5.15.鳳炎について
迷うことなく、応錬さんはそう口にした。
これが一番印象に残っていることだったようで、腕を組んで小さく笑う。
「あいつのお陰で助けられたことは多かった。まぁ人間の姿になった時はずいぶんやんちゃだったらしいがな」
「そうなんですか?」
「ああ。なにせ、村一個焼きかけたからな」
「どぅえ!!?」
それはただの危険人物じゃないか!!
あ、頭は良いのになんでそんなことを……。
もしかしてその村が何か悪いことを企んでいたとか、致し方のない理由があって……。
「いや、そんなことはない」
「ないんですか!?」
「若気の至りっていうのはこういう時に使う言葉なんだろうな。自分の力を存分に使って楽しんでたみたいだし。なにせあの時は話が通じんかった……。同じ日本人だって気付いてから、態度を大きく改めたが」
当時、鳳炎という人物は冒険者として活躍していた様で、彼から応錬さんも冒険者について色々教えてもらったことがあるらしい。
冒険者というものは、国の中にある騎士団とは違う組織であり、危険な魔物を討伐することから、国の中の困りごと、仕事などの手伝いなど様々なことを手広く担う団体のことである。
技量、実力、信頼度などから冒険者のランク付けをし、技術的な実力が伴わない場合は無茶な仕事をさせず、大型の魔物を倒せる技量がある者であれば、信頼度を鑑みて遠征させる。
護衛依頼などは信頼度が高い人物に任せることが多いのだとか。
鳳炎という人物はこの冒険者に一早く所属しており、その仕組みを理解し、更にAランクという高い立場にいて、他の冒険者などを率先して率いていた実績も持つ。
頭がただいいだけではなく、指揮官としての実力も高かったらしい。
評判は昔からよかったようで、数多くの冒険者が慕っていたようだ。
そのため、彼が指揮を執っても誰も文句を言うことなく、理にかなった戦術を何度も行って大きな戦いで非常に貢献した。
なかなかできる事ではないが、それを平然とやってのけるのが、鳳炎という人物だ。
だがそんな彼でも、面白いところはあった様だ。
くつくつと笑いながら、応錬が続ける。
「あいつ、ひな鳥の時に芋虫を親鳥に無理矢理食わせられてたらしくてな。人間食を食うと決まって感動して泣いていたぞ」
「そ、それは……そうなってもおかしくなさそうですね……」
「だから二つ名が“食涙の鳳炎”だった。かっこよくもなんともねぇよな! はははは!」
口にしてみたところ、可笑しかったようで腹を抱えて笑い始めた。
隣りで聞いていたカルナも、表情を緩めて笑っている。
アマリアズは相変わらず口をとがらせているが。
でも二つ名があるってかっこいいなぁ!
応錬さんの二つ名とかあったのかな?
「応錬さんは二つ名があったんですか?」
「ああ、俺の場合は“水帝の応錬”だったな」
「かっこよ!!」
「“霊帝”っていうパーティー名を付けてたからな。その“帝”っていうのが他の奴らにもついたわけだ。んで、俺は水系技能が多かったから、水帝ってのが付けられた」
先ほどまで笑っていたが、この話をすると少し苦い顔になった。
どうしたのだろうか。
「いやなに、かっこいいとは思ってたんだが、こうして思い返してみると気恥ずかしいもんだなって」
「かっこいいじゃないですか」
「はは、お前は父親に似てるな。なぁ、カルナ」
「そうですかね?」
「とと、こりゃ失言だったか?」
う、ううん……!
お父さんのこと気になるけど……お母さんの前で聞くのはやっぱり恥ずかしいな……!
すると、ラックが走る速度を緩め始めた。
ゆっくりと停止し、首をもたげて匂いを嗅いでいる。
目を細めて訝しむようにしていると、並走していた騎竜のリックとパックも戻ってきた。
「? どうした、ラック」
「……グルルルル」
「なんだと?」
ラックの言葉を聞いた応錬が、手を広げて目を瞑る。
僕たちには何も感じられなかったが、恐らく周囲の状況を把握しようとしているのだろう。
しばらくそうしていると、目を開ける。
難しい顔をして腕を組んだ。
「……罠だと思うか?」
「ガル」
「しかし結局行かなければならないのは決まっている……。どうしようか」
「あのー、僕たちにも分かるようにしていただけると、とてもありがたいのですが」
「ん? ああ、すまん」
深刻そうな面持ちなので次に出てくる言葉を聞くのは少し不安だったが、聞かないわけにもいかない。
最悪なことを想定して覚悟し、応錬の言葉を聞いた。
「今向かってる領地に、天使がいる」
一歩遅かったかもしれない、という言葉が、自然と浮上していたのだった。




