5.21.行動開始
イルーザの店から出て、ポトデラダンジョンへ向かうためにまずは他の物資を道中で確保することにした。
天使の動きは常に応錬が見ているので、何かあればすぐに分かるはず。
とはいえ、奴らが動き出す前にこの場所を去るのが賢明だろう。
道中で簡単な食料物資を購入し、魔法袋に詰める。
準備が調ったところで、門の方へと歩いていった。
周囲の状況を確認していたアマリアズが、声を潜めた。
「応錬さん、天使の動きはどう?」
「ずっと教会にいるな。数は六。人間の数は二十人程度だ。馬車の荷下ろしはもう終わったみたいだな」
「中身は分からないの?」
「見えるが、何かは分からんな。とりあえず硬そうなものだということは分かるが」
応錬の索敵系技能は『操り霞』というものらしい。
霞や霧に覆われている場所の地形を把握することができるもので、その霧が触れられる場所であれば、何でも、どこでも見ることができる。
ソナーのようなものだと言っていたが、それが何なのかはよく分からなかった。
だが欠点もあるらしく、白黒でしか把握できないとの事。
色がなく、形だけでしか分からない。
更に“見ている”のではなく、把握しているだけなので、想像力が頼りになってくる技能でもあるようだ。
アマリアズの『空間把握』とは、少し勝手が違うらしい。
しかし応錬の『操り霞』は魔力が続く限りどんなに遠くでも索敵することができる。
余りある魔力を使って常時技能を使い続けているのだが、普通であれば数時間も維持することはできない。
魔力消費量は霞や霧を広げている分多くなっていくので、既に遠くに見えている教会をずっと監視しているというのは、なかなかできる事ではないだろう。
だがそのおかげで、天使の動きはある程度分かる。
先手を常に取ることができるので、今の応錬のこの技能は非常にありがたかった。
敵が動いていないのであれば、動く出す前にリゼの封印を解きに向かえば、邪魔されることもなく助け出すことができるだろう。
「ポトデラダンジョンの方は大丈夫? まだリゼさんいる?」
「ああ、それは大丈夫だ。ダンジョンの中にも外にも天使はいない。数名がダンジョン攻略をしているようだが、奥に進まず素材を剥ぎ取っているだけだな。天使の息のかかった人間ではなさそうだ」
「じゃ、尚更急がないとね」
そう言って、アマリアズは足を速めた。
それに続いて、全員が少し速足になる。
このまま何事もなくダンジョンに行くことができれば何も言うことはない。
問題が起きないことを祈りつつ、僕たちは門の付近まで来ることができた。
栄えている街なので並ばなければならない時間が生じてしまうが、その時間が酷く長く感じられてしまう。
「……」
そこで、応錬の顔が雲った。
振り向いて教会を睨み、警戒している。
嫌な予感がする。
それはアマリアズも、カルナも同じだったようで、警戒を一層強めた。
「応錬さん……?」
「野郎……見境なく攻撃するつもりか」
「え?」
そう呟いた瞬間、応錬がしゃがみ込んで地面に手を付いた。
「『泥人』」
立ち上がりながら手を持ち上げると、それに伴って土塊が立ち上がった。
すぐに応錬の分身が現れ、武器を構えて走っていく。
「ど、どうしたんですか!?」
「あのくそ天使、あれらが持ってやがったのは爆弾だ。あの木箱の中にあったのは全部そうだ」
「それ本当に爆弾……?」
首を傾げながら、アマリアズがそう口にする。
応錬が視たのは確かに爆弾の形をしていたらしいので、間違ってはいないと思う。
だが、アマリアズが懸念しているのは、爆弾は爆弾でも、“ただの爆弾”ではないということだったらしい。
危惧していたことが、脳裏によぎる。
天使はテキルという人物が作った魔道具の技術を有している。
あの鎧を見たことはあるが、確かに普通の物ではなかった。
鬼の攻撃にも耐えるのだから、相当な強度を有しているはずだ。
その技術力を持って爆弾を作ったのであれば、他の物とは比べ物にならない程の破壊力を有しているのではないか。
「応錬さん、その爆弾の特徴をもう少し教えて?」
「それを見るために今『泥人』を送らせた。あれとは視界を共有できるんだ。もうちょい待ってろ」
「分かっているだけでもいい」
「……そうだな」
悠長に構えている暇はない、と彼も分かっていたのだろう。
苦い顔をするでもなく、今分かっている特徴を口にする。
「長方形だ。その中に筒が入ってて、起爆装置のようなものがある。俺は魔道具に関しては素人だから何とも言えんが、その回路? が全面に張り巡らされてるな」
「魔力回路が全部を覆ってるのか……」
「全面を魔力回路が覆う爆弾……ってことよね?」
カルナの言葉に、全員が固まった。
たった一個の爆弾の、全面に魔力回路を覆う加工がされているのだ。
魔力回路は、組み込む回路が複雑になる程大きくなる。
爆弾を遠隔で起爆させるだけであれば、一番小さい面に回路を置けばそれで済む話だ。
カルナはそれを知っていた。
「え、やばくね?」
「ちょっと応錬さん早くその爆弾見てきてよ!!」
「今走らせてるから待てっての……! おっしゃ見えた!」
目を瞑り、視界を共有する。
そこにあったのは、黒いケースに真っ赤な線が走り回っている長方形の爆弾だった。
「……赤?」
イルーザの店で見せてもらった、魔力を蓄積する魔道具を思い出す。
自分の魔力を二万ほど抜いた後、“青白い色”から“赤色”に走る色が変わった。
魔力が込められている量を色で判別できるのであれば……。
あれには、とんでもない魔力が込められているのではないだろうか。
「『水結界』!!」
応錬が結界を作り出した時と、爆弾が爆発するタイミングは、同じだった。




