3.25.報いよう
キュリィの周辺には既に土塊が多く生成されており、それは彼女の周りを周回している。
これまた数が多く、自分一人では捌ききることはできない。
それにしても、キュリィは逃げる素振りを一切見せていない。
ここまでの騒ぎになれば援軍が来ることは分かっているはずだが……。
なにが来ても大丈夫だという自信があるのだろうか?
しかしそれだけの実力は確かに有しているように思えた。
今使用している魔法が技能かどうかは分からないが……技能だと思って対峙した方がいいだろう。
何が起こるか分からないのが技能だ。
あの土塊は妙な挙動を起こす。
初撃は大して威力はないのに、壊された後の威力が大きく増加するのだ。
あれは爆弾系の技能なのだろうか。
であれば壊すことをしてはいけない……と思ったが、あれが地面に叩きつけられた時点で土が強力な弾丸となって弾けてしまう。
防いだとしても、放っておいたとしてもあの攻撃を何とかすることは難しいかもしれない。
ではやはり、キュリィ本体を何とかするしかない。
タタレバは刀をでろりと溶かし、巨大な手裏剣を作った。
それをキュリィに向かってまっすぐ飛ばす。
この手裏剣は大きな質量を有しており、重い。
あの土塊が攻撃してきたとしても、簡単に軌道を逸らすことはできないだろう。
鬼だから投げ飛ばせる特別な手裏剣だ。
それを知らないキュリィはすぐに土塊を手裏剣に二つぶつけた。
当たった瞬間土塊が破壊されて欠片ができるのだが、それが急速に勢いを増して手裏剣に襲いかかる。
しかし全く微動だにしない手裏剣に、キュリィは少し驚いた顔をした。
すぐに翼を動かして上空へと回避する。
手裏剣が彼女の下を通り……一瞬だけ影ができた。
タタレバはキュリィの影が手裏剣に映し出された瞬間『影移動』を使って手裏剣の上に出現する。
そして手裏剣を溶かして鎖に変形させ、キュリィの体に巻き付けた。
「ん!?」
「『影媒体・変幻』!」
「ぐっ!?」
鎖状にした『影媒体』を茨のような棘に変形させてキュリィの体を貫く。
巻き付いた鎖すべてが棘になっているので、体中から長く黒い鋭利な棘が飛び出した。
だがまだ終わらせはしない。
棘が刺さったまま、鬼の力で鎖を引っ張る。
全身全霊を込め、確実に殺すつもりでタタレバは力を込めた。
よほど大きな魔物でなければ、この攻撃によって肉を切り裂かれてバラバラになる。
今回は幼い容姿をしているキュリィが標的なので、阻止されることもなければ破壊される心配もないはずだ。
あとのことはどうなってもいい。
ただ、タタレバはウチカゲに任された宥漸を守るために、このキュリィを殺すと今決めた。
「拾ってくれた恩! ここで報いる!!」
グンッ!!
力強く引っ張った鎖は、後ろで嫌な音を立ててこちらに戻ってきた。
そして地面に鎖が叩きつけられる。
後ろをついてくるようにして大量の血液が地面に落ち、吸収された。
次にタタレバが静かに着地し、後ろでベヂャリッと水っぽい音をした物体が落下する。
静かに立ち上がり、後ろを振り返る。
そこには真っ赤になった肉塊が転がっており、微動だにしていない。
はずだった。
「……は?」
「ぉぉぉぉきざぁまぁあぁぁぁあぁ……」
皮が抉れ、体中に穴が空き、引き伸ばされた傷後から止めどなく大量の血液を流しながら立ってこちらを睨んでいる肉塊がそこにいた。
上半身の原型はほぼないと言っても過言ではない。
ガタガタと生まれたての小鹿の様に足を震わせており、だらりと垂れた両腕は皮がすべて剝がされて真っ赤になっている。
上半身の服は既に破れてなくなり、胸部や腹部は完全に抉れて内臓と骨が見え隠れしていた。
明らかに致命傷の傷を負っていると言うのに、彼女は立っている。
目が飛び出すのではないかと思うくらい見開かれており、真っ赤に染まっていた。
天使の輪っかが真っ赤に輝き、翼も血に汚れて赤く染まっている。
おおよそ天使の姿とはかけ離れている存在が、そこにはいたのだ。
不死?
そんな言葉がタタレバの脳裏をよぎった。
これだけの致命傷……即死レベルの傷を負っているのに、倒れてすらいない。
なんなら言葉を発し、今も尚こちらにい殺意と憎悪を向け放っている。
本当にこいつは“生きもの”か?
アンデッドと何かを融合させた生物兵器の間違いではないのだろうか。
とんでもない怪物と、今自分は対峙している……。
「あぞぶづもりぃ……だぁっだがぁ……気がぁがわっだぁ……。ごろぞう」
「っ──」
ズンッ。
拳がタタレバの腹部に深くめり込んだ。
声を発することも許されず、ゴムの様に弾き飛ばされて家屋の壁を数十枚破壊しながら吹き飛んでいく。
その姿を見届けたキュリィは、拳をグッと握った。
「『死印』」
技能を仕込んだ後、今度は自分の体に手を当てる。
べちゃりとした感触が気持ち悪いが、まだ生きているので何とでもなりそうだ。
「『再生』」
瞬く間に体の細胞が再生し、失われた血液も戻ってきた。
しかし魔力が大きく減少してしまった様だ。
ここまでの致命傷を負ってしまえばそれも当然かもしれないが……翼を動かすだけの元気はある。
「そろそろ仕事するか」
バサッと翼を動かし、空高くへと飛んでいく。
そしてキュリィはガロット王国へと向かって滑空していった。




