3.29.天使の目的
人混みの流れに乗ったり逆らったりしながら、僕と姫様は何とかアマリアズとタタレバがいるところにまで戻ってくることができた。
だんだん周辺の騒ぎが大きくなり、救出活動などが進められているらしい。
戦闘員は武器を持って伏兵がいないか調査しているようだ。
「アマリアズ! お待たせ!」
「来たってことは姫様は解呪技能を持ってるんだね」
『そうよ~。さ、見せて頂戴』
姫様がタタレバに近づき、『死印』が施されている腹部を見る。
傷は深いがしっかりと止血されているが、包帯の上からでもしっかりと『死印』を見ることができた。
黒く不気味な文様が先ほどより大きくなっており、タタレバを苦しめている。
それを見て姫様は小さく唸った。
『強い技能ね……。さすが天使といったところかしら』
「治せる……?」
『ええ。なんとか。でもこれだけ強力な呪いを解呪するとなると、私すぐにこの場から消えちゃうかも。ただでさえ無理してここまで来てるからね。二の丸御殿だったら何とかなるんだけど……』
「お、お願いできる? 姫様しか頼れない……」
『まっかせなさい。でもあとのことはよろしくね』
そう言うと、姫様は手を握ったり開いたりして調子を確かめた後、『死印』の上に手をかざす。
『『解呪』』
パリンッ。
ガラスが割れるような音を立てて『死印』の紋様が消え去った。
するとタタレバの息が深くなり、急に目を覚まして大きく咳き込む。
「がっは! ごほげほげほ……!」
『じゃ、あとはよろしくね~』
「ありがとう!」
僕が姫様にお礼を言うと、すぐに消えて行ってしまった。
簡単そうに見えた技能だったけど、使用するのには結構な魔力を使用するのかもしれない。
今度何かお礼をしないと……!
ていうかタタレバ大丈夫!?
「タタレバ!」
「ぐぐ……! 宥漸君……? とアマリアズ君」
「はぁ、何とかなったみたいだねぇ。よかったよかった。ていうか絶対動いちゃダメだよ。ウチカゲお爺さんの弟子の君なら自分の体の状況をよく理解しているとは思うけど」
「……くっ。起き上がれば、刺さる」
まだ体中痛いと思うけど……よく喋れるね……。
鬼だからかな?
でも声は元気そうで少し安心できる。
よし、じゃあ色々と聞かないと……!
「タタレバ、何と戦ったの?」
「……! そう、だった……! ……天使だ。悪魔の翼を、切り落としたが……次に、白い翼が……生えてた。……で、なんだが……」
タタレバが僕の方を目だけで見る。
その瞳はなんだか不安そうではあったが、言わないわけにもいかないと決心し、重たい口を開いた。
「宥漸君。君は……邪神の……“霊亀の息子”なのか?」
「……え?」
……えっ?
……………………えっ……?
なに、それ?
なにそれ、僕そんなの何も知らないんだけど……え?
ふとアマリアズを見てみると、顔を押さえて大きなため息をついている。
それがどういう感情か僕には分からなかった。
というか、感情を読み取るだけの余裕が今はない。
霊亀って、そもそもなに?
邪神ってなんのこと?
僕その話一回も聞いたことがないんだけど。
「そういうことかよ……! やりやがったなあの天使くそ野郎!!」
ガァンッ!!
アマリアズが急に怒鳴り、背を預けていた壁を思いっきり殴る。
こんなに取り乱すアマリアズを見るのは初めてだ。
それはタタレバも同じであり、僕と同じ様に驚いている。
ガシガシと頭を掻いてぶつけどころのない怒りを何とか沈めた後、アマリアズがタタレバを睨む。
そしてすぐに問うた。
「タタレバ……! あいつ、君に何をした……?」
「……『情報共有』という……魔法を私に、使った。宥漸君が霊亀の息子であること。そしてそれを……ガロット王国の国民に……知らせようとしている事。このことが……私の頭にねじ込まれた」
「最悪だ」
は、話が……見えてこない。
なに?
一体今何が起こってるっていうの?
アマリアズはタタレバの話を聞いて項垂れてるし、タタレバはこれ以上のことは知らないと言う。
だが、天使が何をしようとしているかは想像がつくらしかった。
分断。
アマリアズ曰く、技能を求めているのは天使の集団で間違いないとのこと。
そして五年間なにも手を出してこなかったのは、ウチカゲお爺ちゃんの存在があったから。
「……五年前のあの戦いで、私たちのことは天使に共有されてたんだ」
「だ、だけど……だけど僕のことは共有されてなかったんじゃ……? あの時連絡させる余裕は与えなかったし……」
「三人に分裂した時にしてるさ。で、多分君も技能持ちだと思われてる。それで調査員としてやってきたのが“わざと記憶を消した天使”ってこと。拾ったところまでは偶然だったけど、そこからは計画通りって感じだろうね」
「で、でも僕が……邪神の息子……?」
もう、なんか……よく分からなくなってきた。
話の整理をしたい。
だけどどこから整理していけばいいのか自分だけでは分からなかった。
すると、アマリアズが一つ僕に向かって指示を出す。
「宥漸君」
「……なに?」
「逃げるぞ」




