6.1.Side-フウリル-失敗
風が強く吹いている空を、フウリルは飛んでいた。
戦闘の傷は『再生』で治癒しているので問題はないが、なにせ戦闘時間が長すぎた。
体の節々が痛む。
これは技能の代償だ。
『感情補食』は自分には感じられない感情を食し、それを力に変える技能。
感情が大きいほど力は強くなるが、それだけ体には負担がかかる。
『再生』がなければ今頃、飛ぶこともできなくなっているはずだ。
苦い顔をしながら、風に乗って滑空する。
大地が近づき、タイミングよく翼を広げて速度を落とし、ゆっくりと着地した。
それと同時に膝へ負担がかかり、ズギリ、と鈍い痛みを覚えた。
「んん……。くそう……」
飛ぶのも辛い。
ここまでくれば追っては来ないだろうと思い、木の陰に腰を下ろす。
街道からも離れ、人の気配は一切ない。
しばらくは羽休めができるだろう。
それにしても、分かってはいたことだが邪神は強かった。
応練は本気でかかってきたように思えたが、どうにも殺気が感じられず、命のやり取りをしていると言う感覚は感じられなかった。
どちらかというと、戦い方を思い出すために、わざと手を抜いていたように思える。
もしかしたら、本人は本気だったのかもしれない。
だが確実に、本調子ではなかった。
「末恐ろしい」
リゼも、素早かった。
一番戦闘経験がないはずだが、それは既に過去の話だ。
あれも、驚異としてとらえておいた方がいい。
鳳炎もそうだ。
介入してこなければ、あの子供を拐うことは容易だったのだが……。
どちらかというと、一番厄介なのは鳳炎だ。
目がよく、頭がいいと聞く。
それに不死身なので普通に戦っても意味はないし、なにより『絶炎』が驚異だ。
当たったら負け、というのは、生半可な天使では戦力にすらならずに焼かれてしまう。
「……どうしたものか」
もう既に、三名が目覚めている。
ここで確実にリゼは始末しておきたかったのだが、希望はもうない。
大天使であればなんとかなるだろうか、と淡い期待を添えておくが、自分で駄目だったのだ。
彼らも、もしかすると負けるかもしれない。
フウリルが所持している技能は、天使のなかでも戦闘に大きく特化したもので、その実力は大天使にも認められている。
だが実のところ、彼らの実力をフウリルは知らない。
研究、指示ばかりで、戦っている姿を一度として見たことがないのだ。
だが三人のうち、一人だけは自分より遥かに強いということが解っている。
一つしか技能を持っていないというのが、その証拠。
それ以外必要がない、と技能の方もそう言っているのだ。
ふと、フウリルは空を見上げる。
強い風によって流れていく雲は、なんだか面白い。
「……帰りたくねぇなぁ……」
そう呟いた。
帰ったら他の天使に『なぜ負けた』だの『失敗したとはどういうことだ』だの言われるに決まっている。
そもそも到着が遅れたのがそいつらのせいなのに、なぜ自分が出来損ない呼ばわりされなければならないのだろうか。
自信があるのは結構なことだが、戦場にも出ず策だけ口にするのは、それこそ机上の空論だ。
全てがうまく行くわけないし、経験不足からなる策など基本的にはあてにならない。
……とはいえ、連絡しないわけにはいかないだろう。
フウリルは痛む体を庇いながら、懐に入っていた通信水晶を取り出した。
少し魔力を流すと、ぽうっと淡く光る。
すると、水晶から声が発せられた。
『やぁ、フウリル』
「どうも」
『また声が聞けて嬉しいよ。無事に任務は達成できたかい?』
「話が、違う。応龍はいると聞いていたが、何故白虎も目覚め、朱雀もいるんだ」
『……失敗したのかね』
「一人で三体を相手にするなど、俺には不可能だ」
任務成功ばかり気にするこいつは、好きではない。
足を引っ張るのが得意な引きこもりだ。
研究の知識だけはあるようだが、それ以外は役に立たない。
目的は同じだというのに、なぜこうも足の引っ張り合いが続いているのかフウリルには分からなかった。
『君には失望したよ』
「……あのさ、ずっと気になってたことがあるんだが」
聞くタイミングは今しかないだろう。
向こうで誰が聞いていようが関係ない。
このままあいつらの指示にしたがってばかりだと、こちらの損耗が激しくなるばかりだ。
であれば、この際立場をはっきりさせておく必要がある。
いつも損をするのは、機動隊だ。
これまでに何人の天使が奴らの口車に乗せられて死んだことか。
……いや、実際は指で数えられるくらいの仲間しか死んではいないが、これ以上増やせない天使なので、一人の損失は人間の国の損失と同義。
そう考えると、怒りが込み上ってきた。
フウリルは通信相手に怒気を含ませた声で、問う。
「お前らの目的はなんだ」
暫しの沈黙。
静かすぎて通信水晶の通信が途切れたのかと思ったが、そういうわけではない様だ。
必死にどう言い訳をするか考えているのだろう。
更に言葉を繋げようとしたが、残念ながら向こうから声が返ってきた。
『目的は同じだ。表面上ではな』
「チッ」
フウリルは通信水晶を投げ割った。
それと同時に、ほれみたことか、と思った。
「大体分かったぞ、くそったれめ」
道理で、邪魔をされ続けていると思った。
だが奴らの目的が分かったことで、少しスッキリとした気分だ。
すぐにもう一つの通信水晶を取り出し、魔力を流す。
するとすぐに繋がった。
やはり持つべきは、信頼のおける部下である。
『どうしましたかフウリル様』
「全軍全員その場から脱出し、宝魚の原に集まれ。説明は後で」
『りょ、了解しました!!』
バタバタと慌てる音が聞こえてきたが、すぐに通信を切った。
あと少しすれば、体調も回復する。
試しに腕を動かしてみたが、もうほとんど関節の痛みは消えていた。
一つ息を吐き、立ち上がる。
まだ若干違和感は残っているが、この程度であればもう大丈夫だろう。
行き先は決まっている。
すぐにでも宝魚の原へ向かい、霊亀の復活を阻止しなければならない。
今度は仲間も連れている。
これであれば、いくら三体が束になったとはいえ、叶うはずはないだろう。
「……計画通りとは行かせねぇぞ。キュリィ」




