5.36.凍結と静電気
視界の中に氷が見えた瞬間、周囲が急激に冷え込んだように感じた。
二人は同時に身震いし、魔法袋の中から更に厚手の外套を出して着こむ。
しかしそれでも寒さが和らぐことは無く、袖や首から微かに入ってくる冷気に驚きながら身を強張らせた。
「さっささっっむ!! なな、なにこれ!?」
「じゅ、十中八九リゼって人のせいでしょ……! なんであの人たちは環境を変えるんだ……!」
「こっこれも魔力が、げげ、原因なのかな……?」
「多分ね」
いや寒すぎ!!
氷が張ってるからそれくらいの温度になってるのは分かるけど、それにしても寒すぎる。
何枚着こんでも肌に突き刺さるような冷気が撫で、体の芯から冷やしていくようだ。
だがここで立ち止まっているわけにもいかない。
足元に気を付けながら歩いていくが、時々滑って転びそうになる。
道がデコボコしているので氷の張り方も不均一だったが、奥に進むほど温度は低下し、氷は壁中に張り付いていた。
まるで冷凍庫だ。
このような環境では魔物はおろか虫すらいないだろう。
実際、アマリアズの『空間把握』にも、僕の気配感知にも一切引っ掛かるものはいなかった。
しかし、奥の奥、この洞窟の最奥。
そこに何かが鎮座しているということだけは分かった。
まだまだ離れているのだが、気配を一切隠すことなくその場で寝ている。
あれが、リゼ、という名前の魔物なのだろう。
「……いてっ」
「え?」
「いや、静電気が……」
厚手の服を着こんだことで、静電気が発生しやすくなってしまっている様だ。
アマリアズからパチパチッという音が聞こえていた。
僕からもその音はなっているようだったが、特になんともないので支障は無い。
しかしそれも、奥に進むにしたがって頻度が上がり、ついにはバチンッ! という大きな音を立てた。
「いいってぇ!!」
「え、ちょ……。アマリアズ、大丈夫?」
「……ごめん宥漸君、私に『身代わり』かけてくれない?」
「あ、分かった」
『身代わり』を使用すると、何度か静電気がバチンバチンとなったが、なんともなかったようで、アマリアズはほっと胸をなでおろした。
さっきのは相当なダメージが入ったのだと思う。
しきりに腕をさすっているし、結構痛かったんだろうな。
ま、これでまた進めそうだ。
「どわっ!!」
「……足元、気を付けてね」
「むぅ……」
こ、こればっかりは技能で何とかできないから面倒くさいな……。
ていうかリゼさんこの洞窟変えすぎでしょ!!
さっさと封印を解いて帰ろう、そうしよう!!
それから何度か転びそうになりながら、奥へ奥へと進んでいく。
すると、少し開けた空間に出た。
氷の結晶が幾つも立っており、それらすべては鋭利に尖っている。
そして氷が張っているところでは、青白い静電気が走り回っており、僕たちにぶつかっては大きな音を立てて弾ける。
カンテラの明かりだけが頼りなので、その全貌は見ることができないが、この空間の中央に、リゼという人物がいるということは分かった。
僕とアマリアズは顔を見合わせてから、ゆっくりと進んでいく。
すると、半透明の赤い結界が見えた。
よく目を凝らして中を覗いてみると、そこには、青白い虎がいた。
大きさは四メートル程だろうか。
尾を合わせるともう少しあるかもしれないが、今は丸くなって寝ているのでよく見えない。
青と白を掛け合わせたような美しい毛並みをしており、虎にしては毛が長かった。
爪と牙は鋭利で、少しギザギザがあるように見える。
寝ているが、既に厳格な風貌を携えており、これが起きたところを想像して、少し怖気た。
そこでアマリアズに肘で小突かれる。
しゃんとしろ、といっている様だ。
彼は魔法袋から毒を払いのける魔道具のカンテラを取り出し、その場に置いた。
スイッチを入れると、ブンッという音を立てて何かが広がったように感じる。
その音を聞くと、アマリアズがマスクを外した。
すんすん、と匂いを嗅いでいたが、大丈夫だということが分かったようで、親指を立てる。
「正常に起動してるっぽい」
「じゃあ大丈夫だね。これでリゼさんが起きても、毒に侵されない、と」
「うん。じゃ、あとはよろしくね」
「分かった」
懐から魔道具を取り出す。
魔力蓄積装置は今も赤い線が走っており、中に蓄えられている魔力の膨大さを教えてくれていた。
軽く手に握り、もう片方の手の平を結界に向ける。
「『決壊』」
魔力蓄積装置の赤い線が、黄色に変わった。
それと同時に、半透明の赤い結界が、溶ける様に消えていく。
「……」
「……」
目の前にいる白い虎が、ゆっくりと、目を開けた。




