3.9.好物
山椒魚のような見た目の魔物は舌なめずりをした後、こちらにじりじりと近寄ってくる。
明らかな殺意を持ってはいるが、狙いは僕たちではなさそうだった。
なな、なにあれ!?
気持ち悪っていうかくっさ!!
臭い臭い何これ!!
「っていうか! アマリアズ気付けなかったの!?」
「ぜんっぜん分かんなかった! 気配遮断……いや、宥漸君は気付いたのか……! もしかしたら姿を消す魔法を持ってるかも!」
「なるほど!?」
アマリアズの『空間把握』を回避できる魔法もあるのか!
姿を消す魔法……でもなんで今ははっきり見えてるんだろう。
隠れる気がないのかな?
でも僕なら隠れたとしても分か……いや、でも動き出してから僕も気配を察知できたんだよね。
これ、もしかしてアマリアズの持ってる『木化け』に近い魔法をこいつも持ってるかもしれない。
「アマリアズ! あいつなに!?」
「ショロウオウ! 口の中が異様に臭い魔物でそれで動物を使役させるめんどい奴! こいつがいるからこの辺の動物や魔物が少なかったのか! ちなみにベドロックが好物!」
「駄目ー!!」
やーっと手に入れたのにあんな奴に食べられて堪るかぁー!
絶対に守って見せるからな!
「『空圧結界』!!」
ベドロックの入った盥の四方を『空圧結界』で囲って保護する。
これで僕が解除しない限りは触れられないはず。
よし、この間にショロウオウを何とかする!
アマリアズも交戦してくれるようで、既に片手には『空圧剣』が握られていた。
今回作ったのは鉈だ。
ショロウオウの分厚い皮膚を見て、斬るではなく叩き切るを重視したらしい。
……あいつに打撃は効くんだろうか……?
っていうかさっきアマリアズが『動物を使役させる』って言ってたよね。
じゃあ近くに動物いるんじゃない……?
だけど気配はない。
魔法か何かで隠してるのかな?
「とりあえずベドロックはこれでいいかな!」
「水の入れ替えをしないといけないから、長い事戦ってはいられないよ」
「だね」
新鮮な水にしてあげないと弱っちゃうだろうからね。
でもあいつを倒すのはなんか大変そうな気がする……。
「アマリアズ、有効な攻撃方法は?」
「打撃はあんまり効かないから宥漸君の場合『貫き手』を使うといいよ」
「分かった。だけど他に動物は?」
「……宥漸君には分からないのか」
「え?」
すると、アマリアズが一つの方向を指さした。
その先を追ってみると鹿が三頭、こちらを見続けている。
目視したというのに気配が一切感じ取れない。
奇妙な感覚に襲われたが、それこそがショロウオウの魔法だと教えてくれた。
「ショロウオウは標的の感覚を一つ、酷く鈍らせる。あの臭いを嗅いだ時点でアウトだよ。多分宥漸君は気配感知能力をほぼ遮断されてる。ちなみに私は視覚。今なんにも見えない」
「え!? だ、大丈夫なの!?」
「技能は死んでないから大丈夫。『空間把握』はもう一つの目だからね」
その言葉は本当のようで、手に持っている『空圧剣』はしっかりとショロウオウへと向けられていた。
だけどこれ、僕が修行してきた成果が一気に無に帰した感じがして嫌なんだけど。
ぐぬぬ、ショロウオウめ……。
面倒くさい相手だけど、見えてるんだったら問題ない!
いつも通りの戦法で頑張ってみよう。
「見えてるんだったらいつも通りでいいね?」
「いいよ」
「じゃあ行くよ!」
ダンッと地面を蹴ってショロウオウへと突っ走る。
どんな攻撃をしてくるか分からないけど、僕なら何でも耐えられる筈だ。
さぁかかってこーい!!
「ジュロ……」
「うぃ!?」
口の中からとんでもない長さの舌がべちゃりと地面に落ちた。
それはすぐに持ち上がって振り回され、僕へと鞭の様に襲い掛かってくる。
何とか回避したがその先にはアマリアズがいる。
しまった、と思ったがさすがはアマリアズ。
すぐに状況を察知して回避行動を取り、作った『空圧剣』でショロウオウの舌へと斬撃を繰り出す。
しかし舌はすべてが筋肉でできている。
妙な軌道を描いて攻撃を巧みに躱し、再び僕へと襲い掛かってきた。
速度が非常に速い。
避けられないことはない……けど、気持ち悪いし動きキモっ!!!!
「はっ!」
アマリアズが短剣の『空圧剣』を数本作り出し、舌に向かって投げ飛ばした。
だがすべて外れてしまう。
地面に短剣がいくつか刺さり、そのまま停止する。
僕はそちらの方へと地面を蹴って後退した。
するとすぐにショロウオウは舌で僕を捕らえようと迫ってきたが、その瞬間『空圧剣』が破裂する。
パパパパアンッ!!
今回作り出した『空圧剣』は魔力をふんだんに使っていたらしく、破裂の威力が非常に高かった。
伸びてきた舌が左右へと弾け飛び、先端から一メートルは完全に千切れてしまう。
他の部分は穴が空いたり大きな傷ができ、血が滴っていた。
「ジュォオオ……」
だらりと垂れた舌を口の中へと仕舞っていく。
しかし大して痛がっている様子はない。
痛覚がないのだろうか……?
と、そんな事を考えていると、今度は尻尾をダンダンッと地面にたたきつけた。
なんの魔法を使うのだろうかと身構えていたが……どうやら攻撃魔法ではないようだ。
では、今のは?
そう頭の中で呟いた瞬間、周囲からガサガサという音が聞こえてきた。
そこでアマリアズが叫ぶ。
「宥漸君『身代わり』!!」
「! はっ!」
アマリアズに指示され、すぐに振り返って『身代わり』を発動させる。
何とか間に合ったようだったが、その瞬間アマリアズに巨大な体躯をした鹿が角をめり込ませた。
とはいえ完全に無傷だ。
僕にちょっとした衝撃が走ったけど、なんともない。
助けに行く為に地面を蹴ろうとしたのだが、後ろから妙な音が聞こえた。
咄嗟に伏せてみたところ、頭上の上を何かが掠める。
その後すぐに立ち上がって後方を確認してみると、ショロウオウの舌が復活してこちらに狙いを定めていた。
「か、回復……した?」




