5.30.情報共有
応錬が骸を漁っている。
だが大したものは出てこなかったようで、落胆した様子で息を吐いた。
そこで僕たち三人が近づいてきているということが分かったようで、こちらをゆっくりと向く。
いつも通り笑顔で軽く手を振ってくれたが、その目にはなんだか影が落ちているように見える。
少しばかり怪しい雰囲気を纏っているのが気になったが、近づかないわけにもいかない。
話をする為に、走る速度を緩めることなく近づくと、カルナが応錬に掴みかかった。
「お、応錬さん! こ、殺してしまったんですか!?」
「えぁ? ……ああ。腹が立ったからな」
「……遅かった……!」
カルナが落胆する。
天使を殺してはいけない理由があったのだろう。
心配になって、応錬はおずおずと聞き返した。
「え……なんか、ヤバかったか?」
「天使はこの事件のすべてを応錬さんのせいにしようとしています。自らが邪神の復活を阻止し、このキロック領を守ろうとした、と領民に主張しているんです」
「はぁ!!? あいつらが壊したんだろ!?」
「だからそれを使って、貴方に罪を被せようとしているんですよ! 今、キロック領民たちは、天使が命がけで邪神と戦っていると思っています。だから、天使は殺してはならなかった……」
「ああ、そりゃそうか。殺しちまったら、マジで俺が悪い奴に見えるだろうからな」
応錬が苛立たし気に、乱暴に頭を掻いた。
天使は初めから、こうするつもりだったのだろう。
爆弾によってポトデラダンジョンに眠っているリゼを生き埋めにし、簡単には復活させられないようにするついでに、キロック領を破壊して邪神復活のせいでこうなった、と領民に刷り込む。
これで天使の息がかかった者たちの完成だ。
応錬たちがここにいるのは予想外だったのだろうが、より現実味を帯びる結果になってしまったので、恐らく今から弁解しようとも、誰もこちらの言葉には耳を貸すことはないだろう。
天使は無事に、キロック領の領民を手中に収めることができたわけだ。
勢力が増えたのは少しではあるが、ここはオーラム王国の領地であり、いずれ本国にもこの話は伝わり、さらに勢力の増強に繋がってしまう。
厄介なことになったが、そう簡単には話は伝わらないだろうし、すぐに動き出すことはない。
今のところは、新しい敵の心配はしなくてもよさそうだ。
とはいえこの調子で近隣諸国の国を天使の勢力下に置かれるのは、望ましい事ではない。
なんとか状況を打破する必要はあったが、今はこちらにも、やらなければならないことがある。
まだ情報が少なすぎるのだ。
アマリアズが、僕が担いでいる女を指さして応錬にお願いをする。
「応錬さん、この人治療してくれない?」
「……だれだそいつ」
「擬似技能を天使に付与されていた人」
「「!!」」
応錬とカルナが一瞬警戒したが、アマリアズがすぐに『操られてた人だから、無害のはず』と言って説得した。
応錬はしばらく女を見つめていたが、重要な情報を持っている可能性は十分にあるし、この四人が揃っているのであれば問題はないだろうと思い、僕に女を下すように言って『無限水操』で手だけを拘束してから治療を開始する。
「『大治癒』」
ぽうっと緑入りの光が女を包み込んだ。
それはすぐに消えてしまう。
これで治療は完了したようだが、目は覚まさなかった。
それなら一度、彼女を捕まえた経緯を聞こうと、応錬がアマリアズに問う。
「で、こいつどうしたんだ?」
「教会で調べ物してる時に襲ってきたんだよ。『剛槍』っていう槍投げ技能だったね、あれは。それと『槍造』っていう槍を召喚する技能も持ってたよ」
「二つもあったのか。今の人間が技能を持つことはないんだよな?」
「ないはずだよ。カルナさんみたいな例外がない限り」
「じゃ、擬似技能の可能性が高いわけだ」
うぅん……お母さんの方では、キロック領での天使の目的が分かって、僕たちの方では擬似技能を持ってるかもしれない人間を確保できた、と。
それとあんまり意味ないかもしれない、教会から拝借してきた資料。
これは後日ゆっくり調べよう。
天使の目論見通りになってしまったのは痛いけど、ポトデラダンジョンはまだ壊れていない。
壊れる予定もないので、あとでリゼっていう人は助けられるはず。
天使がポトデラダンジョンに入る予定がないと分かったのであれば、そこまで急ぐ必要はないしね。
えーっと、だったら……。
「あの、応錬さんの方では何か分かりましたか?」
「ああー……。そうだな、俺が戦った天使は、弱い」
「弱い?」
この人からすれば誰も彼も弱いっていうくくりに入ると思うんだけど……。
どの基準で弱いって言ってるのか分からないから、判断しにくいな。
「ええーと……」
「技能が少なすぎるんだよ……。天使のくせに。あいつら一人に一個か二個しか持ってないんじゃねぇか?」
「すっくな!! え、本当に!? 応錬さん、それ本当!?」
「や、やけに食いつくな……。本当だ。耐性はどうか知らんがな。一人は追跡する投擲技能、もう一人は『足止め』とかいう技能で、もう一人は『無差別反転』っていう自分が追ったダメージを無差別に喰らわせるようなやつだった。そのせいで逃げてた人間が死んだんだよ」
応錬はそう言って、親指でその技能を使っていたであろう天使を指さした。
だがそこには、赤い血だまりしか残っていない。
微かに白い部分も見えるが、大半は真っ赤に染まっていた。
「……え? なんですかあれ」
「天使」
「見る影もないんですが?」
「ちょっとキレちまったので本気出しました。以上」
「うわぁ……」
一体何をどうしたら見る影もなくあんな風にできるのだろうか。
想像しただけで寒気がして、半歩だけ下がった。
「うぅ……」
「おっ」
女が、目を覚ましたようだった。




