5.25.Side-応錬-力技
多連水槍が、ビタリと止まっている。
前に突き進もうと震えているようではあるが、一向に進む気配がない。
込める魔力を変えてみても、それは同じだった。
であれば、新しく作ればいい。
すぐに自身の後ろから新しい槍を出現させ、それを飛ばす。
しかしそれも一定の範囲に入った瞬間、ぴたりと止まって動かなくなってしまった。
「なるほど?」
シンプルだが、強力な技能。
こういうのがあるから、技能と言うのは厄介だ。
自分に攻撃が当たらないというのは、それだけで強く、持久戦にはもってこいである。
恐らくいくら攻撃を飛ばしたところで、あの天使を中心に半径数メートル圏内は絶対安全圏であるようだ。
その中に残りの二体も入っている。
一方的に攻撃をしてくる可能性を懸念したが、やはりと言いうべきか、背に投げ槍を多く背負っている天使が、二本の槍を投擲してきた。
あれは追尾系技能を付与押された槍。
避けることは推奨されないので『空圧結界』を作り出して防いだ。
甲高い音が鳴って弾き返されたが、それは落下しながら軌道を変え、再び突っ込んできた。
「おっと……」
作り出した『空圧結界』は一方向からの攻撃しか防げない。
空中を飛んでいる今、一面だけを防いだとしても意味がなかった。
飛んできたのが分かったので難なく回避し、ついでに掴んでへし折り、ようやく技能の効果が切れる。
こうしなければならないというのは、なんだか面倒だ。
しかし……。
「……技能がしょぼいな」
天使にしては、持っている技能が普通すぎる。
この程度であれば、昔の人間もいくつか持っていた事だろう。
技能を持っているということで警戒していたが、これでは何の脅威にもならない。
攻撃が利かずとも、もう既にあの『足止め』を突破する攻略法は考えてあるが、もう一人の天使が未だに何もしていないというのが気にかかった。
この場に残っているということは、それなりの戦闘力があると思っていたが、他の二体を見ていると、どうもそんな感じではない。
しかし、なにもしないのであれば、さっさと勝負を決めた方がいいだろう。
そう決めて、影大蛇を腰だめに構えた。
「『天割』、突きバージョン」
『水龍』の上で脚を踏ん張り、ぐっと腹に力を入れて突きを繰り出す。
飛ぶ刺突は天使が身を守るために使用している『足止め』も意味をなさなかったようで、そのまま貫通して一体の天使を貫いた。
その個体は今まで何もしていなかった天使。
『足止め』を突破されたことに、目を見開いて驚く天使。
だがその瞬間、二体の天使はその場を離れた。
「……あっやべ」
応錬はそこで昔のことを思い出した。
あれは、バミル領で悪魔と戦った時のことだったか。
悪魔の使役する魔物の大軍を何とか退けたは良かったが、あれは絶対に回避することのできない攻撃を繰り出すための布石だった。
腹を貫かれた天使が笑う。
両手を合わせ、一つの技能を呟いた。
「『無差別反転』」
次の瞬間、下から絶叫が聞こえた。
そこには逃げている領民がいたが、全員が全員、腹に穴をあけて倒れたのだ。
天使は笑いながらその光景を見ていたが、どうしたことか応錬にはその技能が届かなかった。
笑みをゆっくりと消し、険しい表情になる。
思い通りにならなかった技能を憎んだが、それよりもまず逃げなければならないと、心の底から思った。
目の前に、酷く怒気を含んだ応錬がいたからだ。
だが彼自身も重傷を負っていた。
既に逃げることは不可能であり、瞬きをした瞬間、応錬は目の前にいて力強く握り拳を握っていた。
『防御貫通』と『波拳』の中にある衝撃波、骨波、内乱波。
これらをすべてたった一体の天使に向けて、繰り出す。
頭のてっぺんから拳を入れ、大地に向けて叩き落した。
天使の防御力は完全に無効化され、衝撃波によって体全身に衝撃が走り、骨を砕き、臓物がすべて破壊された。
応錬の攻撃は、魔法が主となることが多い。
しかしそれは、人間の姿で得意な攻撃手段というだけ。
彼の中で最も強力な武器は、純粋な……打撃攻撃。
魔法を使っている時は、手加減をし尽くしているに過ぎないのだ。
ゴン、ベショァッ。
一瞬の内に肉塊となり、大地にこびりつくようにして一体化してしまった。
見る影もなく、言われてもそれがもとは人と同じ姿をしていたものだった、とは誰も信じないだろう。
今地面に叩きつけられた天使は、赤い血だまりそのものであるからだ。
自分を落ち着かせようと応錬は息を吐く。
白い息が口から零れる。
そしていまだにこちらを伺っている二体の天使へと、殺気を向けた。
指に力を入れ続け、パキリ……と音を立てる。
「かかってこい」
生きた心地がしない殺気を真正面から食らった天使二体は、即座に防御態勢に入る。
そこで応錬がこちらに手を向けた。
「『連水糸槍』」
二本の槍が、見当違いの方向へ飛んでいく。
なんだったんだあれは、と思っていたのも束の間、自分たちの視界が急速に落下していった。
「「……え」」
丁度良く上が見えたので目を凝らしてみると、首のない自分たちの体が、ゆっくりと傾いている最中だった。




