5.35.擬似技能
アシェラは薬物を投与し続けられる実験のみを行っていたと口にしていたはずだ。
なにか技能を掛けられている可能性はあるが、それしか覚えがないというのであれば、擬似技能は比較的簡単に獲得できるようになっているかもしれない。
技能とは、危険すぎるもの。
小さな子供でも、それを持っているだけで数百人の人の命を奪う凶器となってしまう。
訓練も、特訓も、魔力制御もなにもせずに獲得できるもの、それが“技能”なのだ。
とはいえ、そう簡単なことでは、そのような薬物は作れないはず。
「代償なしに擬似技能を作れるとは思えないけど……」
「僕もそう思う。それを薬でって……どうやるのさ」
「それが分かったら苦労はしないんだけど、とにかく媒体になる物が必要になると思う。敵の技能を封じる技能は作った覚えがあるけど、敵の技能を奪い取り、更に他の人に付与するような技能は作っていないはず」
そうだよね、そんなのあったら困るよ。
ていうかそれが実在したら、この事件の真相解決できちゃいそうだしね。
でも、天使は長い年月をかけて、擬似技能を作る技術を確立させて、更に人間に擬似技能を付与する方法まで確立させたのか……。
敵だけど、この技術には凄いと言わざるを得ない。
これ何とかしないといけないって、面倒くさいんだけどぉ……。
それはアマリアズも思っている事らしく、頭をガシガシと掻いて『めんどくせぇ……』と呟いていた。
そう言いたくなるのも、分からないでもない。
とはいえ、今はその大きな問題に取り掛かるのは無理だ。
悪魔と一度、情報を共有してからでなければ、碌に動くこともできないだろう。
アマリアズは手を軽く振って話を区切る。
次の懸念点を上げるため、三本の指を立てた。
「私が作った天使は三人。知らない間に増えていたのが二十四人。計二十七名は昔ながらの力を持つ天使で、他は少ない技能しか持っておらず、更にその技能レベルも低い個体」
「それが、さっき戦ってた奴らなんだね?」
「うん」
結構数多いんだな……。
ううん、でもあの感じは確かに弱かったし……。
なにより、キュリィはタタレバを瀕死にまで追いやる実力を持っていたんだ。
あれが本物の天使ではないということは、それで分かる。
だけど増えた天使、か。
「増えた天使ってのが気になるね。さっき戦ったのは、アマリアズも知らない天使だったんだよね」
「そうだね。技能を知らないし、何より弱い。四百年前からいる天使だったら、私の使っている技能は即座に理解できるはず」
「なんか、その技能結構いい判断材料になりそうだね」
「あ、確かに」
アマリアズの『空圧剣』の特徴を知っているか知っていないかで、相手の技量を見定めることができるかもしれない。
アマリアズが知っている二十七名の天使は、それを知っているはずだ。
だが、やはりそこでも分からないことが浮上する。
技能を知らない天使は、何故技能を知らないのだろうか。
天使が天使を増やすということはできたそうだから、それと同じやり方で増やすことはできたが、技能は授からなかった?
だから擬似技能を作って味方の強化を図っている?
……ううん、考えても予想しなできないな……。
まだはっきりとした目的は分からないけど、拠点は分かったんだ。
そこに向かえば、絶対手掛かりがあるはず。
「リゼさんを助けたら、そっちに行くのかな?」
「いや、それはないかな」
「そうなの?」
「まずは君のお父さんを助けないといけないからね。いつまでも封印されてる状態で放置しておくと、今度こそ天使に一本取られて封印を解かれかねないし」
少しため息交じりに、アマリアズはそう言ってくれた。
楽しみではあったが、なんだか怖くもある。
結局自分の父親がどんな人だったか、応錬に聞くことができていないので、想像がつかなかった。
嬉しいような、不安なような。
今どんな顔をすべきか分からず、微苦笑を浮かべて流しておいた。
それに気付いたのか、それとも気付かなかったのか分からないが、アマリアズは小さく笑ってようやく足を動かし始める。
二人の時だけしか聞けない会話はアマリアズの頭の中にある情報を整理するのに十分だったようで、眉間の皺はいつの間にか消えていた。
しかし忘れてはいけない。
ここに来た目的は、リゼの封印を解くことだ。
洞窟の奥に進むたびに、パチパチと静電気の音が聞こえてくる。
目を凝らしてみてみれば、地面に青白い電気が走っていた。
その付近には、毒を持っているであろう魔物や昆虫が転がっている。
加えて、温度が下がってきているということにも気が付いた。
アマリアズは普通の人間なので感覚が敏感だったらしく、ずっと前から肌寒さを感じていたという。
今は外瘻を魔法袋から引っ張り出して、それを羽織っている。
「おわっ!!」
ツルンッと足を滑らせ、盛大に転ぶ。
特になんともないが、地面に体をぶつけた衝撃は残っていた。
「え、大丈夫?」
「びっくりした……なに……?」
服についた汚れを払いながら、地面を照らしてもらうと、そこには氷が張っていた。




