5.17.キロック領へ
やることは決まった。
ラックは応錬の言葉を聞くや否や、リックとパックに何かを言い、再び護衛をしてもらいながら森の中を走り始める。
この三匹にはどこかで待機してもらわなければならないので、途中で別れることになってしまうが、問題はない。
ラックは先ほどの会話をしっかり聞いていた。
なので今の状況がどれだけ切迫しているものかも、よく理解している。
人間に育てられたので、人間社会のことはある程度把握しているのだ。
そのため走る速度を急速に上げた。
先ほどとは違い揺れが激しくなり、応錬に唸って何かを伝える。
「まじか! おい、全員しっかり捕まっとけよ!!」
「「なにに!?」」
「ラックの背中に!」
僕とアマリアズが叫んだ次の瞬間、ラックの走る速度が更に上がった。
揺れは先ほどと変わらないが、木々が通り過ぎる速度が異様に速くなっている。
大地を蹴り、木々の根を踏みつけて足場にし、蹴り飛ばして更に速度を上げた。
体をひねりながら走って木々を躱すため、時々振り落とされそうになるが、それは応錬の技能によって防がれた。
いつの間にか土がラックの胴体に絡みつき、それが僕たちを支えている。
ようやく手で掴むものが確保できて、僕たちはほっとした。
だがそれも束の間。
ラックは全員が安定した支えを手にしているのを見ると、もう本気を出しても大丈夫だろう、という風に一度唸り、ぐっと頭を下げた。
猛烈に嫌な予感がしたが、急に飛び降りるわけにもいかない。
覚悟を決めてギュッと目を瞑ると、体が持って行かれそうになるほどの衝撃が体を突き抜けた。
「「ほごっ!?」」
「しっかり体を固定しとけ。腕だけで耐えようとするとひどい目にあうぞ」
「もう遭いました!!」
ガクンッと再び衝撃が走る。
僕とアマリアズは体を振り回されているが、応錬とカルナは平気そうだ。
うそでしょ……?
と、そんな事を頭で考えたら最後。
油断して力が抜け、またガクンと衝撃が体を貫いた。
ラックが地面を蹴る度に、この衝撃が襲ってくるらしい。
やめて欲しい。
「ガルァ」
「え、飛びたい? でもまだ明るいぞ。目立たないか?」
「グルル……」
「「飛ばないで!!」」
「だそうだ」
今飛ばれたら体もげちゃうから!!
地面走るだけでこんなに速いのに、飛ばれたらどうなるか分かったもんじゃない!!
断固拒否しま──ぐはっ!?
飛べない代わりに、とでも言わんばかりに足に力を入れて疾走した。
少しでも力を緩めてしまえば、物理的に飛んで行ってしまいそうだ。
「おお、さすがカルナ。これでも耐えられるのか」
「早く走るのは得意ですから。でも応錬さんも、意外と耐えますね」
「龍になったからか知らねぇけど、いろんな感覚が鈍くなってんだよな。起きたばっかりだからかもしれんが」
「ありそうですねー」
なにこの二人自然に会話してんの……!?
◆
しばらくそのままの速度で振り回されていたが、ようやくラックは歩調を緩めた。
だが息を切らしている様子は一切なく、大きく息をついただけだ。
次に首を地面に下ろし、翼を広げて降りるように促した。
応錬とカルナはひょひょいっと飛び降りたが、僕とアマリアズは足を震わせながら何とか大地に足を付けた。
そのありがたみを寝転がって感じつつ、空を見上げる。
一体どれだけの間振り回されていたのか分からない。
だがまだ日は落ちていなかったので、そこまで長い間ラックの背中に乗っていたわけではないのだろう。
にしても……これだけで疲れた……!
ラック飛ばし過ぎ……!
でもこれ、多分本気じゃないんだよなぁ。
ちらりをラックを見てみると、頭を振るって欠伸をしていた。
まだまだ余裕があるといった様子だ。
ラックは飛竜で、本来地面を走って移動する生物ではないのだが、自分の不得手な行動でさえ、余裕の表情を見せつけている。
あんなのに飛ばれたら本当に失神しかねない。
アマリアズと意見があって良かった、と心の底から感謝した。
「よし、とりあえずついたな」
「まぁ少し歩かないといけませんがね」
「そんじゃ、ラックたち。ありがとうな」
「ガルル」
ラックが喉を鳴らす。
その場に座って、首を上げた。
そうしているとリックとパックも集まって来て、いつの間にか咥えていた獣の肉をラックの前に差し出した。
自分たちは道中で食べて来たらしく、口の周りに血が付いている。
それをなめとりながら、ラックと同じ様にしてその場に座った。
「なんだ、付き合ってくれるのか?」
「ギャッギャ」
「暇だからなのか……。危険かもしれないが、大丈夫か?」
「ギャギャギャ」
「そりゃそうだ」
言葉は聞き取れないが、なんとなく言っていることは分かった。
どうやら僕たちのことを手伝ってくれるらしい。
移動手段が手に入ったのはありがたいが、またあの揺れを耐えなければならないと考えると、全力で遠慮したい衝動にかられた。
今度は、もう少しゆっくり走ってください……。
天使を何とかする前にやられてしまいます。
「あっ……」
「? どうしたの、アマリアズ」
「あれ」
具合の悪そうな顔をしながら、何とか一点を指さした。
そちらの方へと視線を向けてみると、畑が見える。
奥には塀が作られており、門なども確認できた。
キロック領、という名前だったのでもう少し寂れているかと思ったのだが、しっかりと『街』という文字が似合う姿をしている。
防衛設備、街道、レンガや木造の家屋。
商人の通行や村人の出入りも比較的多く、意外と発展している場所だった。
前鬼の里ほどの大きさがあるのではないだろうか。
だがここが、件の天使がいる場所であることに間違いはない。
僕は静かに、気を引き締めたのだった。




