2.35.アマリアズの両親
スレイズさんが困ったように頭を掻いている。
この人にはそのこと言っても大丈夫なんだ……。
ってことは技能のこと知ってる?
失われた技能を人であるスレイズさんも知ってるってことは、技能を持っている人が身近にいるってことなのかな。
すると、スレイズさんが机から降りてずいっとウチカゲお爺ちゃんに詰め寄った。
「そういう話をするときはあれがいるな」
「頼めるか」
「任せろ」
スレイズさんが懐から小さな杖を取り出し、それを窓に向けた小さく振る。
するとカーテンが閉まり、部屋の中が急に暗くなった。
そこで壁に掛けられていた燭台を手に持ち、杖の先から炎を出して火をつける。
「『静寂』」
冷たい空気が体を突き抜けていった。
初めての感覚で少しびっくりしたが、それ以外はなんともない。
なんだったんだろうと首を傾げていると、スレイズさんがその燭台を机の上に置いた。
「これでいい。で、それはこの子供二人を連れてきたことに関係があるのか?」
「ある。この二人は技能持ちだ」
「……俺の目の前に三人も技能持ちが現れる日が来るとは思ってもみなかったぞ。まぁどうして技能を持っているかは聞かない。それなりの事情があるだろうし、それは話せないんだろ?」
「ああ。すまないな」
「いいっていいって。だが……技能を狙われているというのは聞き捨てならん。それだけは説明してもらうぞ」
「無論だ」
それからウチカゲお爺ちゃんが先日起こったことを事細かくスレイズさんに話した。
技能を狙ってやってきたローブの男がいこと。
そいつが魔族領の魔物を前鬼の里付近の森に放った犯人だったということ。
さらに、テキルという人物が作った魔道具を装備していたということ。
最後に……読めない羊皮紙のこと。
羊皮紙は持って来ていたらしく、それをスレイズさんに見せた。
だがやはり読めなかったようで、首を横に振ってそれを返す。
「あのテキルの……魔道具が悪用されてるってことか。出所は?」
「分かっているのは今話したことだけだ。そして、相手側にも技能持ちがいる可能性がある」
「その羊皮紙の特徴からするに、その可能性が高いな。捕らえた奴に使わせたのか、それとも協力者が所持しているのかは分からないが」
「調べられるか?」
「やらないわけにはいかないだろ。だが技能持ちの相手が敵となれば、帰ってくる奴も少ないかもしれん……。少なくともこのガロット王国にそういう話はない。もちろん今一度調べさせるが、他の国にも調査隊を派遣しよう」
「助かる」
「報酬は和服で頼むぜ!!」
「ほれ」
「おおおおおお!!」
言われることを予測していたらしく、ウチカゲお爺ちゃんは魔法袋からスッと綺麗に畳まれた和服を何着か取りだした。
こ、この人……前鬼の里の文化をすごく気に入っているんだなぁ……。
でもその気持ちは分かるかもしれない。
僕もこの部屋より、やっぱり和室の方が落ち着くもん。
スレイズさんは受け取った和服に目を輝かせ、それを大切そうに机の上に置いた。
満足したところで振り返り、今度は僕たちを見る。
「で、この子供はどうするんだ? まさかうちで預かってほしいって訳じゃないよな?」
「ああ。ただの顔合わせが一つ。そしてもう一つ。アマリアズを前鬼の里で保護したい」
「? すればいいじゃないか」
「親御さんがいるらしくてな。許可を取る為にここに来た」
「……え? ちょっとまてアマリアズ。君は今いくつだ」
「五歳」
「なんで五歳の子供が前鬼の里に? っていうかこの二人、人間だよな? 鬼じゃないよな?」
「それも説明する」
それから今度はアマリアズの説明が始まった。
特殊な技能を持っており、他の人よりも頭がいいこと。
技能のことをよく知っており、宥漸に会うために前鬼の里へやってきたこと。
親の目を盗んで逃げて来たという説明も加えた。
そこでスレイズさんがアマリアズをまじまじと見る。
何かを思い出したようで、少しマズそうな顔をして背を伸ばす。
「あ、ああぁ……。そういえばぁ……迷子届が国中にばら撒かれる事件が最近あったな……」
「ウゲッ」
「超天才児アトア……だったか?」
「ぐぅ……あのバカ親……!」
「「「アトア?」」」
全員の視線がアマリアズに集まった。
え、なにアトアって。
僕も初めて聞くんだけど……もしかして……。
「アトアがアマリアズの本名?」
「違う。アマリアズが本名。アトアってのは母親が付けた名前」
「? え、それが本名じゃないの?」
「……私の叔父さんの記憶に、私の名前があった。だからアマリアズの方が本名になる」
「んん~?」
な、なんだかよく分からないけど……どっちも本名ってことでいいのかな?
でもアトアっていう名前は嫌いなの……?
なんでなんだ……。
ていうかアマリアズのこの嫌そうな顔凄いな。
アトアって名前が出てきただけで酷い顔になってる……。
どうしてお母さんのことそんなに嫌いなんだろう。
「ねぇアマリアズ。どうしてお母さんを避けるの?」
「いや……そうなるさ……」
「だからなんで?」
「それは俺が説明するか」
そう言って、スレイズさんが腕を組んだ。
「天才児アトア。五歳だというのに様々な習い事、仕事などを完璧にこなすっていうちょっとした有名人だったんだよ。言葉使いも完璧、人付き合いもいいって評判だった」
「なんでスレイズさんがそれを知ってるんですか?」
「そんな有能な人材を王族が放っておかないはずがない。とはいえ俺は噂だけで顔を見たことがなかったからな。それで今までピンとこなかったわけだ。さて、こうなってくると超お利口さんのアトアという人物の親はどう思うか……。これは俺の予想だが……アマリアズ。もしかして両親にずいぶんと行動を規制されていたんじゃないか?」
「当たりだよ(他にも理由はあるけど、確かに規制は酷かったな)」
そ、そうなんだ……。
僕は結構自由にさせてもらってたからその感覚はなかったなぁ。
ていうか基本的にウチカゲお爺ちゃんに連れまわされてただけだけど。
でもそんな規制ばっかだと、確かにお母さんを避けちゃうってのは分かるかも。
遊びたいだろうしね……。
「これは説得に俺がいるかもしれないってところか」
「頼めるか?」
「任せろ。ここに技能持ちを留めておくのは危険だからな。何としてでも前鬼の里に保護してもらうように頼もう。よし、出かけるぞ!」




