7.10.大天使が一人
大きく変形した顔面はそのまま首から泣き別れ、海の中にぼちゃんっと落ちる。
それと同時に技能が解除されたようで海の中からイウボラが飛び出してきた。
「ぶぁー!! っちくしょうめ!!」
「無事か?」
「げっほごほごほ! な、なんとかぁ……!」
ダチアが手を貸してイウボラを持ち上げる。
それと同時に翼を動かして飛び上がり、前髪をかき上げて悪態をついた。
「あのくそ天使がぁ……。どこに行きましたか!?」
「もう殺った。ほれ、そこに……。……?」
「どこですか」
先ほど海の中に落ちた生首が撒いた血液もなく、残っていた天使の首から下も何処かに行った。
海の中に沈んだ可能性もあったが、血液が見当たらない。
先ほど戦った天使は明らかに擬似技能持ちの天使ではなかった。
更に普通よりも特殊な技能を有していた……。
先ほどの攻撃、手応えは確かにあったが、死体がない。
死体が消えるなど天使でもありえない。
となれば、まだどこかに潜んでいる。
その考えに至った瞬間、海の中から静かに天使が浮いてきた。
先ほどと同じ天使だ。
二人は即座に構えを取り、切っ先を向ける。
「──痛いです。千切られるというのは、経験したくないですね」
「不死身かあの野郎……」
「──不死? いえ、違います。他の者より、心臓が多いだけです」
水気が一気に払われた。
千切れた首も元通りになっており、調子を確かめるかのようにコキコキと動かしている。
その時にちらりと見えた双眸は、空洞だったように思えた。
「天使にしては、嫌な面だな」
「──大天使は何かが欠けているのです。僕の場合は、目玉がない」
「……大天使……?」
初めて聞く言葉だ。
天使の中にリーダーとなる存在がいるのは組織的に作られていることからなんとなく分かってはいたが、その存在を目視したのはこれが初めてとなる。
今の今まで天使について調べてきた悪魔たちでも、こんな奴がいるとは知らなかった。
というよりも、ようやく本命が出てきたようだ。
これが天使の主戦力であるのは間違いない。
話を聞けばいくらでも情報が出て来そうではあるのだが……。
二人は、始末することしか考えていなかった。
ただでさえ危険な技能に加え、単独でここに来ているのだから倒すのであれば今しかない。
魔将であるダチアと上級悪魔であるイウボラを相手にしても、まだ生きているし余裕もある。
逃げるという選択肢を取っていないことから……そもそも逃げるという選択肢を持っていないようでもあった。
「──この先には、行かせません。ここで、始末します」
「こっちも同じ考えだ」
「その通り」
ダチアが一瞬で天使の後ろに移動する。
先ほど終わったかと思われていた戦いではあったが、ダチアの能力は未だに生き続けている。
最高速度で長剣を振り抜き、同じ様に剣の腹で横っ面を殴る。
コーン。
「……あ?」
「──残念でした」
「ぐぬ!?」
天使が一気に回転し、ダチアの肩に鋭い蹴りを繰り出す。
ほぼ一瞬で海面にまで叩き落されたが、その瞬間天使が手を広げる。
「『万物硬化』」
ゴンッ!!
ダチアが海面に鈍い音を立てながら叩きつけられた。
波すらも硬化させてしまうらしく、それが突起となってダチアの背中を強打する。
「ごっへ……! 何故……!」
「ダチア様、ご無事ですか?」
「なんとかなぁ……」
硬質化された海を蹴り、再び浮遊する。
触れられはしたが技能を掛けられなかったことは幸運だ。
しかし、何故あの攻撃が無効化されたのかが分からない。
「どう思う?」
「何とも言えませんがね……。技能ですし、そういうものがあってもおかしくはありません。先程、奴は『心臓が多いだけ』と言っていましたし、あと数回は死んでも問題ないのかと」
「てことは一回は死んでるんだな」
「恐らくは。ですがあの復活は魂一つを使っての復活……。代償が大きい分、見返りも大きいのかもしれません」
「一定時間無敵、とか?」
「可能性はなくもないかと」
「厄介な」
イウボラの憶測は、正しい可能性が高い。
ダチアも手応えを感じて一度殺している。
要するに相手は残機をいくつか持っており、一つ減ると何かしらの防御バフが掛かるのかもしれない。
だが、相手は一度死んで復活している。
復活というだけで相当な対価なのに、魂一つで復活し、さらにバフも得られるとはなんだか考えにくい。
魂は、魂なのだ。
この状況だと、明らかにメリットの方が大きい。
「復活して尚且つ無敵……? さすがにそれは対価と代償が釣り合ってねぇんじゃねぇか?」
「……確かに。ということは、何か別の技能ですかね」
「結局それで片付けられちまうのか……」
それが技能というものだ。
面倒くさそうに舌打をして、天使を睨む。
こちらの話し合いを邪魔しないように待っていたのか、彼はその場を一切動いてはいなかった。
「──では、参りましょう。僕は大天使が一人、アルテッツ……。以後、お見知りおきを……とは言っても、今日で最後ですが」
「「抜かせ」」




