3.21.狙い通り
しばらく食事を楽しんでいた僕たちだったが、そろそろお腹がいっぱいになった。
最後に温かいお茶を出され、若干の苦みを楽しみながら食後の余韻に浸っている。
ギョウは使ったばかりの包丁を研ぎに掛けており、次使うための準備を整えていた。
研ぎ音がリズムよく部屋の中で刻まれている。
ただでさえ綺麗な包丁をもう研いじゃうのか……。
そういえば、大工さんとか結構自分の道具を研いでるよなぁ。
板前さんも同じなのかな。
でも他の寿司屋さんに行ったときはこんなことしてなかったような気がするけど。
「ギョウさん、なんでこのお店には看板がないの?」
入る前に気になっていたことを、アマリアズが聞いた。
確かに店内は店らしい雰囲気をしているのに、外から見ただけだと普通の家屋にしか見えない。
隠れた名店と言えば聞こえはいいが、これでは商売としての売り上げはほとんど見込めないだろう。
口コミで広がるのも時間がかかるだろうし、あまり儲かっていないのは明らかだ。
するとギョウは小さく笑った。
研いだ包丁についている水気を布で拭きとり、指先で切れ味を確かめる。
「どーにも、儂は金に疎くてな。仕入れや勘定を考えんのが苦手なんじゃわ。まぁ、アマリアズの問いに答えんなら、ここは店じゃないってことかな」
「え!? 店じゃないですか!?」
「儂が好き好んでやりょー店だかんなぁ。儲けようなんて考えはないわい」
そ、そうなのか……!
ああー、だったらお店……じゃなくて家の前に看板がないのも頷けるなぁ。
でもこれだけの腕があったら絶対に人気になるのに。
勿体ないっていうか、なんていうか……。
まぁこれがギョウさんの考えなんだから、僕がどうこうは言えないけどね。
って、いうことは今回お金払わないでいいって事……?
こんなにおいしい寿司を食べさせてもらったのに!?
そのことをウチカゲお爺ちゃんに目で訴えると、小さく笑って頷いた。
そんな事があっていいのかと驚きを隠せないのはアマリアズも同じだったようだ。
「え、ええ……? いいの?」
「ああ。どうせ儂の魔法は日に三度ほどしか使えん。商売にならんのは目に見えとる。それに高い金払わせて旨い飯だと錯覚させるより、儂の腕に惚れこんどる奴に飯さ振るまうんが、かっこよくねぇか?」
ギョウはそう言いながら親指を立てた。
むぅ……中々すごいこと考えてるお爺ちゃんだなぁ……。
長い事生きてる鬼は考え方が少し変わってるよね。
まぁ、それがかっこいいんだけど。
するとウチカゲお爺ちゃんが立ち上がった。
懐から何かをまさぐり、小さな袋をギョウに押し付ける。
「よし、では行くとするか。ギョウ、いつものだ。貰っておけ」
「おいおい、またえらいよーけ持ってきたなぁ……。こりゃ米と酢……砂糖もあるのか。塩も……」
「それを使いきるまで死ぬんじゃないぞ」
「ははっ、そりゃ難儀な話だな。まぁええわ」
ギョウはそれを受け取り、懐に仕舞った。
それを確認するとウチカゲお爺ちゃんへその場を後にして外に出る。
「ご馳走様でした!」
「ご馳走様~」
「ごちそーさまでしたー」
「暇だったらまた来ない。好きなもん拵えたる」
手を振ってくれたので、手を振り返してから外に出る。
扉をぴしゃりと閉め、歩いていくウチカゲお爺ちゃんの後を追った。
いやぁー、にしても美味しかった。
まったく、もっと早く教えてくれたらよかったのに。
今度お母さんと一緒に食べにこよーっと。
あ、そういえば今日はもうこれからやること何もないのか。
ウチカゲお爺ちゃんは仕事に戻るみたいだし……僕たちはどうしようか?
「アマリアズは今日何かする予定ある?」
「ああー、他のマレタナゴの拠点を探さないと。鬼たちも今探してくれてるだろうけど、私たちが言い始めたことだからやっとかないと」
「それもそうだね。お母さんも一緒に探してるだろうし、僕も行こうかな。キュリィはウチカゲお爺ちゃんの近くにいてね」
「うん」
さすがに幼いキュリィを一緒に連れていくわけにはいかないからね。
よしよし、じゃあ僕たちは川に行こう。
ベドロックの様子もちょっと気になるしね!
今日の方針が決まったので、僕とアマリアズは川の方へと向かうことにした。
道中に水車を作り直してる大工さんの小屋があるので、ついでに進捗を聞くことになった。
キュリィは言われた通りウチカゲお爺ちゃんの方へと歩いていく。
それを見届けた後、僕は走って行ってしまったのだが……キュリィは少し不敵な笑みを浮かべていた。
あの二人が今日ウチカゲから離れるということは、記憶がなかった時に聞いていた話で推測していたことだ。
狙い通りになったと満足げに笑った後、軽い足取りでウチカゲの後をついて行った。




