3.24.足止め
地面を強く蹴って肉薄したタタレバは、腕に装備していた武器を袈裟切りに切り下ろす。
完全に本気の一撃は、ウチカゲに言われていた監視の役割を放棄している。
だがそれ程にまで危険な存在であると、彼女は思っていたのだ。
ここで逃がしては……宥漸が危ない。
それに、対峙してみた感じから察するに相当な使い手だということが分かった。
手加減などできる相手ではない。
だからこそ、一撃で沈める気持ちで足を大きく踏み込んだ。
ズダンッ!!
スカッ。
刃は空を切る。
キュリィは大きな翼を使って一気に距離を取ったらしい。
翼を使用した時の機動力が意外と高いことに気付いたタタレバは、今手にしている武器を変形させる。
「『影媒体・変幻』」
でろりと一度溶けた刀は鎖鎌となり、それは意思を持ったかのようにタタレバの手の中で操られていた。
それは一瞬のことで隙はない。
勢いを乗せた鎖鎌を投擲すると、キュリィの足に絡まった。
さすがに夜という暗い空間で、黒い武器を相手にするのは少し骨が折れる。
それに今回は細長い鎖だ。
鎖だというのにシャラシャラという音もなく飛んできたので、反応が遅れてしまった。
だがそれだけだ。
「えいっ」
足に巻き付いた鎖を、一発の手刀で切断されて硬い音が周囲に響く。
「!」
拘束は難しいと判断したタタレバは即座に鎖を引き戻し、今度は叩きつけることをメインとした戦法へと変える。
風を切る音が出てしまい、避けられる可能性が上がるがやって見ない事には分からない。
すぐに大きく鎖を振り回し、キュリィへと叩きつける。
風を切る音がキュリィへと迫るが、彼女は避けなかった。
それに眉を顰めたタタレバだったが、その瞬間鎖が叩きつけられる。
ヂィッン!
キュリィに当たった鎖が、千切れた。
「!?」
「ああ、それ影を使ってる魔法なのね。それじゃあ私には効かないかなぁ」
そう言いながら、キュリィがこちらに手を向けた。
何か来ると思って即座に移動を開始しようとしたが、想像以上に魔法発動速度が速い。
手の中に人の頭くらいの土が出現する。
それは正方形となって凝縮されたあと、射出された。
ドンッ!
ほぼ一瞬の生成と射出。
タタレバは避けられないと気付いて、殴り壊すことにした。
彼女も鬼なので力はどこの種族よりも強い自信がある。
この程度の土塊を壊せないで鬼が名乗れるものかと気合を入れ、拳に力を籠める。
迫ってきた土塊を裏拳で受け止める。
それは簡単に破壊され、周囲へと散らばった。
だが……散らばった土の欠片は周囲の家を破壊し、地面を抉って持ち上げる。
家に激突した土の欠片は太い木材を簡単にへし折り、塀も貫通して石材も吹き飛ばす。
大量の破片は超強力な散弾銃の様になり、近くにあったありとあらゆるものをを破壊した。
それによって怪我人も出たらしく、家の中から鬼たちの悲鳴が聞こえてくる。
「なっ!? なん……!?」
さすがにタタレバは動揺を隠せなかった。
今受け止めた土塊はそこまで強力な攻撃ではなく、簡単に受け止めることができた。
裏拳で受け止めたので破壊してしまったが……弾き返したとしても家屋を破壊するだけの威力は生まれないはずである。
だがこれが“技能”なのであれば……。
「あーあ、やっちゃったねぇ~」
「……」
「ほらほらまだいくよ~」
キュリィの周囲に、数十個の土塊が生成された。
しかもそれは厄介なことにタタレバの方にだけではなく様々な方向へと飛ばされる。
自分の方に飛んでくる攻撃は傘状にした『影媒体』で何とか防いだが……防げなかった攻撃が無慈悲にも家屋を破壊していく。
あの技能は何なのか。
それが分からなければ対処することができない。
しかしそれよりも手っ取り早い解決策ならある。
タタレバは月明かりで作られた影に入り込む。
息を止め、地中の中を移動して影から姿を現した。
そこは……月明かりで作られたキュリィの影。
完全に後ろを取ったタタレバは即座に跳躍し、キュリィの翼を変形させた刀で両断する。
「せぁ!!」
「わわっ」
対処できない技能を使ってくるのであれば、使わせる前に仕掛ければいい。
至極簡単なことではあるが、言うは易く行うは難し。
だがそれを無理を通してこなしてしまうのがタタレバの強みだ。
戦闘中の奇襲に特化した魔法を所持している彼女は、不意を狙うのが非常に得意でありそれで多くの敵を片付けて来た経緯がある。
ウチカゲも戦場の判断能力にタタレバは長けていると褒めるくらいだ。
長所を生かし、ようやく翼を一枚切り落とす。
跳躍しながら斬り上げたので、刀は上段に構えられている。
即座に振り下ろして二つ目の翼を両断した。
だが、手応えがない。
「む?」
「残念それは偽物」
その瞬間、キュリィから白い翼が生えた。
片翼だけを動かして回転し、強烈な回し蹴りをタタレバの腹部へとめり込ませる。
「『旋風脚』」
「ゴッ──」
くの字になったまま吹き飛ばされたタタレバは、家屋の屋根に落下した。
木材で作られていた簡易的な屋根だったので衝撃に耐えられず穴が空く。
家屋の中へと落ちてしまい、家の中の土間に体をしたたかに打ち付けた。
腹部と背中に激痛が走り、中々起き上がれない。
それでも意地を見せて歯を食いしばり、土間を殴って無理やり立ち上がる。
口から流れた血液を拭う。
「あ、あ……あの大丈夫ですか!?」
隣から心配そうに女性の鬼が声をかけてきた。
大丈夫かどうかと聞かれれば、まったく大丈夫ではないと断言できる。
しかし今はそんなことを言っている暇はない。
「……逃げろ」
「で、ですが……!」
「……前鬼城にこの事を……早く」
「! は、はい!」
ようやく動いてくれたことにほっとしつつ、再び睨みを利かせてから家の扉を殴り飛ばす。
外に出てみると、相変わらずキュリィが上空からこちらを眺めている。
しかし、容姿が大きく変わっていた。
「……いつぞや、聞いたことがある。謎に包まれた、天使の存在を」
「あら、それは光栄」
姿は幼いままではあったが、背中に生える白い大きな翼、頭に乗っかている輪っかが彼女を天使だと言わしめている。
「……応援が来るまで、持つだろうか」
初めて対峙する相手に、初めて消極的になるタタレバだった。




