7.12.兄貴はどこだ
悪魔イウボラ。
肉体を自由に変形させることができる技能を所持しており、それは体全体を守る役割すら担っている。
体を構築する素材がスライムとでも思ってくれて構わない。
それが悪魔の姿を模しているだけで、彼の本当の姿は今目の前にしているそれではないのだ。
だが思考を持つ生物の一人。
自分の肉体が他の者とは違うということは既に理解しており、できるだけ周りに合わせようと生まれた時より本能的に理解し努力していた。
その甲斐あってこうしてパッと見れば普通の悪魔と何ら変わりない“擬態”をする事に成功している。
イウボラと合わせてもう一人同じような体質の悪魔が存在している。
それは、アブス。
彼女とイウボラは誕生日が同じ日だ。
不定形の存在として生まれた二人。
そんな時に運良く拾ってくれたのがアトラックだった。
イウボラとアブスは、正確には悪魔ではない。
悪魔の格好をした別の生物である。
しかし長い間悪魔として生活し続けてきた二人に対し、二人の本当の姿を知った悪魔がいたとしても追い出すなどと言ったことは絶対にしないだろう。
もう二人は、悪魔として認められている存在なのだから。
「──出来損ない……」
「チッ、知ってんのかくそったれ」
長い時間を生きているアルテッツには、イウボラの肉体の性質に見覚えがあった。
実験によって作り出されようとした存在。
だが結果的に自我もなく、擬態もできなかったことから即座に廃棄されたはずだが、まさかこのような形で自分たちの前に立ちはだかってくるとは思っていなかった。
イウボラも自分のことは理解している。
そう、自分の中に眠っている石板に教えてもらったのだ。
アルテッツは万物を硬質化できる力を持っているようだが、イウボラは万物の理を教えてくれる石板を有している。
どちらの方が貴重かは……一目瞭然だろう。
それを手放した天使に、今こそイウボラは皮肉を込めて中指を立てた。
「出来損ないに負ける感覚ってのは、どんなもんだろうなぁ?」
「──負けはしませんよ。貴方のような存在には」
「ふん。“兄貴”には負けたくせによく言うぜ」
「──……! 貴様、どこまで……!」
「どこまでもだよ」
知っているのだ、天使が我ら“三人”に行ったことを。
これはイウボラだけが知っている事。
他の悪魔にも、鬼にも口にしたことはない。
今しがたダチアには聞かれてしまったが、彼になら別に話してもいいだろう。
今はその時ではなさそうなので、戦闘に集中させてもらうことにするが。
もうお喋りはいいだろう。
イウボラは脱力し、腕を鋭い刃に変形させた。
ほぼ不死身の力を持っている彼は無茶な行動を選択することができる。
しかし、あの『万物硬化』は厄介だ。
あれをかいくぐる策を考慮しながら、接近戦闘へと持ち込まなければならないのだが……如何せん発動条件が分かっていない。
とはいえ、イウボラはイウボラなりに対策をすでに講じていた。
だからこそ特に何も考えず、翼を動かして接近する。
鋭い刃となった腕がアルテッツに接近したが、光の針で受け止められる。
普通の攻撃であればこれ程にまで小さい得物で防がれてしまうらしい。
だがそれは別にいい。
「おいくそ天使。俺の兄貴はどこにいる。まだ生きているはずだ」
「──くくくく……! 彼は非常に便利な技能を持っていました。だからこそ、廃棄しなかったのです」
「だろうな。もう一度聞くぞくそ野郎。兄貴はどこにいる」
「──さぁて?」
答える気はやはりないらしい。
であれば力づくで口を開かせるほかない。
腕を変形させてサメのような口を作り出し、アルテッツの腕に噛みつく。
その速度は素早く、いくら天使であるアルテッツでも反応はできなかった。
不死に近い力を持っている彼は生命力に関して類を見ない力を有しているようだが、純粋な戦闘能力は低そうだ。
腕に噛みついて拘束し、もう片方の腕を剣山のような形にして刺す。
アルテッツも対抗しようと噛みつかれている腕の中で光の針を伸ばしてみたり、もう片方の手に光の盾を形成してみたようではあったが、ほぼ無意味だった。
バギョッ……!
鈍い音がして剣山が突き刺さる。
噛みついている腕で引っ張って引きはがし、空中に浮遊したところで腹部を喰らった。
真っ二つになって海の中に落ちていくアルテッツをイウボラは凝視する。
一体どういう風に復活するのか。
それは、遠巻きに見ているダチアも同じだった。
ぼちゃん……。
波紋が波によって打ち消され、赤い血液が一瞬広がった。
だが次の瞬間しゅっと消える。
ガヂンッ!!!!
「!?」
「──……!」
「イウボラ。後方不注意だ」
巨大な光の針を一本握ったアルテッツがイウボラを後ろから強襲しようとしていたようだ。
だがダチアの速度は未だに健在。
それを防ぐだけの時間はあり余り過ぎていた。
ギヂンッと弾き返して距離を取る。
切っ先をアルテッツに向けたと同時にイウボラがすっと横についた。
「感謝します」
「気にするな。だがあとで話は聞かせてもらうぞ」
「いいでしょう。ですがその前にダチア様。一つ頼みが」
「こんな時に何だ」
イウボラは、一拍おいて口にする。
「……目的地へ向かってください」




