5.43.お前には分かるまい
大きく翼を広げ、風を掴んで一気に押し出す。
風に乗って滑空し、更に速度を上昇させながら応錬目がけて突っ込んでいく。
「お!」
応錬の構えが変わった。
霞の構えに腕を持ち上げ、切っ先は足元へと降ろしている。
天使が突っ込んでくる直前、クッと刃を一気に持ち上げて真横からの斬撃を繰り出した。
しかし、距離としてはまだ射程範囲外。
もう少し天使が近づいて来なければ当たらないはずだったが、刃と刃が交わり、甲高い音が鳴り響く。
まるで、見えない剣の攻撃を防いだかのように。
「っ~!! とととと!」
「これに気付くか!」
「気付いたのは俺じゃねぇけど……なっ!!」
バチッィ! っと大鎌を弾き、大きく踏み込んで追撃する。
フウリルも逃げることなくそれに立ち向かい、何度か刃を交えると大地に斬撃痕が幾つも発生する。
フウリルの自動技能『八連撃』。
一度の攻撃で八回の攻撃を繰り出してくれる技能ではあるが、その精度はまちまちだ。
とはいえ牽制にはなるし、当たったら儲けものと考えているので、彼自身もそれに頼った戦い方はしない。
しかし応錬は自身にあたる斬撃をすべて弾き返していた。
三尺刀を巧みに操りながら、足捌きで回避しながら、更に攻撃をたたみかけるという立ち回りを常にしている。
そのためフウリルも狙いを何度か修正しなくてはならず、大鎌を二度、三度空ぶった。
「『多連水槍』」
「『風拳』」
大量の水が出現し、槍が生成されてフウリルに向かっていくが、負けじと技能を発動させてそれを一つ一つ丁寧に落としていった。
そのあとにも、応錬は『水連糸槍』、『天割』、『水龍』、『炎龍』といった高火力の技能を何度か発動させたが、見えない拳、見えない剣というのは厄介なもので、フウリルは応錬と刃を交えながらも防衛を完璧にこなした。
フウリルが渾身の一撃を振るえば、それに倣うようにして八つの斬撃が応錬に向かう。
運よく八つの斬撃が当たりそうになるが、それを見事に弾き返して、作りだした『水龍』を後ろから襲わせる。
しかし見えない打撃によって『水流』が崩さると同時に、応錬の肌に嫌な感じが走った。
咄嗟に白龍前を振るうと見えない剣がぶつかって弾き飛ぶ。
自身の周りに『多連水槍』を展開して防御に回し、『水龍』と『炎龍』で攻撃を担う。
更に自分も踏み込んで攻撃に加わるが、フウリルの技術もなかなかで、そのすべてを受け止め、対処する。
技能と技術のぶつかり合いが何度も繰り返されたが、これは一分にも満たない戦闘だ。
しかしとてつもなく激しい攻防。
両者は息を切らすことなく、腹に力を入れてダンッと踏み込み刃を交えた。
「はぁっ!!」
「ほっ!」
ギィンッ! ザザザザザザッ!!
鍔迫り合いへともつれ込み、若干応錬が押してフウリルが滑る。
しかしすぐに止まり、足を踏ん張って押し返した。
「やるじゃねぇか!」
「ふん……!」
「天使とまともにやり合うのはこれが初めてだが、他の奴らもお前ぐらい強いのか?」
「私ほどの者は、ほとんどいないだろうな。あったとしても精々、サポート面で優秀な技能くらいだ」
「じゃあお前倒せば他は何とかなるわけだ」
「抜かせ邪神。技能をなめるなよ」
「そりゃそうだ」
応錬が影大蛇に手を伸ばした。
そのため今は片手で白龍前を支えているというのに、押し返しても微動だにしない。
マズい、と思い即座に『風剣』で攻撃をするが、読まれていたらしい。
空から『多連水槍』で作った水の槍が一本落ちてきて、攻撃を弾かれてしまう。
「はっ!!」
「ぐぬ……!」
至近距離で鍔迫り合いをしていたため、刀身を振り抜くことは叶わなかった。
しかし、柄頭で腹部に突きを繰り出すことくらいは、できる。
それは見事にめり込み、フウリルは腹を押さえながら後退した。
「チィ……!」
「やっぱ武器を通すと『波拳』は意味ないか。『防御貫通』は適用されるようだが」
「……おい、邪神」
「?」
「あのガキは、何者だ」
フウリルは、目だけどアマリアズへ向けた。
凄まじい攻防のせいで入る隙を完全に見失っていたため、今は少し離れた場所で再び『空気圧縮』を作っている。
「それに答える前にこっちの質問も聞いてほしいんだがよ。お前ら何が目的なんだよ。擬似技能作って何をするつもりだ。戦力強化か?」
「そこまで知っているのか……。であれば尚更、早く始末したいところだが」
「答える気がないのであれば、こちらも答えはしないが」
「言ったところで、お前には分かるまいよ」
フウリルが翼を広げた。
その視線は、アマリアズへと向けられている。
どうやら攻撃対象を変更するようだ。
そうはさせるか、と応錬は一気に踏み込んで接近したが、フウリルは、動かなかった。
否、動けなかったのだ。
「ちょっと応錬。時間かけすぎ」
「うわ、リゼお前邪魔すんなよ……」
ザン、ザン、ザンッ!
手刀でフウリルの白い翼を一度攻撃すると、続けて二度、同じ攻撃が翼に加えられた。
同じ場所に相当な威力で手刀を繰り出され、片方の翼が完全にへし折れる。
フウリルは目を見開いてその現実に驚いていたが、すぐにキッとリゼを睨んだ。
しかし、彼女は既にその場から退散していた。
いつの間にか応錬の側に立っており、痛そうに手を振っている。
すぐに『大治癒』を掛け、痛みを和らげた。
「あてて……」
「勿体ないな、おい……。ていうかリゼ、お前強くなってね?」
「あのねぇ。あんたがね、六年寝てて、私たちが、成長、してない、わけ、ないでしょうが!」
「スンマセン」
ゴホン、と咳払いし、フウリルを見る。
すると、翼は既に治癒されていた。
「……回復技能も持ってんのね」
「三人相手は、堪えるな」
両手で大鎌を持ち、構える。
応錬、リゼ、アマリアズの順に目を配ると、小さく息を吐いた。
「しかし、捌けないことはない」




