5.46.次なる目的地
……すご……。
お母さんとアシェラさんの隣りで、ずっと『空圧結界』を張っていたけど……。
衝撃波はこちらにまで届いてきたし、応錬さんとあの天使の戦いは、見ているだけだとよく分からなかった。
天使の技能が見えないので、そう見えてしまっただけかもしれないけど、それにしても凄まじい攻防が繰り広げられていたということは、僕にだってわかる。
リゼさんも速かったし、鳳炎さんもアマリアズを助けるために、天使の翼を炎の槍で焼ききった。
あの速度で移動している天使に、翼当てられたな……。
それだけ、目が良かったのかもしれない。
アマリアズも、時間はかかったけど準備さえ整えば、凄まじい攻撃力を備えた『空圧剣』をあれだけ用意できていたし、知らない間に強くなってる気がする。
ウチカゲお爺ちゃんとの稽古の時、本気を出していないわけではなかっただろうけど、それでもすごかった。
……なにより、その攻撃を向けられて生き残った天使も、相当な手練れだったな……。
これからはそういう敵と戦わなければならないのだから、他人ごとでは済まない。
僕だったら……勝てるかな?
……わ、分からないな……。
応錬と鳳炎は、小突き合いながらこちらに歩いてきている。
アマリアズはリゼに保護され、一瞬でこちらに帰ってきた。
移動速度が速すぎて、伸びている様だ。
「え、ちょ……。アマリアズ、大丈夫?」
「ぅおぉぉおぉええ……。気持ち悪いぃ……」
「あ、ごめんなさい……ね?」
う、ううん……『身代わり』はまだ掛けてるんだけど、こういう移動は対処してくれないのかな?
ま、まぁ大丈夫そうだからいっか。
「それにしても……」
リゼがこちらを向いた。
僕の方をじーっとみて、微笑んでいる。
「大きくなったわね~宥漸君。カルナさん、大丈夫だった?」
「ちょっと苦労はしましたが、ウチカゲが良くしてくれたので」
「ええ!!? ウチカゲまだ生きてるの!? わぁー流石長生きね!!」
「悪魔は皆さん生きてますよ。アトラックさんは老化が早いですが」
「へぇー! また暇があったら会ってみたいわねー! 他には他には?」
「リゼ。その話は後にするのだ」
テンションが上がり始めていたリゼを、鳳炎がたしなめる。
これより先、すぐに行かなければならない場所があるからだ。
全員が揃ったことを確認した鳳炎は、腕を組む。
「前鬼の里に急ぐぞ」
「じゃ、俺はあいつら呼んでくるわ」
そう言って、応錬は少し離れた。
リックとパック、そしてラックを呼ぶのだろう。
近くにいると思うので、比較的早くに来てくれるはずだ。
すると鳳炎はアシェラとアマリアズに目線を向ける。
この中で名前すら知らない人物だったので、若干訝しんで見ている様だ。
説明を求めるようにカルナへと視線を送ると、彼女はすぐに説明する。
「この人はアシェラさん。天使によって擬似技能を無理やり会得させられた方です。今は天使の支配下を抜け、情報提供をしてもらっています。そのおかげで天使の拠点の一つを掴みました」
「そうであるか。あとで共有してくれ。で、そっちは?」
「アマリアズです。宥漸の友達で、技能を狙われていたところをウチカゲが保護しました」
「ああ、君がアマリアズか。悪魔から君についての話は聞けなかったんだ」
「あ、そう……ですかぁ……」
自分のことを説明するのは面倒くさいな、と顔に書いてある。
それが分かったのか、鳳炎は今すぐ説明を求めるようなことは口にしなかった。
協力者であることには変わりがないのだ。
それに、応錬と共に戦闘ができる技術も持っているようだし、戦力としては優秀。
今の世界の在り方的に、何故技能を持っているのかは気になったが、それは彼が気が向いたら話してくれればいい、と鳳炎は考えていた。
味方であるならば、個人の込み入った話は、できる限り聞きたくないのである。
それよりも、今はすぐにでも移動しなければならない。
キロック領の領民たちは、今戦闘音が聞こえなくなって不安に駆り立てられているだろう。
どちらが勝ったのかを、心配しているはずである。
「……アシェラは前鬼の里に保護してもらおうか」
「それが良いと思います。さすがに私たちの旅には、同行させられませんし」
「そうであるな。であれば、次は前鬼の里へ向かう。そして……宥漸」
「……え、あ! はい!」
