7.8.海の中の教会
変なことを言っているのは自分たちでも分かっているのだ。
だが目の前に広がっている景色がそれを証明してしまっている。
事実、ダチアとイウボラは海の中に潜っており、教会の周囲数百メートルは空気に包まれていた。
海の中に教会がポツンと建っており、その周囲には空気が存在しているのだ。
酸素がどうやって供給し続けられているのかは分からないが……なにかしらの技能が使われていたのは間違いない。
もしかしたら今し方ダチアとイウボラが殺した天使の中にその技能を持っていた天使がいる可能性があるので、しばらくすれば酸素もなくなり、この場の空気も消失してしまう可能性がある。
とはいえ暫くは大丈夫だろう。
と、考えてはいるのだが……イウボラは少し怪訝な様子だった。
「何故、ここに天使が保管されていたのか。そもそも、応錬たちが復活したのにどうして外に出さなかったのか……」
「タイミング待ってたんじゃねぇのか?」
「……なるほど」
『可能性はあるな。他に成果報告はあるか?』
「俺たちからは以上だな。あとルリムコオス様とアトラック様、ヤーキが分担して動いている。その報告待ちだな」
イウボラが集めた情報は、ここ以外にもいくつかある。
それを分担して担当している悪魔が何名か居り、先ほどダチアが口にした三名に加え、技能を持っている悪魔数名を側に付けている。
少数精鋭の調査部隊になっているので二人から三人で調べてもらっているのではあるが、アトラックだけは単独だ。
というより彼は悪魔の城から一歩も出ることなく調べている。
どんな技能を使えばそんなことができるんだと驚いたが、逆に言えば自分ではもう動くことができないのだ。
それだけアトラックの体は衰えているのだろう。
もし技能がなければ、既にこの世には存在していないかもしれない。
なんにせよ、これ以上の情報は他の者が帰って来るまでウチカゲたちには渡せない。
「俺たちももう少し調べてみるが、期待しないでくれ」
『承知した。ではアブスの件は頼んだぞ』
「ああ、分かった」
その言葉を最後に通信水晶の通信を切る。
それからようやく付着していた血を拭い、懐に仕舞う。
「それじゃあさっさとここを後にするか」
「そうしましょう。長居は無用ですし、もう一つ目星をつけています」
「場所は?」
「ここより南。これは……森の中でしょうか……?」
イウボラは石板を傾けながら、そう口にする。
彼が体から取り出す石板は解読に難があり、術者のイウボラでも数分から数時間を要するのだ。
今回出てきた石板は南という文字。
その奥に森のような彫刻が刻まれているだけで、あとはよく分からない建物が一つ描かれているだけだった。
解読が楽なものほど、良い情報は手に入らないことが多い。
逆に難しいほど良い情報は手に入る。
今回の場合、どこに向かえばいいのかは分かっているが、その先に何があるのかは分からない。
大雑把に描かれているものなので、もしかしたらいい情報が眠っている可能性はあった。
とりあえず南に向かえばいいことは分かったので、イウボラは石板を体の中にずぶり……と沈めて収める。
「ではダチア様、お願いします」
「ああ」
肩に担いでいた長剣を片手で持ち、ぐっと力を入れて空を切った。
その瞬間、頭上にあった海面がガバッと開き、空が見えるようになる。
それと同時に二人は翼を広げて飛び上がり、海上に飛び出した。
「あ?」
「……なるほど」
空を飛びながら、目の前に広がっている光景に眉を顰める。
そこには、一人の天使がいた。
白い衣に金の装飾。
ベールのような衣を纏っており、首には金色のネックレス。
髪の毛は長く、目が完全に隠れてしまっている。
顔は見えないが相変わらず神々しい姿の天使ではあるが、悪魔である二人からすればあの姿こそが人々を惑わす悪しき存在だという認識だ。
だが今までであって来た天使とは、雰囲気が違う。
明らかに技能を所持している天使であり、もしかしたら悪魔よりも長生きをしている存在かもしれなかった。
「イウボラ、あいつに見覚えあるか?」
「逆にあると思いますか?」
「まぁ、ねぇわな」
今ここで即座に理解できることと言えば……。
目の前にいる存在は、明らかに敵だという事。
ダチアが長剣の切っ先を天使に向け、イウボラが腕を大きく変形させて巨大な爪を作る。
敵対の意思が目で見れば分かったためか、天使も片手を曲げて指を折り込み、拳を作った。
「──悪魔、ですね」
「なんだこいつ、妙な喋り方だな……。見て分からねぇか?」
「目が、悪いものでして」
拳から鋭い光の針が四本突き出した。
その瞬間イウボラがダチアの前に躍り出て、その巨大な爪を思いっきり振るう。
ギャベンッ!!
光の針と巨大な爪が、どちらも破壊される。
「硬いですね」
「──硬すぎます」




