5.26.Side-カルナ-天使の目的
片刃の直刀を軽く振るってから鞘に納める。
久しぶりに取り出したからか、昔に比べて重く感じていたが、しばらく使っている内に昔の感覚を取り戻しつつあった。
子育てで大変だったとはいえ、鍛錬はしっかりしておかないといざという時に動けなくなるな、と痛感する。
カルナは足で落ちていた爆弾を拾い上げ、手に取ってそれを眺める。
黒い長方形の箱は意外と硬く、叩いてみると良い音がした。
衝撃に強い素材でできているようで、スイッチさえ起動させなければ爆発はしないようだ。
使い方は非常に簡単。
魔力をほんのちょっと流し込むだけ。
それが導火線の役割を担うらしく、しばらくすると爆発してしまう。
その間に離れて置けば、術者に被害はない。
しかし……こんな被害を出せる爆弾を量産できていることに驚いた。
回路を壊して使えないようにした物をとりあえず魔法袋の中に詰め込んでいるが、もう何個しまい込んだか分からない。
箱の中に三十個入っていたり、既に設置されている爆弾が幾つもあったりと、回収できないものもあったが、それでも相当な量を目にしてきたのだ。
これだけの数を用意できるのであれば、そういった施設が何処かにあるのだろう。
そこを叩かない限り、爆弾という兵器が天使側に付いている人間に渡り続ける。
なにせ爆発の規模が大きいのだ。
あんなものを前鬼の里に向けられでもしたら、大きな被害が出てしまうことは間違いない。
技能は失われたが、その代わり魔道具の技術力が向上した今、それを量産することができる場所上がるというのは脅威でしなかった。
「……あ」
空を天使が飛んでいった。
一体しかいないことに疑問符を浮かべたが、こちらには気づかなかったようだ。
奴らが行動を開始したのであれば、何をしようとしているか探った方がいいだろう。
今見た天使が向かった先はポトデラダンジョンとは反対の方角だ。
一度拠点に帰るつもりであれば、それを追って本拠地を暴くことができるかもしれない。
あの三人とは離れてしまうことになるだろうが、多分大丈夫だろうと決めて、技能を発動させた。
瞬時にその場から移動し、空を飛んでいった天使を追いかける。
気取られないようにするのは少し難儀だったが、一定の距離を保って追跡をしていると、住民たちが避難している所に辿り着いた。
爆撃地からとにかく離れようとしているようで、避難誘導をしてくれている兵士を押しのけて慌てながら逃げている。
多くの人々が今も尚混乱に陥っているようで、我先にと逃げ出そうとする者がほとんどだった。
そこに、天使が舞い降りる。
「……なにを……?」
物陰から天使が民衆の前に姿を現した場面を見ていたカルナは、眉を顰めた。
領民の反応からして、天使はここで姿を現したことは無かったようだ。
驚きの声とざわめきが一斉に巻き起こり、不安の言葉を口にしている者もいる。
すると、天使が翼を広げて何かを訴えかけた。
遠くにいるので言葉は聞き取れなかったが、口の動きで何を言っているのかはなんとなく察すことができた。
『キロック領の民よ、この国を守り切ることができず、すまなかった』
「……うわ、最悪……」
冒頭の出だしから嫌な予感が吹き上がり、そして的中してしまった。
天使は更に言葉を続け、領民の視線を一つに集める。
『本来姿を現すべき存在ではないが、事情が変わった。邪神が復活したのだ。先の爆発は、その邪神の仕業なのだ。このままではキロック領の民たちの命が無駄に奪われる。それは、我らにとって望まれぬ結果。故にこうして、姿を現し、皆を導くために来た』
つまるところ。
天使が主体になって爆撃したこの事件を、全て応錬の仕業に仕立て上げたいのだ。
人間の味方を増やすために、ここまで手の込んだことをしたのだろう。
わざわざキロック領を爆撃して被害を出す理由が、これではっきりした。
だがそれと同時に、今、やってはならないことが明白となった。
天使の言葉は、恐らく、まだ完全には領民に浸透していない。
まだ疑っている者たちもいるはずだ。
急に現れた存在の言葉を、やすやす信じる者はそう多くない。
しかし、それを可能にする方法がある。
「やばい……!」
カルナは技能を使って走り出す。
元来た道を戻り、必死に気配を辿って応錬の場所を探し出した。
しかし相当遠くに行ってしまっている様だ。
なかなか気配を掴むことができない。
天使はこの国を守る、という嘘を浸透させようとしている。
そのために自らが邪神に挑むのであれば、立派な英雄になるだろう。
だからこそ……。
「天使を殺しちゃ駄目……!」
天使の目的がようやく理解できたカルナは、必死に足を動かしてキロック領を駆けていった。
丁度その時、応錬は残っていた二体の天使の首を、連水糸槍で刎ねたのだった。