「君の、お父さんを救いに行くぞ」
「……!」
鳳炎のその言葉は、嬉しかった。
ようやく、知らなかった自分の父親と会えるという機会にめぐり合わせてくれたのだから、確かに嬉しいという感情がそこにある。
しかしそれ以上に……なんだか、怖かった。
「……宥漸、どうした」
その表情の変化に気付いた鳳炎が、心配する様に声をかけてくれる。
カルナもどうしたのだろうか、心配そうに見ていた。
だがすぐに、カルナは僕の戸惑いの理由を理解したらしい。
「……いや、あの……」
「む、初対面の人間に言えるようなことではなさそうだな。すまん、軽率であった」
「あっいや、そうじゃなくて……」
「鳳炎、貴方なんでそういうところ気が回らないわけ……? 頭いいのに。頭いいのに」
「二度も言うでないわ! ではリゼなら何か分かるというのか?」
その言葉にカチンと来たらしい。
にこやかな笑顔のままリゼは鳳炎に近づく。
「今まで知らなかった父親に会いに行こうって言われて、どういう面して会えばいいかわかる訳ないでしょうがっ!」
「痛った!!」
弁慶の泣き所に思い切り蹴りをかます。
不死身であってもこういう痛覚はしっかりとあるようで、蹴られた箇所を押さえて悶絶した。
その後散々『デリカシーがない』だの『相手の気持ちを考えろ』など、リゼから普通に説教を喰らい続けた。
こちらとしてはどういう顔をすればいいか分からず、苦笑いを浮かべて見守っているしかなかった。
だが、リゼの言う通りだ。
自分の父親に会うのは確かに楽しみではあったが、今まで一度も会ったこともなく、話も最近になってようやく知って、どういう人物かも、まだよくわかっていない。
いうなれば、他人に会いに行くような感覚だ。
そして出会った人物が、自分の父親だという現実を、未だに受け止めきれていない。
真正面から会えば、何か変わるだろうか?
本当に自分の父親だと、心から理解できるのだろうか。
それが心配で、ならなかった。
カルナはその心境を察知したが、自分は彼をよく知っている。
だから宥漸が抱えている不安を取り除ける言葉を掛けられる自信が、今はなかった。
声を掛けようとして、口を噤む。
だが何か声を掛けなければならないと、意を決して口を開きかけたとき、隣にいるアシェラが宥漸に声を掛けた。
「君は、自分のお父さんを知らないの、ですか?」
「……ぁ、はい……」
「私はその反対でした。自分の息子を知らなかったんです」
「あ……」
アシェラは、生まれたばかりの子供と共に、天使に連れ去られた。
彼女は眠りにつき、子供は意識があるまま人体実験を行われていた。
だからこそ経った月日を覚えていたのだ。
しかしその月日を、アシェラは知らない。
一生を過ごし、成長を楽しむ過程をすべて奪われてしまい、今に至っている。
彼女の言う通り、自分とは真反対の立場にいる、と思った。
「あの子は二十歳くらいの姿で、成長が止まっていました。見た目だけで言えば同い年くらいで、教えられても自分の息子だとは思えなかったんですが……。やっぱり似てるんですよね、夫と」
それでも、他人とは思えなかったのだという。
今自分の目の前にいる人物こそが、腹を痛めて産んだ自分の子供だという、確かな確信があったらしい。
それは、息子の方も同じだった。
「会えば、分かります。大丈夫」
僕はしばらくアシェラを見ていたが、しばらくして小さく頷いた。
まだ納得できたわけではないが、やはり会ってみなければ、分からないことも、あるのだ。
「よし。応錬! まだか!」
「もう来るよー」
翼が羽ばたく音と、大地を蹴る音が聞こえてきた。
今から向かうのは前鬼の里。
もう戻ることになるとは思っていなかったが、しっかりとした目的がある。
ウチカゲが上手くやっていれば、ガロット王国の兵士は撤退しているはずだ。
あとの脅威は天使だが……奴らが何かしでかす前に、到着しなければならない。
ということで僕たちは、ラックの背中に乗ることになった。
因みに……飛ぶらしい。
「「えっ」」
「ラックに乗るのは宥漸とアマリアズ、カルナ、アシェラでいいか。もう目立ってもいいみたいだし、俺は『水龍』で移動するぞ」
「私は自分で走った方が速いから走るわね」
「「……えっ!?」」
僕とアマリアズは、強制的にラックに乗せられてしまったのだった。




