6.16.『真空爆拳』
一瞬、何が起こったかよく分からなかった。
周りの音が消えたかと思ったら、体を突き抜けるような衝撃が襲ってきて軽く吹き飛ばされたのだ。
余波だけでもそれだけの威力があることに驚きつつ、何とか耳を塞ぎながら体勢を立て直した。
地面を滑り、転がっていくアマリアズを膝で受け止めながら、未だに止まない突風に耐える。
何とか目を開けて前を見てみれば、奥には何もなかった。
自分の父親と思われる男性が技能を使用したところ、森が吹き飛び、大地は大きく削れて姿を消していたのだ。
もちろんこちらに突っ込んできていた天使はいない。
森や大地ごと、吹き飛ばされたのだろう。
後ろで立っていた自分たちは吹き飛ばされたというのに、彼は一切動じていない。
その場にしっかりと足を付け、拳を突き出したまま硬直している。
技能の凄まじい威力の反動で、身動きがしばらく取れなくなったりするのだろうか?
だがそういうわけではないらしい。
すぐに肩を回して、手を払う。
一仕事終えたといった風に笑ったあと、こちらに視線を戻した。
「もう大丈夫っすよ!」
「あ、アマリアズ……? 『真空爆拳』って……なに?」
「……ば、『爆拳』の上位互換……。殴った直線状の、空気を真空にして……それに『爆拳』の効果を付与するヤバい技能」
「なんで作ったん?」
「面白そうだったから……」
駄目だこの元神様。
興味本位で作ったのが最終的に自分に返ってきている。
世話ないなぁ!
「ってわわわ!? 白い君! 凄い怪我してるじゃないっすか!」
「え、ああ……まぁ……」
「ちょっと待つっすよー。『超回復』」
彼がアマリアズに触れて技能を使うと、凄まじい速度で肩の傷が癒えていった。
淡い緑色の光が消えると、既に痛覚は無くなった居たようで、とんとんと触って調子を確認する。
「あ、ありがとう……」
「どういたしまして。さて……それにしても、妙っすねぇ……。なんで俺は目覚めたんすか~? 応錬の兄貴とリゼの気配もあるし……。皆目が覚めてるってことは、何かしら事情があると思うっすけども」
え、ええっと……。
こ、これ、どうすればいいんだろう……。
ようやく自分の父親と対面している宥漸ではあったが、なかなか声を掛けられずにいる。
どう声を掛ければいいのか分からないのだ。
だが今それを暴露したとて、彼は何か思案している。
考える時間を奪っていいものだろうか、と悩んだ末、話をするのは落ち着いてからにしようと決めた。
さすがに、今のままだとどう接するのが正解なのか、分からないからだ。
とにかく……封印を解くことには成功した!
あとは他の天使をなんとかするだけだよね。
ていうか、お父さん……凄い服着てるな……?
黒い髪、好青年らしい整った顔立ちは自身に満ち溢れているようで、なんだか心強い。
服装は基本的に黒で統一されており、所々に無駄にベルトが撒かれて動くたびに音を立てている。
防御力よりも見た目を重視しているようだ。
「とりあえず応錬の兄貴と合流するっすか。そっちの方が安全のはず。二人ともいくっすよー」
「あ、はい!」
「とりあえず、私たちの目的は達成したね」
「だね」
僕が知らない所で、アマリアズはとても頑張ってくれたみたいだしね……。
気付いて応援に向かえればよかったんだけど、こっちも急がなきゃいけなかったし。
でも役目はまっとうできた!
全員揃ったしね……!
先導されて走っていくと、宝魚の原に出ることができた。
応錬の技能が空中で泳いでおり、どこにいるかがはっきりとわかる。
丁度天使を全員仕留めたようで、影大蛇を納刀したところだった。
ぼとりと黒い塊が地面に落ちる。
「張り合いねぇなぁ……」
「兄貴ー!!」
「来たな? 零漸」
薄い笑みを浮かべてこちらに振り向いた応錬は、とても楽しそうにしていた。
零漸が近づくや否や、片手を上げる。
彼もそれに倣うようにして片手をあげ、バシンと音を立てて双方の手を握りしめた。
「寝坊助め。今度はしっかり起きてろよ」
「冬の間は勘弁してほしいっすけどね! で、これ何が起きてるんすか?」
「話は鳳炎から聞いてくれ」
「あれの話難しくてよく分かんないんすよ」
「……天使が活動しはじめたから、俺たちに掛けられていた封印を解いた。それだけの話だ」
「おお、なるほど。じゃあ天使ぶっ飛ばせばいいんすね?」
「端的に言うとそうなる。ちなみにその封印を解いたのは……」
応錬がそう言いながら宥漸に目線を向けると、全力で首を横に振っている。
アマリアズはそれを怪訝そうな目で見ていたが、応錬はその真意に気付いた様だ。
咳払いをして、とりあえず誤魔化した。
(恥ずかしがり屋め。まぁいいか)
そのあと、未だに残っている天使を『操り霞』で把握していく。
残っているのは……残り二名。
この二名は明らかに技能持ちであり、相当手強いことが予想される。
なにせ、その内に一人にはよく見覚えがあったからだ。
しかし攻めて来る様子は一切ない。
どちらかと言うと、救助に向かっている様だ。
追撃してもいいのではあるが、距離がある。
それに落ち着いてきたところではあるし、攻めてきた天使をこれだけ倒せれば上出来だろう。
そのほとんどが弱かった、というのがなんとも妙なところではあるが。
「よし、じゃあとりあえず……。全員と合流するか」
向こうもそう考えていたのか、続々とこちらへと向かって集まってきている様だ。
その気配の中に、零漸は最愛の女性の気配を捉え、心を躍らせた。
「か、カルナもいるっすか!?」
「ああ、もちろん」
「早く行くっすよ!」
「走るなって……」
応錬は肩を竦めながら、前を走っていく零漸の背を見送った。
次にこちらに目線を送り、指で行こう、と促す。
僕たちはそれに従って、ついて行くことにしたのだった。




