「構わない。あとは何とか、する。早く行け」
その言葉に頷き、アマリアズは僕の手を取って無理矢理引っ張っていく。
向かう先は、とにかくここから遠く離れた場所。
この先何が訪れるか分からない状況ではあるが、僕は初めて大きな後悔と恨みを覚えた。
軽率な行動。
これによって僕が前鬼の里を危険に陥れようとしている。
そして……あのキュリィへの深い恨み。
恩を仇で返すというのはまさにこのことを言うのだろう。
あいつだけは、いつか。
そう心に決め、僕は重い足取りで、アマリアズは一刻も早くこの場を離れようと速い足取りで……。
前鬼の里を去った。




