3.14.Side-ウチカゲ-久しい声
宥漸がシシラの家を出ていったあと、ウチカゲもすぐに外へと出た。
それから少し歩き、周囲の状況を確認した後懐から魔道具袋を取り出す。
それに手を突っ込み、少しくすんだ色をしている水晶を引っ張り出した。
軽く服で磨いたあと、それに魔力を注いでいく。
古くからある水晶ではあったが、魔力を籠めると昔の輝きを取り戻したかのように綺麗になった。
そしてこれは一つの水晶に繋がっている。
今は確か、魔族領にあるはずだ。
すると、誰かが通信をキャッチして水晶を手に取ったようだ。
水晶の色が黒くなり、その中に一つの不気味な目玉が出現した。
ギョロギョロと周囲を確認したのち、ウチカゲへと目をやる。
少し驚いたような様子だったが、すぐに楽し気な目へと変わった。
『なんだウチカゲ。ずいぶん久しぶりじゃないか』
「久しぶりだな、ダチア」
水晶から何度か翼を羽ばたかせる音が聞こえてくる。
どうやら今は空を飛んでいるようだ。
移動中だったらしいことに気付き、少し申し訳なくなる。
「移動中か?」
『ああ、ちょっとな。あれだけ月日が経っているというのに魔族領の復興はなかなか進まなくてな。技能持ちが苦労しているところだ』
「仕事があるというのは良いことだ。皆が住まうと決めた土地を共に守り切り開くのだから、悪魔であるお前たちの絆は昔よりも固いだろうな」
『それは間違いないな。とはいえ、若いのは駄目だな。技能がないとはいえ根性が足りん』
「上に立つ玄人共は素人をそう言う。お前も昔は素人だったのだから、昔は同じことを上に言われていただろうに。もう少し視野を広げた方が良いぞ」
『分かっている。俺もそこまで馬鹿ではない』
「ならいいが」
今ウチカゲが話をしているのは、魔族領に住まう魔族……魔将のダチアという悪魔だ。
悪魔は本当に長生きで千年を優に生きる。
今彼は魔族たちを率いて、魔族領の復興に勤しんでいる最中だ。
魔族領の魔物が強くなったことにより、彼らがその間引きを行ってくれている。
そのため人間たちが住む場所にその脅威が来ていないのだが、人間たちがそれをよく知らないらしい。
昔から彼らはひっそりと魔物を狩り、人間たちに貢献してきた。
それを知っているのは……。
実際に肩を並べて戦ったものにしか分からないのではないかろうか。
『で? 前鬼の里の城主様が、俺にこんな話をする為にこれを使ったんじゃないんだろう?』
「もちろんだ。では本題に入ろう」
水晶の中に移る不気味な目が、楽しげな表情から真剣な表情へと一瞬で変わった。
この魔道具は通信水晶であり、大昔の魔道具だ。
登録された水晶としか通信をすることができないというデメリットがあるが、通信を傍受することができないというメリットを持つ。
そんな魔道具を使って連絡を寄越してくるということから、ダチアは面倒くさそうなことに巻き込まれているのではないかと予測していた。
だが、話を聞いてみると少し違う様だ。
「キュリィという悪魔を知っているか?」
『……あ? 誰だそれは』
「先ほど前鬼の里から近い山の山頂付近で、金色の髪をした悪魔の少女を拾ったのだ。だが記憶がないらしくてな。それだけであれば何も思わないのだが、奴の角は折れ曲がっていたのだ」
『折れ曲がっている角だと? 今はそんな悪魔は生まれない。ねじれているか、せいぜい曲がっているかだぞ』
「だから気になって連絡したのだ。ダチア、誰だあいつは」
水晶の中の目玉が不機嫌そうな表情になる。
ウチカゲから目を逸らして何かを考えているようだったが、首を横に振るようにして目を動かした。
『……すまない、それだけだと分からないな。他に何か情報はないか?』
「金色の髪、赤い瞳、折れ曲がった角。今のところはこれだけだ」
『翼は?』
「私が見た限りでは小さかったな」
『小さい翼は下級悪魔にも満たない悪魔の特徴だ。だが角……角か……』
「誰かをこちらに寄越すことはできるか?」
『無理だな。こちらもこちらで忙しくてな。お前たちの方から来てほしいところだ。だが一ヵ月後であれば俺が直々に伺ってもいいが』
一ヵ月、とウチカゲは頭の中で復唱する。
相手は悪魔だが、この里に限って異種族を毛嫌いするということはないだろう。
それにたった一ヵ月で記憶が戻るとも思えない。
それまでは大人しくしてくれるはずだと想定し、ダチアの提案に頷く。
「ではそれで頼む」
『……なにか嫌な予感がするのか?』
「あれを拾ってきたのが宥漸でな。近くに置いていいものかどうか悩んでいるのだ」
『ほぉ! あのガキ遂にこの時代に来たのか!! いつ来たんだ?』
「十七年前だ」
『もっと早く言えよ水臭い……』
それもそうだな、とウチカゲは少し反省した。
彼らもあの一件を知っている人物なので、教えておくのが道理だった。
とはいえ、伝えたら真っ先にアトラックが飛んでくるだろう。
あの面倒な奴に里を散策されると厄介そうだったので、これはこれでありだったのではないだろうか。
目玉が不機嫌そうな表情に変わっている。
この水晶は相手の感情を読み取れるから面白い。
「フフフフ、そう機嫌を悪くするな。では一月後、待っているぞ」
『チッ。ああ、俺も顔を見たいから、一ヵ月後には行くことにする。じゃあな』
水晶の中にあった目玉が瞼を閉じた。
すると黒い靄が消え去り、くすんだ水晶がウチカゲの手に残る。
それをすぐに魔道具袋の中へと入れて、懐に戻す。
「……ダチアでも知らなんだか。……タタレバを付けるとするか……」
そう一人呟いた後、ウチカゲは前鬼城へと戻っていったのだった。




