3.19.隠れた寿司屋
悪魔は何を食べるのかウチカゲお爺ちゃんに聞いてみたところ、僕たちと同じ様なものでも食べることができるらしい。
だけどちょっと特殊な食べ物があるのだとか。
それが、魔力を宿した食料。
日持ちはしないがどこでも育つというメリットがあるのだとか。
悪魔の中では高級品で、とても美味しいらしいのだが……。
悪魔以外の種族が食べると激マズな料理にしかならないらしい。
どれだけ不味いのか少し気になるところだけど、美味しくないっていうものを好き好んで食べようとは思わないかな。
ということで、キュリィが好きそうな食べ物屋を探すため、僕たちは大通りを歩いている最中だ。
僕としてはうどんが食べたいな。
でもアマリアズは団子が食べたいらしい。
意外と甘党なんだよね……。
ちなみに好物はみたらし団子。
「で、結局どこにいくのさ」
「私はなんでもいい。お前たちで決めていいぞ」
「ん~、キュリィは分かんないだろうしなぁ~。手軽さで言えば団子だけど……」
「団子いいね! うん、いいと思うよ私は!」
「でもウチカゲお爺ちゃん甘いの食べないじゃん。皆で食べたいからなぁー……」
どうしようかな……。
温かい食べ物でもいいとは思うんだけど、熱いのだめかもしれないし。
ってなると……。
「寿司かな。それだったらウチカゲお爺ちゃんも食べられるし、熱くないからキュリィも食べられると思う」
「ではそれにするか。私の行きつけがある。そこへ行こう」
「「え!? 行きつけ!?」」
「ああ、お前たちにはまだ言っていなかったか」
なにそれ知らないんだけど!
ていうかウチカゲお爺ちゃんが通ってる寿司屋さんとかあったの!?
そんなん絶対に美味しいに決まってるじゃん!!
な、なんで今まで黙ってたんだよう……。
むぅ……まぁいいか!
案内してくれるわけだしね!
すると、キュリィが首を傾げた。
「……すし?」
「そうだ。酢飯の上に魚の刺身を乗せるだけの料理だが、とても奥が深い。お前には少し大きいかもしれないが、まぁ食べてみれば良さが分かる」
「早くいこうよウチカゲお爺ちゃん! ねぇねぇ!」
「ああ、そうしよう」
僕が急かすと、ウチカゲお爺ちゃんはすぐに歩きだした。
キュリィとアマリアズもそれについてくる。
前鬼の里の城下町の中に店はあるようで、前鬼城からずいぶんと離れてしまった。
毎回寿司を食べに行くのにこんな所まで来るんだろうか……?
びっくりするくらい意外なんだけど。
ていうかウチカゲお爺ちゃんが外食っていうイメージが本当にない。
いっつも屋敷の中で食べてたところしか見てないしね……。
そんなことを考えながらついて行くと、次第に人気が無くなってきた。
こんな所にお店があるのかと疑問がよぎったが、ウチカゲお爺ちゃんは迷いのない足取りで看板も何も掛けられていない店の中へと入る。
本当にここが店なのかと驚きを隠せず、僕とアマリアズ、キュリィは家の前で立ち止まってしまう。
集合住宅の中に佇んでいる木造の家……。
特に目立った様子はなく、看板もなければ暖簾もない。
僕たちは顔を見合わせた後、恐る恐る扉をくぐった。
中に入ってみると、結構狭い。
入ってすぐにカウンターテーブルがあり、そこには五つだけ椅子が置かれていた。
家屋を店に無理矢理改築したようなところであり、カウンターの奥は調理場らしく、まな板や竈が置かれているようだ。
しかしそこには誰も居なかった。
「……え、本当にここ? え?」
「ギョウ。居らんのか?」
「いるいる」
奥の暖簾からひょっこり顔を出したのは、高齢の鬼であるようだった。
背中が直角に近いくらい曲がっており、杖を突いている。
彼は心配になりそうな足取りで出てきて、カウンターの前に立ってから背を伸ばした。
パキゴキという音がこちらにまで聞こえてくる。
老人が背を伸ばすと、意外と高身長だということが分かった。
体つきは細いが、今し方何も入っていない大きな水槽を持ち上げてテーブルの上に置いたところを見るに、まだまだ力は衰えていなさそうだ。
そのあと、老人はこちらを見渡して面白そうな表情を浮かべた。
「なんじゃら、今日は多いな? 昼だっちゅーのに」
「お前が死ぬ前にこの子らにお前が握った寿司を食べさせないわけにはいかんでな」
「か~そうきたかい。あんずんなや、そん子らが子供作るまで生きるからよぉ~」
「それは楽しみだな」
その後、老人が席へ座るようにと手で促してくれた。
ウチカゲお爺ちゃんが真っ先に座り、僕たちもそれに続いて座る。
寿司は握ってすぐに食べてもらうため、料理人が目の前で寿司を握って僕たちに届けてくれる。
ここも同じはずだけど……。
魚はどこにいるんだろう?
周りを見てみても、食材があるようには全く見えない。
何処か見えない所に置いているのかもしれないが、それにしては殺風景だ。
それに老人はその場から一切動こうとしない。
どうやら注文を待っているようだ。
「えーっと?」
「ああ、紹介しよう。板前のギョウだ。こいつは少し特殊な魔法を持っていてな」
「料理に魔法を?」
「それとは少し違うが……まぁ見ていればわかる。ギョウ。とりあえず宝魚を頼む」
「本当は味の薄いのから頼むのがいいんだぞ?」
「子供たちの胃袋は小さい。だから先によい物を食わせてやりたいではないか」
「確かに」
ギョウはその答えに大変満足したようで、すぐに調理の準備に取り掛かった。
大きな木のまな板の上に、仕舞われてあった包丁を一本丁寧に置く。
それは美しく研がれており、鏡の様になっているようだ。
……しかし、肝心の魚がない。
シャリは準備しているようではあるが、魚が居なければ寿司を作ることはできないはずだ。
何処からあの大きな宝魚を取り出すのだろうかと思っていると、ギョウが虚無へ手を突っ込んだ。
「「えっ!?」」
手は何処かへと消えており、何もない空間をごそごそとまさぐっている。
僕たちからは急に指先から肘までが消えた様にしか見えない。
少しびっくりしてしまったが、ギョウは痛がる様子もみせず、そのまま何かを探し続けていた。
「え!? ちょ、ちょちょウチカゲお爺ちゃんあれ大丈夫!?」
「腕ないけど!? 腕どっか行ったけど!?」
「御年三百九十四歳の本質持ちの鬼だ。技能が失われてからすぐに生まれたからか、特殊な魔法を身に付けた。私はこ奴が持っている魔法を『虚無の生け簀』と呼んでいる」
「おっし」
ギョウが何かを見つけたようで、力を入れた。
突然腕が震えはじめ、それが体にまで伝わってきているようだ。
だがそれを何とか抑え、虚無から腕を引っ張り出す。
腕は傷もなく特に問題はなかったようではあるが、手は大きな宝魚の口をがっしりと掴んでいた。
「「ええええええ!!?」」
「異空間魔法の一種だ」
「宝魚の寿司を握ってやろるから、楽しみにしておけなぁ」
ギョウはそう言いながら大きなまな板に宝魚を置き、包丁を使って一瞬で頭を落としたのだった。




