5.10.Side-鳳炎-現状把握
ヤーキの言葉に、鳳炎は首を傾げた。
それだけでは、今疑問を抱いている問題の解答にはならないが、つい最近起こったことを説明するには、まずこれを最初に言っておかなければならないことだ。
「天使は擬似技能を作る為に、技能を集めて回っているみたい」
「擬似技能? 何故技能があるのにそんなことを?」
「ああ、そっか。起きたばかりだから鳳炎は知らないのか。えっとね、あの戦い以降、技能を持つ個体は現れなくなったんだよ」
「なに?」
話を聞いてみれば、今技能を持っているのは、四百年前を生きた人物だけであるらしい。
悪魔は非常に長生きだ。
なので技能を持った個体はまだいるが、ダロスライナ率いる部隊は寿命を対価に力を得る技能を使っていたので、既にいなくなってしまっている。
前鬼の里では、ウチカゲのみが技能を持っている。
亡霊ではあるがヒスイもとりあえずいるということではあったが、決まった時間しか外に出ることができないし、実体がないのであまり気にしなくていいとの事。
鳳炎としては非常に気になる話ではあったが、懐かしい名前が出てきて口元を緩めた。
「ダチア様からの話によると、今は応錬とカルナ、宥漸とアマリアズっていう子供が君たちを復活させに向かったよ。鳳炎のいる所に送ったって言ってたんだけど……」
「ありゃ、完全にすれ違ったかぁ。まぁ応錬なら、感知系技能ですでに把握しているでしょ。馬鹿でなければ、今頃リゼの封印を解きに向かっていると思う。あとで合流するよ」
「うんうん、よろしく」
今一番守りが薄いのが、リゼのいるポトデラダンジョンだ。
宝魚の原の近くには前鬼の里があるし、天使が何か行動を起こせばすぐに動き出してくれるはず。
とりあえず、応錬の封印を先に解いたのは、間違っていないしありがたいことだ。
あの中で一番戦闘経験のある人物だし、所持技能も頭一つ抜けている。
天使だろうが何だろうが、対処してくれるだろう。
「それで?」
「うん。今は悪魔総出で天使の本拠地を探してる最中だよ。四天教会っていう名前は把握した。手がかりはそれだけなんだけど、今はウチカゲがテキルの魔道具の流出元を調べているはずだよ」
「……あいつの魔道具が流出したの?」
「実際、今回襲ってきた人間は、テキルの魔導鎧を装備してたしね」
「待って待って? 人間が?」
「そうだよ」
一瞬理解に苦しんだが、そこで昔の出来事を鮮明に思い出した。
あれは、ガロット王国で皆と集まり、対策を練っていたことだ。
バルパン王国という国で調査をしていたシャドーアイというサレッタナ王国の隠密部隊が、通信水晶で耳を疑う様な通信をしてきたことを覚えている。
そこで天使が活動を初め、教会を制圧したと聞いた。
その美しい姿から信仰の対象となり、誰もが一斉に何か言葉を叫び続けていたはずだ。
なにかは、忘れてしまったが。
この事からするに、天使は一定の人間を掌握し、協力させている。
いや、人間自ら協力することを提言しているはずだ。
この世界の信仰心は、自分が元々住んでいた日本とは比べ物にならない。
あれから四百年経った今でも、人間による天使への信仰は、変わっていないのだ。
であれば今一番怪しいのは……。
「バルパン王国」
「うん、その通り。技能持ち悪魔は僕たちの精鋭部隊だから、むやみには動かせない。だから下級悪魔が情報収集に向かっているよ」
「でも、天使は技能を持っているんだろう? だったら勝負にならないかもよ?」
「大丈夫、テキルが魔道具を提供したのは、なにも前鬼の里だけじゃないからね」
そう言って、ヤーキは懐から黒いビー玉を取り出した。
見覚えのない代物だ。
彼女はそれを指で潰す。
すると、その場から消え去った。
「わっ」
「……(左を指さす)」
「え? わぁ……」
「どうよー!」
いつの間にか、ヤーキが真隣に立っていた。
手を振ってニコニコ笑っている。
この魔道具は擬似的にワープゲートを作り出すものであり、ダチアの技能を模して作ったものらしい。
頭の中に行きたい場所を思い描き、魔力を込める。
そうすることでその場に瞬時に移動することができるのだ。
距離に応じて魔力を吸われてしまうが、悪魔であれば大概安全な場所まで移動することができる。
これは悪魔用の魔道具なのだ。
「これなら、下級悪魔でも安全に離脱できる。でも相手は技能持ちだから、これがあっても安全とは言えないんだけどね」
「でも生存率は上がるか」
「その通りっ! んじゃ、話を戻すけど」
先ほどのいた場所まで戻りつつ、手を打った。
「今やらなければならないことは、残り二人の封印を解くこと。でもこれは、宥漸君にしかできない」
「なんで?」
「『封殺封印』で封印されているから」
その技能は、サレッタナ王国で活動している時に聞いたことがある技能だった。
そんな技能で封印されていたと聞いても大して驚きはしなかったが、宥漸であればその封印を解ける事には少し驚きの表情を見せる。
あれはそんな簡単に解くことができるものではない。
封印されている対象も、封印を解いた対象も死んでしまう恐ろしい技能なのだ。
それを宥漸は解くことができる。
大したものだ、と素直に感心した。
彼のお陰で、応錬は無事に封印から目覚めたのだろう。
「なるほどね」
「まーさすがに宥漸君の魔力だけだと封印を解けなかったから、魔力石で魔力を補填したんだけどね」
「へぇ、そんなものがあるんだ」
「『封殺封印』は対象の魔力と同等以上の魔力を込めないと封印を解けないからねー」
「……? 待って? それって、応錬の魔力以上の魔力を込めないといけないってこと?」
「そうなるね」
鳳炎は、応錬の魔力総量の多さを完璧に記憶していた。
あれのせいで計画が大きく傾きかけたのだから、忘れろというのが無理である。
すぐにアトラックへと視線を向け、机に乗り出す。
「あ、アトラック! その魔力石は宥漸にどれくらい持たせた!?」
「……?」
彼は少し考えながら、三本の指を立て、次に拳を作ってその隣に何度かとん、とん、と置いていった。
その数は、三十万。
丁度、応錬の魔力総量とぴったりだった。
「あいつの魔力総量三十万だよ!? リゼと零漸の封印を解く分の魔力ないじゃん!!」
「!?」
「ええええええ!? ちょっとダチア様! 聞いてないよー!?」
やることが増えた気がする。
だが魔力石がなければ、残りの二人の封印を解くことは難しいだろう。
アトラックはすぐに立ち上がり、その準備をする為に床に沈んでいった。
残されたヤーキは、その姿を見送ってから、捲し立てるように説明を続ける。
「と、とにかく! 天使のことについては悪魔に任せて! ウチカゲはガロット王国の対処と宝魚の原を監視してくれてるから! 鳳炎は応錬たちと合流して欲しい! 魔力石準備するから待ってて!」
「あ、ちょ……」
説明を終えるや否や、ヤーキは登場した時と同様黒い穴を作ってその中に入ってしまった。
まだ聞きたいことはあったのだが……いなくなってしまったのであれば、仕方ない。
あとは宥漸や応錬に話を聞いておけばいいだろう。
……アマリアズとは、誰なのか。
何か引っかかるような気がしたが、恐らく気のせいだ。
とりあえず立ち上がり、机の上に置かれているお菓子をもう一摘まんで、それを口に放り込んだ。
めちゃくちゃ甘かった。




