5.40.『感情捕食』
一歩、応練が前に出た。
それに続いてアマリアズも『空圧剣』を手にして前に出る。
「おいおい、俺がやるから下がってろって」
「私にも色々あってね。是非とも倒したいんだけど」
「……まー、別にいいけども」
「それはよかった。宥漸君、『身代わり』お願いできる?」
「かけたまんまだから大丈夫だよ」
「お、ありがたい」
これは、僕たちは下がっておいた方がいいかな。
お母さんたちを護衛しよう。
とりあえず『空圧結界』を展開しておいて、防衛に徹する。
これで比較的安全……だよね?
応練さんとアマリアズが前に出るんだから、ちょっとこれだと心配かも。
まぁさすがに気を付けてはくれると思うけどね。
そんなことを考えながら、二人の背中を見送った。
応練は白龍前を手にしたまま、ゆったりとした足取りで静かに、足を動かしている。
「アマリアズ、あいつ知ってるのか?」
「いいや、知らないよ。でも分かるでしょ?」
「……まぁな」
空を飛んでいる天使に目を向ける。
彼は相変わらずこちらを見つめているが、手を出そうとはしていない。
それがやけに胸騒ぎを起こしていたが、技能とは手の内が分かるまで対処はできない。
天使の技能であれば尚更だ。
いったいどれ程特殊な技能を持っているのか分からないのだから、迂闊に攻撃はできない。
恐らく、それはあの天使も同じなのだろう。
こちらが手を出してくるのを、虎視眈々と待っている。
先手を打つことが不利になることもある技能ではあったが、残念ながら攻撃の選択肢が山ほどある応練には、この駆け引きは全くの無意味だった。
「『多連水槍』」
ズォッと持ち上がった水が一斉に槍の形をとる。
先程地面に吸い込まれた水分を使ったので、創造速度が異常に速かった。
作り出された槍の数は四百程度で、応練としては少し不服だったが、まぁいいか、と気にせずにそれらを操る。
槍の穂先が向けられると、天使は眉を潜めた。
まばたきしたと同時にそれが向かってきたからだ。
だが、慌てはしなかった。
すっと腕を上げ、手を払う。
その瞬間、向かってきた槍が全て横へと吹き飛ばされる。
衝撃で多連水槍が解除され、普通の水に戻って地面に吸われて消えてしまった。
「……お?」
「あれは……『風拳』か!」
「なんじゃそりゃ」
「見えない拳って思ってくれたらいいよ」
「うわ、面倒くさいな」
「ちなみに大きさは自在に変えられる」
「面倒くさいな!!」
今の攻撃を見ただけでも、攻撃範囲が非常に広いということは分かった。
約四百本の槍をすべて殴り飛ばしたのだから、『風拳』で作り出した拳も相当大きいはず。
そして残念なことに、その技能は応錬の『操り霞』、アマリアズの『空間把握』では捉えることができなかった。
「え、これやばくねぇか?」
「だから言ったでしょ。その刀を抜くに値する敵だって」
「奴さんも本気って訳か。それじゃ、こちらも本気を出さないとな」
応錬が構えを取った。
白龍前を脇構えに下ろし、狙いを定める。
すぅ、と軽く息を吸い、ひょっと音を立てながら吐きだしたと同時に、白龍前は空を切った。
脇構えからの大振りは力強く、そして丁寧に振り抜かれたようで空を切る音が甲高く聞こえた。
「『天割』」
ゴウ、と音を立てながら『天割』の斬撃が天使へと直進した。
その攻撃を見た領民たちは目を瞠って驚きを露にする。
体を震わせて怖がっている者もいるようだったが、そんな彼らの頭から、また黄緑色の靄がふわっと浮き上がった。
「『風拳』」
パァンッ!!!!
甲高い音が鳴り響き、周囲に突風が吹き荒れる。
なにが起こったかよく分からなかったが、前を見てみれば、天使は無傷だ。
あの場所から一切動いておらず、それどころか人間たちから浮き上がって靄をまた一塊にして、パリパリと食べている。
どうやら、攻撃は防がれてしまったらしい。
あれは一体何なのか。
人間たちを見てみるが、身体に異常が現れるようなものではなさそうだ。
だがあれは技能。
なんにせよ、術者本人には何かしらメリットのある行動であるはずだ。
「おいアマリアズ、あれはなんだ?」
「……心当たりはある」
「そりゃ凄い。で?」
「でも、多分私たちじゃ、あの技能を止めることはできないと思う」
「なんで」
「……『感情捕食』。要するに、人間の感情を食って、力に変えてる。あれを止めるには、人間を殺す必要がある」
「ああ、そりゃ無理だ」
応錬は説明を聞いた後、強く舌を打った。
さすがに人間には手を出したくない。
殺してしまったが最後、確実に悪党というレッテルが張り付けられるからだ。
天使に味方して襲ってきたあの人間たちは、カウントしていないが。
「数の暴力じゃ無理なのね。だったら、風でも吹き飛ばされないようなものを作るしかねぇな」
「私はそういう技能持ってないからよろしくね」
「おうおう、任せろ。『土地精霊』」
大地に魔力を浸透させる。
次の瞬間、領民たちの眼前に巨大な土の壁を形成した。
大地が揺れ動くので彼らは立っていられなくなったが、これでこちらへの視界と、爆撃を防ぐことができるようになったはずだ。
天使がそれを見て眉を顰めた。
人間たちの感情は、視界を通すことで膨れ上がる。
聞いているだけでは何が起こっているのか分からないため、先ほどよりも感情の起伏は浅くなる。
「もう、私の技能の本質に気付いたか。さすが邪神」
こちらとしても、人間を減らされるのは困る。
だが向こうも人間は殺しにくいはず。
そう思って誘導し、前線へ出したまでは良かったが、どうやら彼らを少しばかり侮っていたようだ。
「では、前に出よう」
翼を閉じ、自由落下する。
猫の様にすとん、と着地し、軽く飛んで翼を広げた。
一度翼を動かすだけで風を掴み、ぐんっと速度を上げて応錬たちへと接近する。
巨大な大鎌を振り上げ、肉薄すると同時に、振り抜いた。




