5.28.擬似技能
分厚いコートを羽織り、腰辺りで帯のような布で縛っている。
手袋も分厚く、耐水性のありそうな長靴をはいていた。
まるで真冬の防寒対策をしているかのようだ。
目の前にいる人物はどうやら女性であり、胸元がやや膨らみを帯びていた。
細身ではあるが鍛錬をしている為体格が少し良く見える。
紫色の髪の毛は長く、腰まであるようで風に吹かれて靡いていた。
天使の技能では無いということに驚いたものの、昔にも人間が襲ってきたことはあったので、すぐに戦闘態勢を整えて集中する。
先ほどの槍は攻撃力こそ高いが、応錬のような『防御貫通』能力は持ち合わせていない。
なので往なす、耐えることは容易であった。
アマリアズにも『身代わり』を掛けているので、何かあっても問題はないだろう。
なので、多少は無茶な戦い方をする事ができる。
ゴリ押しが一番得意な戦い方なんだけどね。
というか……。
「人間だね」
「絶対魔道具で強化してるでしょ、あれ」
「テキルって人の魔道具だっけ? すごいよね」
「感心してる場合じゃないみたいだけどね」
僕とアマリアズが話している間にも、相手は手の中に槍を作り出す。
アマリアズの『空圧剣』と似たような作り出し方ではあったが、彼女が作り出した槍には実体があった。
似て非なる物であることは間違いないが、思考を巡らせている暇はなさそうだ。
女がぐんっと槍を掲げて、投げた。
投げ方は適当ではあったが、手から槍が離れた途端速度が急速に上昇し、風を切りながらこちらに向かってくる。
僕が前に出て槍の穂先を殴ると、機動を変えて後方へと飛んでいった。
だがそれは物凄い威力を持っており、数十件の家屋を貫通していく。
破壊音が小さくなって、ようやく静かになるが、一体どれほど飛んでいったのかは分からない。
だが、アマリアズは分かったようだ。
「あれ、二つの技能使ってるね」
「そうなの? ……ていうか、技能?」
アマリアズは“魔法”ではなく“技能”という言葉を使用した。
それがどういう意味かすぐに理解し、眉を顰める。
まさかあれも、四百年前から生きている人物だというのだろうか。
だが、アマリアズは首を横に振った。
「擬似技能ね。なるほど、よく分かった」
聞き覚えのある単語が、彼の口から零れた。
確かそれは、魔族領で応錬の封印を解いた後、彼が読めない羊皮紙を解読した時に口にした単語である。
「……四天教会がやろうとしてること……?」
「その通り」
飛んできた二つ目の槍を『空圧剣』で叩き落したアマリアズが、舌を打つ。
「魔法の上位互換で、技能の下位互換。それが擬似技能ってわけだ。んで……それは人間に埋め込むことができる、と」
「ていうことは天使以外にも、強い敵が来るかもしれないってことだよね?」
「そっそ、そういうこと。もしかしたらこれは実験なのかもしれないけどね」
「試運転的な?」
「何処までできるか確かめたかったのもあるんだと思う。だからどこかに……」
アマリアズが僕の背に隠れる。
槍の攻撃は任せた、と言って、目を瞑って集中しはじめた。
僕はその間、飛んでくる槍を何度か弾き、時には掴んで投げ返そうとしたが、さすがにそれは難しい。
結局手を離してしまい、後ろの方へと飛ばしてしまう。
そこでアマリアズが何かを見つけたらしく、目を開けて一点を見つめた。
握っていた手を開き、半透明の小さな球体を摘まみ、それをぽーんと上に放り投げる。
「宥漸君! あれを向こうに!」
「えっ!? りょ了解!」
急に言われて驚いたけど、即座にアマリアズが指差す方向を見定め、握り拳を作って半透明の小さな球体が落ちて来るのを待った。
タイミングを合わせてそれを殴り飛ばし、更に技能を発動させる。
「『爆拳』!」
コンッという音が聞こえた瞬間、爆発が起こる。
小さな球体は弾丸のように飛んでいき、見事にアマリアズが指定した場所へと突き進んだ。
想像以上の速度が出たことにアマリアズは一瞬焦ったが、すぐにくっと握り拳を作ったその時、遠くの方でッパアアンッ!! という乾いた音が聞こえた。
あれは凝縮に凝縮を重ねた『空気圧縮』だ。
遠くの方でこちらを見ている標的を捉えたアマリアズは、タイミングを見計らって破裂させた。
よく目を凝らして見てみると、何か白いものが落下していく。
どうやらあれが、こちらを伺っていた存在だったようだ。
それを確認した時、頭に何かがぶつかった。
カクンッと首を持って行かれたが、そこまで大したことはない。
しかし威力は相当だった。
「ほぐゅ!!」
「あの槍の攻撃受けてその反応って、やっぱ君の防御力は凄いね」
「……まぁ、ね?」
なんともないが、ぶつかった箇所をさすりながら、女の方を見てみる。
すると、再び槍を作って構えていた。
どうやら、あれは何とかしないといけないみたいだね。
あんなのばんばん投げられたらこの辺一帯が壊れるし……。
いや、もうほぼ壊れてるけど。
「……?」
槍を投げようとした瞬間、女の動きが止まった。
写真の様に動かなくなり、手に持っていた槍を落としてしまう。
それは地面に突き刺さったが、擬似技能を使った時のような勢いはなく、ただ普通に突き刺さっただけだ。
そして最後に、ゆっくりと倒れた。




