5.9.Side-鳳炎-成長した悪魔
アトラックに背中を押し続けられ、連れて来られた場所は書斎だった。
悪魔の城を歩くのはこれが初めてではあるが、意外と小奇麗にされている。
思っていたより不気味さはなく、質素ではあるが分かりやすくまとめられている本棚が幾つも鎮座しており、紫と黒色のシートが被せられていた。
どうやら日の光から本を守るための措置らしい。
定期的に誰かが足を運んで、手入れをしているということが分かる。
鳳炎を中に連れて入ると、ひょいと持ち上げられて椅子に座らせられた。
今は子供の姿なので、力のなさそうなアトラックでも簡単に運ぶことができるらしい。
本当に力がなくなっているかどうかは、怪しいところだが。
アトラックは机を挟んで向かい合うようにして椅子に座り、ひょいひょい、と指を動かした。
すると、何処からか茶菓子やら紅茶やらが飛んできて、二人の前にコトリと置かれる。
器用なことをするな、と思いながら、差し出された紅茶をありがたく鳳炎はすすった。
紅茶はツン、と舌を刺激し濃厚な紅茶の香りが鼻を突き抜ける。
思わず顔をしかめてしまい、目じりを指で押さえた。
「うわぁ……四百年ぶりの紅茶……。凄く味が濃い」
「……(興味深そうに顎をさする)」
「四百年眠ってた実感は皆無なんだけどね。こりゃ、一気に食べると頓死するかも。なんてね」
そんな軽口を口にして、お菓子を一つ摘まんでみる。
サクッと優しい触感を感じたが、次に甘い香りと甘味なのかという程甘い味が襲ってきた。
四百年何も食べていないと、味覚がおかしくなるのだろうか?
だがそこで、自分は昔虫を食わされていたことを思い出す。
そのこともあり、昔から何か食べては感動で涙を流していた。
食事のありがたさを感じたのはあれが初めてだった。
「うん、昔から味覚はおかしかったかな。でもやっぱり長いこと何も口に入れていないと、少ない甘味料でも濃く感じるもんだね」
「(コクリ、コクリ)」
味の濃い紅茶をもう一度口に含み、やはり顔をしかめる。
子供だから味覚も少しおかしくなっているのかもしれない。
とりあえず四百年ぶりの茶菓子を食べたところで、本題に入る為真剣な表情になる。
なぜ自分が天使によって封印を解かれ、殺されようとしたのか。
そもそも死なないので意味のない行動ではあったのだが、やはり理由が気になる。
「って、アトラック、話せないんだっけ」
「……(ガックリと頭を下げる)」
「あはははは……。筆談でもいいけど、効率悪いかな。他に誰かいない?」
「……」
アトラックは少し悩んだあと、手を二度叩いた。
ぱんぱん、という乾いた音が鳴った瞬間、天井に黒い穴が開く。
そこから、にょきっと顔を出したのは、中性的な顔立ちで、男か女かどちらか分からない悪魔だった。
だが胸まで出てくると、控えめに膨らんだ胸元が見えたので、女だとすぐに分かる。
彼女は一度回転してシュタッと着地し、ピンッと背を伸ばしてニコニコと笑っていた。
女性にしては背が高く、スタイルが良く、女だと分かると可愛らしい表情をしているな、と思えてくる。
紫色の翼を生やしており、額の右側から角が生えており、それは少し長く二回ほど枝分かれしていた。
「ども! お呼びですか、アトラック様!」
敬礼しながら、元気な声で可愛らしく小首をかしげる。
自分の知らない悪魔だ。
だが、彼女は鳳炎のことを知っていた様で、視界の中に入れると驚いた顔をして手を広げた。
「わぁ!? 鳳炎じゃん!!」
「え、誰」
「僕だよぅ! ヤーキだよぅ!」
「ええええええ!!?」
その名前には聞き覚えがあった。
だがずいぶん大きく成長していた為、まったく分からなかったのだ。
鳳炎が覚えている彼女の姿は、とても幼かったはず。
しかし今はどうだろう。
背も伸び、口調も片言から流暢に話せるようになり、立派な大人の悪魔としてその場に立っている。
アトラックが歳をとってしまった様に、ヤーキも成長していたのだ。
「いやぁ、まさかヤーキだったとは……。分かる訳ないじゃん……」
「なははー! あれから四百年だぞー? 僕だって大きくなるさぁ!」
「それもそうだね。あれ、裏は?」
「ん? いるよん」
ヤーキが片目を閉じる。
すぐに瞼は開いたが、瞳の色は真っ黒に染まっていた。
「……寝てたんだが」
ヤーキの口から、まったく別の声が発せられた。
相当不機嫌な様子でこちらを睨む。
だがすぐに元のヤーキに人格が置き換わったようで、胸を張って腰に手を当てた。
「ちょっと、久しぶりに鳳炎が来てるんだよ? 寝てちゃダメじゃん!」
「……いや、別にいいだろ……。お前が対応してくれるならそれで」
「もうっ! 最近ずっとこんな調子なんだよー! どう思う!?」
「へぇ、裏に乗っ取られなくなったのか」
「そうだよーん!」
ヤーキは、二重人格だ。
だがそれとは少し違うらしく、それぞれ持っている技能も違う。
精神に異常がきたしているというわけではなく、二人の悪魔が一つになってしまった、というのが一番良い表現なのかもしれいない。
裏の人格とはあまり会話をしたことはないが、彼が出てくるときは、表の人格であるヤーキは眠ってしまったと記憶している。
だが今はそれを完全に制御できるようになったようだ。
そこで、アトラックが指の先で机をたたく。
そろそろ本題に入れ、と言っている様だ。
「あわわ、そうだった……。鳳炎は、今の現状を聞くためにここに来たんだよね」
「うん、そうだよ。天使とはもう会った。だけどいろいろ引っ掛かることがある。今、何が起きてるのかな」
「じゃあ説明するね」
こほん、と咳払いをして、続ける。
「天使が技能を狙っているんだ」




