3.22.疑問点
「ん~、もう散策は無理かな」
空を見てみると、既に日が落ちかけており茜色の空が次第に暗くなっていっている。
川の底が見えなくなり始めているので、これ以上マレタナゴの拠点を探すのは不可能になっていた。
鬼たちも集まり始め、解散の流れになりつつある。
今は休息がてら川の様子の情報を共有しているところだ。
これが終わったら各々の家に帰ることになるだろう。
僕も皆が集まっていることに気付いて切り上げ、その輪の中へと入る。
見てきたところと様子を共有し、今日の仕事は完全に終わった。
それをアマリアズとお母さんがまとめてくれる。
「ふむふむ。今の感じだと最低でもマレタナゴの拠点は五つあるね」
「結構多いわね。で、今ベドロックは……二番目の水車の所かしら」
「そうそう。えーっと、ベドロックが一日にマレタナゴを食べる量が……何匹だったかな。個体の大きさにもよるけどまぁ十五匹くらいだとして……」
「そんなに食べたかしら」
「まぁ仮にだから。だからとりあえず明後日くらいにベドロックの位置を移動させないとかな」
い、五つもあるのかぁ……。
他にもある可能性があるし、できる限り探しておかないとなぁ。
今度からは頻繁に川の様子を確かめるようにしておいた方がいいね。
他の鬼たちに提案しておこう。
とりあえず今日のマレタナゴの拠点探しはこれで終わり。
まとめている間に日が完全に落ちちゃったから、鬼の皆には先に帰ってもらった。
僕とアマリアズ、あとお母さんはもう少し今後の方針を練ることになり、帰路に付きながら話し合うことにした。
「アマリアズ君。水車はあとどれくらいでできそう?」
「見た感じだとまだ時間がかかるっぽい。でも一気に六つの水車を作ってるから完成したらすぐに設置できると思うよ。まぁ川の中にある水車の基盤も交換しないといけないだろうけど」
「じゃあさ、大きな岩とかから土台を作ればいいんじゃない? それならマレタナゴも簡単に壊せないでしょ」
「高い石工技術が前鬼の里にはあるからありだね。カルナさん、明日にでも話を付けてもらえる? 私たちは朝稽古あるし……」
「ええ、いいわよ。じゃあそうしましょうか」
今までは土台も木材だったからね。
今度は頑丈なものにしておかないと。
あ、そうだそうだ。
お寿司屋さん……じゃなかった。
ギョウさんが振舞ってくれたお寿司のことお母さんにも教えておこっと。
「ねぇお母さん。今日の昼さ、ウチカゲお爺ちゃんにギョウさんって鬼の所に連れて行ってもらったんだ。お寿司握ってくれて、すごく美味しかったの」
「ウチカゲが?」
「そうそう。今度お母さんも一緒に行こうよ! ギョウさんも来なって言ってたし!」
「……待って、ウチカゲがあのギョウさんの所に貴方たちを連れていったの? 本当に?」
「「……え?」」
あれ、お母さんギョウさんのこと知ってたの?
なんで教えてくれなかったんだよう!
二人して内緒にしてて狡いなぁ!
僕はそれに少し不満を持ったが、なんだかお母さんの様子が変だ。
アマリアズも難しい顔をして立ち止まってしまった。
「……え? どうしたの?」
「ギョウさんって空間魔法を使って生きた魚を取り出して調理してくれる鬼のことよね?」
「う、うん」
「あそこは、宥漸が二十歳になった時の記念として連れていくって約束をしてた場所なの。だから私も黙ってたし、アマリアズ君にも言わなかった……。ウチカゲもずっと隠していたはずなのに……なんで今?」
「……ちょ、ちょっと待って?」
えっ……え?
ど、どういうこと?
お母さんとウチカゲお爺ちゃんは、サプライズとしてギョウさんのことを黙ってたってことだよね?
でもウチカゲお爺ちゃんに今日連れて行ってもらったよ?
……そんな約束してたのに、なんで連れて行ってくれたんだろう……。
「!! ああっクソ!! そうかマジか!!」
「え!? ど、どうしたのアマリアズ!?」
「技能だよ! 技能! やらかした!! 考えたら分かることだったのに!!」
突然アマリアズが走り出す。
少しびっくりしたが、僕とお母さんもそれに追従する。
ていうか待って話が見えてこないんだけど!
僕にも分かるように教えてもらわないと協力できないから教えて!
「アマリアズ! 何に気付いたの!?」
「キュリィだよ! 普通に考えて技能が一つだけあるとは思えない! 警戒はしてたけどウチカゲお爺さんの対応からしてそっちは任せてた! だけどそもそもウチカゲお爺さんが変だった!」
「どこが!?」
「僕と同じ様にキュリィを警戒していたはずなんだ! だけど記憶を取り戻させようとしていたし、サプライズとして用意していたギョウさんの所にも連れて行ってくれた! キュリィに甘かったとは思わなかったかい!?」
「ええ!? いや気付かな…………いや、でも……」
言われてみれば、確かに警戒心が薄すぎたような気がする。
僕はそもそも警戒しすぎだと思ってたし、気配も感じ取れないから監視はアマリアズに任せっきりだった。
警戒する気がなかったから気付かなかったけど、アマリアズに言われて確かにウチカゲお爺ちゃんは変だったということに気付く。
今まであれだけ慎重派のウチカゲお爺ちゃんが、キュリィには優しかった。
悪魔の友達に協力を仰ぐ程警戒していたというのに。
「アマリアズ君、それっていつからかしら?」
「出会った当初はウチカゲお爺さんも警戒してた。……朝。朝起きてから変だったかもしれない」
「その技能に心当たりは?」
「『魅了』に近い技能だと思う」
対象の心を自分に引き付ける技能……。
これが無意識下で使用されていた場合、誰もこの技能には気付けなかっただろう。
だけど、もう一つ分からないことがある。
「それは分かったけど! アマリアズはこれから何するつもり!?」
「あいつを探し出す!」
「まだ記憶戻ってないと思うけど!? ていうか黒確定みたいな言い方だけど!?」
「真っ黒だよ! ウチカゲお爺さんに任せて『空間把握』を切ってたのが失敗した! あいつ今前鬼の里から出ようとしてる!」
「はっ!? ま、迷子とかじゃなくて!?」
「目立つ前鬼城から離れている時点で、おかしいと思わないと!」
ちょっと急展開が過ぎるんだけど!!
とりあえず探しに行かないといけないね!
……そうか、ウチカゲお爺ちゃんは僕と同じでキュリィの気配を感じ取れないんだもんね。
離れてても気付かないってことか……!
「……アマリアズ君。場所を教えてくれる?」
「北!」
「よし、じゃあ少し速くなるわよ」
「「……え?」」
お母さんがそう言うと、僕たちの背中に手を置いた。
トンッと押し出した瞬間、一つの“技能”を使用する。
「『クイックリー』」
ドッ!!
僕とアマリアズの移動速度が急激に上昇した。
視界が少し狭くなり、一歩踏み出せば普通の十倍くらいの歩幅を移動する。
「「おおおおわああああああぁぁぁぁ──!!?」」
次第に走る速度を緩め、カルナはその場で汗を拭う。
久しぶりに技能を使うと体がついて来ないようだ。
農作業だけではさすがに体の動きが衰えてしまうということを今し方知ったので、今度少しばかり訓練をしようと心に決めた。
二人と一緒に向かってもよかったかもしれないが、武器がない以上自分は足手まといになる可能性がある。
今から取りに行って間に合うだろうか?
いや、ここは……。
「ウチカゲに相談ね」




