6.7.Side-鳳炎-疑問
空高くに陣取っていた鳳炎は、全員の位置を把握しながら天使の動きを見張っていた。
彼は目がいいので遥か彼方の鼠まで目視することが可能だ。
見えている限り、応錬とリゼは既に戦闘に入ったらしい。
ずいぶん派手な技能を隣に置いて注意を引き付けたようだが、天使はそれにまんまと乗ってしまった様だ。
『炎龍』と『水龍』と『雷龍』を地面に置いて待機していたので、そりゃもう目立つ。
同時に四体と相手をしているが、今回も苦戦はしていなさそうだ。
むしろ技能を使った実験を行っているまである。
リゼの方は二名の天使とやり合っている。
だが天使は彼女の速度について来れないようだ。
四人の中で最速なのは、実は鳳炎ではなくリゼであり、応錬が眠りこけていた六年間の修行で自分が出せる最高速を維持できるようになっている。
それを教えたのは鳳炎とウチカゲなのだが、今となっては懐かしい思い出だ。
兎にも角にも、あの二人は別に監視していなくても問題はないだろう。
今気にすべきはウチカゲとカルナの方である。
天使に引けを取ることはないだろうが、なにせウチカゲは高齢だ。
今どのような戦い方をするのか把握していない鳳炎にとっては、気にせざるを得ない存在であり、カルナもしばらく戦いとは距離を置いていたらしい。
宥漸を育てていたのだから、そうなるのは必然だ。
だからこそ、まだ本調子ではないだろう。
「……しかし、相変わらず弱いな」
今しがた、リゼを襲っていた二体が倒された。
四百年前から存在していた天使がここまで弱いとなると、やはり疑問が残り続ける。
実際、鳳炎が天使を初めて見たのは……先日、目覚めた時だ。
それ以前は頑なに表には出てこなかった。
一度出てきたようではあるが、出現位置が遠すぎてお目にかかれなかったと記憶している。
だが……技能を持った天使が、あそこまで弱いだろうか?
リゼと戦っていた二体に関しては、技能すら使用せずに撃墜してしまった。
今しがた。ギョウとケンラいう鬼が天使を二人倒したが、技能らしい技能は使っていなかったように見える。
この状況で技能を使わないなんてことが、あり得るのだろうか?
「……あれは本当に、天使なのか……?」
天使の皮を被った、元は違う存在だったのではないだろうか。
そう考えてみると、次第に合点がいくように感じられた。
技能は持っているが、それこそが擬似技能で、技能の劣化版である可能性がある。
「擬似技能を付与された、天使? なんだそれは意味が分からん。……が、しかし……」
あの弱さ、無謀な突撃、戦闘経験がほぼ皆無と言わざるを得ない立ち回り。
天使も子作りをするのだろうか?
この四百年間、仲間を増やせる機会はいくらでもあったが、彼らは不死に近いはずだ。
そういう者たちには、生物にあってしかるべき器官がない。
現に、応錬と鳳炎もその仲間だ。
無性と言ってしまえば早いだろうか。
不死、不死身である場合は、子孫を残すことを制限されているように思える。
なので零漸とリゼには寿命があるのだろう。
「と、ようやっと来たか」
考え事をしていると、翼の音が耳に届いた。
ちらりと横目で見てみれば、一人の天使がこちらに向かってきている。
しかし殺気は感じられない。
今のところやり合うつもりは無いようではあるが……。
様子を見よう。
そう考えた鳳炎は天使の方へと体を向ける。
同時に天使もその場で滞空し、持っていた槍を肩に担いだ。
「戦う気がない天使とは、珍しい者もいたものであるな」
「……あんた厄介なのよ」
「ああ、良く狡いと言われるのは否定できんな」
美しい美貌を携えた彼女は、女性にしては短く切りそろえられた髪を揺らして、こちらを睨む。
相変わらず軽装備なのでどこに攻撃を当てても致命傷になりそうではあるが、どうしたことか彼女からは他の天使とは違う凄みを感じた。
こういう違和感は、放っていてはいけない。
鳳炎は警戒しながら、炎の槍を作り出す。
「で、何の用であるか?」
「引いてくれないかしら」
「引いた場合どうなる」
「霊亀を殺して終わり」
「そう聞いて『はいそうですか』と引く者は、ここにはおらん。それくらい分かっているだろう。応錬の前でそんなことを言ってみろ。本気で殺しにかかって来るぞ」
「こっちにも事情があるのよ」
なんの事情があって仲間を見捨てなければならないのだ、と鳳炎は舌を打った。
話すだけ無駄だなと感じ、炎の槍を構える。
「……事情?」
ふと、彼女の言葉が引っかかった。
事情があるということは、天使たちの間で何かいざこざが起きているのではないか、と予想したのだ。
全員が協力的であれば、事情など出るはずがない。
すべての天使が、協力的であるというわけではない?
それとも何か別の目的が同時に動き出している?
最終的な目的は同じだがその過程で何か問題があるのか?
鳳炎の頭の中で思考がめぐらされていく。
今のままでは情報がなさすぎて確証は得られないが、何かしら問題を抱えているのは確かだろう。
これが考えすぎ、というわけでないことを祈る。
「……その事情ってのを聞かせてもらえば、少しは考えが変わるかもしれんが」
「聞いても退く気はないんでしょ」
「まぁそうだが」
これ以上の話し合いは、意味をなさないようだ。
ぐっと手に力を込め、炎の槍を掲げた。




