2.7.ちょっとお話
焼けた魚を冷ましながら食べていると、アマリアズがとんとんと肩を叩いた。
なんだろうと思っていると、僕の手に器が触れる。
どうやら水を汲んできてくれたようだ。
「わぁ、ありがとう」
「どういたしまして。ふむ、やっぱりまだ周囲の気配は探れないかな?」
「まだ難しいかな。でもアマリアズはなんとなーくだけど分かってきた」
「そっかそっか。まぁ目が見えない分感覚に頼るしかないから、この修行方法は間違ってないんだよね。本当にやる人なんているとは思わなかったけどさ」
「それはウチカゲお爺ちゃんに言ってほしいな……」
そう言いながら、器に入った水を飲む。
目が見えない生活が大変なのはわかったけど……まさかこの生活を続けることになるとは思わなかった……。
早く解放されたいなぁ。
やっぱりウチカゲお爺ちゃんの修行方法は時々ぶっ飛んでる。
でも役に立つことばかりだから、文句は言えないんだよなぁ……。
とはいえ今回はやり過ぎだと思う。
うん、絶対にやり過ぎだと思う。
口を尖らせていると、アマリアズが僕の心境を悟ったらしい。
くすくすと笑っていた。
「フフフフ、不満かな?」
「そりゃそうだよー。僕じゃなきゃこんな修行できないって」
「確かにね。この辺には意外と大きな魔物がいるみたいだし。普通の子供がそんな修行をして放置されたら一日で食べられるね」
「だよね!! そうだよね!!」
「まぁでも、全部自分の力になるから頑張ろうね」
「むぅー」
うん、それは分かってるけどぉ……。
大変なんだってこれ!
もう本当に早く解放されたい。
あ、そういえばアマリアズって……確か誰かとの約束があって僕の修行を手伝ってくれてるんだっけ?
その辺よく分かってないな。
「ねぇ。アマリアズは誰との約束で僕の修行を手伝ってくれてるの?」
「んぐっ? ん、んー……」
焼き魚の身を大きく頬張ったまま、アマリアズは考えるようにして唸った。
どう説明しようかしばらく悩んでいたようだが、ようやく口を開く。
「すーっごい偉いお爺ちゃんとの約束なんだ」
「偉いお爺ちゃん?」
「そっそ。むかーしむかし、ある所にこの世界を壊そうとした神様がいました」
「ん?」
「ですがその神様は、この世界に来た特別な人の手によって目論見を阻止されてしまいます。神様は倒されてしまい、天へと帰りました」
紙芝居のような語り口調となったアマリアズが、淡々と物語を語っていく。
お伽噺だろうけど、初めて聞く物語は僕に興味を抱かせてくれた。
「神様がこの世界を壊そうとした理由は、他の神様に裏切られたからでした。ですが天へと帰り、主神ウォーゼンという神様とお話をしたところ、それはただの勘違いだったのです。思い込み、と言った方がいいかもしれません。神様は自分がしようとしたことの重さにようやく気付きます。ですが残念ながら、神様がしようとしたことは神様の世界の中では許されることではなかったので、何かしらの罰を下さなければなりませんでした。そこで神様は人間へと堕ち、その世界をより良い方向、または修正せよと仰せになりました……」
「……その神様って、誰?」
「……私がお世話になってた叔父さん。元神様でとーっても偉い人。その人からさ、宥漸君を助けてあげてくれって言われてるんだ」
「へー?」
「信じてないなぁー?」
「そりゃあ……ねぇ?」
だって、お伽噺なんだもん。
神様が人間になるなんて、そんな話聞いたこともない。
噂話には尾ひれはヒレがつくよってウチカゲお爺ちゃんも言っていたし、あんまり信じられないなぁ。
でもお話は面白かった。
多分アマリアズの叔父さんは元神様ではないだろうけど、アマリアズにとってはウチカゲお爺ちゃんみたいに尊敬できる人だったんだろうな。
その人のお願いってなったら、僕も断れそうにない。
「その叔父さんは今どうしてるの?」
「私に『宥漸君を助けろ』っていう言葉だけ残して死んじゃったよ。ま、そんなわけだから私はたとえ宥漸君が迷惑だろうと嫌がろうと絶対に離れる気はないからね!」
「はは……。でも僕としても嬉しいよ。一人じゃこの目隠し取れそうになかったし」
「ふふん、もっと褒めてもいいんだぞ!」
「はいはい」
アマリアズは時々お調子者になるなぁ。
まぁ面白いからいいけどね。
……あれ、でもその叔父さんはなんで僕のこと知ってるんだろう?
はっ!!
まさか……ウチカゲお爺ちゃんに勝てる可能性がある世界で数人の人なんじゃ!?
そ、それだったら僕を知っている可能性もあるぞ……!
でも、もう会えないんだもんね。
ウチカゲお爺ちゃんにこのことを話しておいてもいいかもな。
お墓参りにいけるかもしれないし。
あ、場所聞いておかないと。
「叔父さんのお墓ってどこにあるの?」
「……え? お墓?」
「うん。前鬼の里では亡くなった鬼さんを火葬して、骨を石の下に埋めるんだ。それをお墓って言うんだけど……アマリアズの叔父さんのお墓もあるんじゃないの?」
「ああー、えーっと確か……。遺骨は海に流したんだ」
「えー!?」
「い、いやほら! 元神様ってことで普通の人とはちょっと違くてさ! もし死んだら海に流して欲しいって言ってたんだよね! だから……ね!」
「へ、へぇー……」
なんでそんなに慌ててるか分からないけど……。
そういうお別れの仕方もあるんだなぁ。
でもやっぱり自分を元神様って言うだけあって、ちょっと変な人だったのかも。
お墓がないなら、お参りにはいけなさそうだね。
仕方ないかぁ。
「よし、これ食べたら修行再開しよう」
「お、いいよいいよー! じゃあ片付けはやっておくよ」
「うん、ありがとう」
早く気配を感じ取れるようにならないと、アマリアズに任せっきりになっちゃうな。
それは良くない……。
よし、修行頑張るぞ!




