6.5.宝魚の原手前の河原
さわさわと木の葉が掠れる音がする。
それは次第に大きくなり、川に沿って吹き降ろされる風が勢いをつけて真横を通り過ぎた。
音が遠ざかっていき、最後にはその場に静寂が訪れる。
懐かしい場所だ。
何故か今も、爆拳が発現して爆発した箇所が生々しく残っており、砕いた石もその辺に転がっている。
あれからずいぶん経つが、まさか自分が父親の上で爆発を起こしたとは、今の今まで全く知らなかった。
これは会った時にでも謝った方がいいだろうか、と唸りながら悩む。
えーっと、まぁそれは一回措いておいて……。
いや、あの……『封殺封印』……何処?
「アマリアズ?」
「言いたいことはなんとなく分かってるけど、なにかな」
「僕のお父さんどこ?」
「ごめん、ほんっとに分かんない」
「アマリアズの『空間把握』でなんとか」
「それがダメだから謝ってるんだって」
「お父さんどこだーーーー!!?」
ちょおおおおいここにきて問題発生!
いや分かり切ってはいたけどね!?
だってここに何回も来たことあるし、なんなら修行中に休憩してた場所だったし?
知り尽くしてる場所に封印されてるとか一切思わないじゃん!?
そりゃ天使も見つけられないわけだよ!
僕が分かんないんだからさぁ!!
アマリアズも懸命に『空間把握』で探したが、やはり見つけられないようだ。
大きい、とは聞いていたが、この辺に魔物らしき存在は一切いない。
応錬やリゼのように、魔物の姿で封印されているということは知っているのだが……。
「み、見つからない……どこ……?」
「せめて『封殺封印』の結界が見えたら話は変わるんだけどねぇ……。なんでウチカゲお爺さんもうちょっと詳しく説明してくれなかったのかなぁ……」
「もうみんな遠くに行っちゃったし、聞きに行くのは無理だよねー」
「無理だね」
あのあと、僕たち以外は各々好きに散開して、天使の注意を引き付ける役を買って出た。
更にあの三人は単独で行動するらしい。
未知の技能相手によくそんなことができるな、と心底感心する。
だが、それだけ自分の技能に自信があるのだろう。
勝てるという自信がなければ、そのような行動はそう簡単には取れない。
僕も見習わなければ……!
つっても、こっちには来なさそうだけど。
いや来てもらったら注意を引き付けてる意味ないからね……。
「だけど……天使って三人待機してて、更に十四人が向かって来てるんだよね。こっち七人だけど……大丈夫なのかな」
「天使のレベルに寄るかなー? でも鬼たちも、ちょっと増援としてきてくれてるみたいだよ」
「え、本当に?」
「ケンラさん、あとギョウさんだね」
「ギョウさん!? あの人よぼよぼだけど大丈夫!?」
ギョウといえば、以前寿司を振舞ってくれた鬼のことだ。
あの人が戦う姿が一切思い浮かべることができないのだが、それはアマリアズも同じらしい。
料理をする時だけは背を伸ばしていたが……。
そうでない時は腰が曲がり決まった完璧なお爺ちゃん鬼だ。
逆に心配でしかない。
とはいえウチカゲとほぼ同じ時を生きている鬼だ。
技能は持っていないが、それなりに経験は積んでいるだろう。
「……いやでもめちゃ心配……!」
「相手は技能持ちだからねぇー。ていうか、本当に何処……? 待ってたら出て来るとかそんなことない?」
「いやぁ、分かんないなぁ……」
いくら待っても、多分出てこないとは思うけどね……。
でもこのままだとマズいなぁ。
皆が注意を引いてくれてるのに、何もできずに時間だけが過ぎるのは本当によくない。
どこかにヒントとかないかな?
「とりあえず、立ち止まっててもあれだから動いてみる?」
「そうしようか。とりあえず『身代わり』かけといてもらっていい? 奇襲系の技能使われると私でも気付けないから」
「あ、了解。『身代わり』」
とりあえずこれで安心。
それじゃ、探していくぞー。
っていっても、何回も来た場所だからどこを探せばいいのやら……。
川べりを重点的に見ながら、『封殺封印』を探していく。
半透明の赤い結界なので、見つけることができればすぐに分かるはずだ。
水の中でも、それは簡単に見つけられる。
しかし、しばらく探しても成果は無かった。
木の根や石の下、川底の砂利の下などくまなく探してみたが、やはり『封殺封印』は見当たらない。
「むぅ……」
「これ、ほんとにお手上げなんだけど……」
アマリアズが乱暴に座り込む。
実際僕もお手上げ状態だったので、そのまま仰向けにどう、と倒れた。
ゴチンと頭を打ったが、別に何ともない。
良い音が鳴っただけだ。
「いやぁ……これは……」
「一度ウチカゲお爺さんと合流して、話を聞いた方が良いね。いくら急いでいたからって、謎解きさせることないでしょうに……」
「碌な説明なかったもんねー」
胡坐をかいて不貞腐れているアマリアズを、僕は横を向いて見た。
口を尖らせているのはなんだか面白い。
ォォォォ。
「…………え?」
ォォォォ。
耳が、地面に触れた途端、そんな音が聞こえてきた。
ばっと立ち上がって周囲を見渡すが、気配はない。
アマリアズの『空間把握』にも引っ掛かっていないようなので、敵襲ではなさそうだ。
「どうしたの?」
「……ま、まさか……」
僕はもう一度地面に耳を付けた。
砂利ばかりなので一度手で小石をどかし、地面に耳をぺとっと付ける。
ォォォォォォ。
以前に聞いたことのある、音だ。
極限にまで小さくなっているが、これは応錬の封印を解くときに一度聞いた音。
要するに、魔物の呼吸である。
「……ゆ、宥漸君……? まさかとは思うけど……」
恐る恐るといった様子で、アマリアズは地面を指さした。
僕はそれに、ゆっくりと頷く。
「居たわ……お父さん……」




