5.7.Side-鳳炎-悪魔の城へ
炎の翼を広げて勢いよく空を飛んでいく。
その速度はすさまじく、瞬きをすればその場から見えなくなってしまう程だ。
自分でもこんなに速く飛べたか? と疑問を抱いたが、速いことに不便はない。
そのままの調子で飛び続け、魔族領へと到着したはずだった。
だが、記憶している魔族領とはまったく違う場所に来てしまったらしい。
空は青く、大地には緑が生い茂っている。
おかしい、と思いながら見覚えがないようである隆起した地形を目にして、やはりここは魔族領なのだと把握することができた。
この四百年で一体何が起こってしまったのか。
あれほどにまで荒れ果てていたはずなのに、ここまで緑が広がっていることにただただ驚きを隠せない。
昔、ここで大きな戦いがあったとは思えない程の回復ぶりだ。
「……回復とかそんなレベルじゃないけどねぇ……」
明らかに何か違う力が働いて環境が変化している。
なにがここまで魔族領を変えてしまったのか、と少し思案してみたが、あれしか思いつかない。
「応錬だよね、絶対……」
本当に規格外と言ったらありゃしない。
魔力が三十万?
そのせいで各国に蓋しまくりやがって。
無自覚にしても大概にしろ!
と、心の中で叫び散らす。
すべて昔の話ではあるが、今もこうして周囲に影響を与えている応錬の力は、やはりすさまじいものなのだな、と感心した。
しばらく飛んでいくと、魔王城が見えてきた。
森の中に建てられているので不気味さは携えてはいない。
むしろ少し新しくなっているのではないだろうか?
昔見た時より、綺麗になっている。
風を切る音が聞こえてきた。
何の音だ、と思ったが確認することなく旋回してそれを回避する。
すると、黒い翼が視界の中に入り、目の前を通り過ぎていった。
「外したっ!」
「わぁ、悪魔か」
両腕に黒い装甲を携えており、それは武器にもなっている様だ。
小柄な悪魔だというのにその身に不釣り合いの大きな武器は些か扱いに困るのではないだろうか、と思いはしたが、彼はそれを軽々と持ち上げてこちらに切っ先を向けた。
どうやら大きなランスのようになっているらしい。
なにか仕込みがされていないか注視したが、そのようなものはない様だ。
魔道具制作に人生を注いだであろうテキルとよく交流をしていた悪魔だ。
何かしら名残である武器を持っていてもおかしくはない。
今回は大丈夫ではあったが、悪魔の武器には気を付けておかなければならないだろう。
すると、小柄の悪魔がランスの切っ先を向けながら声を張り上げる。
「貴様、何者だ!!」
「……ん? ああ、そうか。君は昔から生きている悪魔ではないのね」
「なんだとこのチビ!」
「チビ言うな! 一回死んだんだから仕方ないでしょ!!」
とりあえずツッコんでおいたが、あの悪魔はどうやらまだ精神年齢が低い様だ。
だが戦闘職として既に起用されている……。
見張りだとしても、幼くも果敢に攻めてくる姿勢は称賛に値する。
これは将来有望の悪魔だな、と満足そうに頷いていると、翼を動かす音が聞こえた。
目を開けずにその場からひょいと移動すると、先ほどまでいた場所を悪魔が通り過ぎていく。
突きに特化した技能を持っているのかもしれない。
だが些か遅い。
とはいえ子供でここまで使いこなせたのであれば、将来はもっと鋭い突きを繰り出すことができるだろう。
そこで本来の目的を思い出す。
自分がここに来た理由はこんなことをする為ではない。
一刻も早く天使の情報を今も生きているであろう昔の生き残りたちに話を聞かなければならないのだ。
しかし……幼い悪魔はこの場を退くつもりはないらしい。
明らかに自分を侵入者としてとっちめようとしている。
ただの訪問者なのではあるが……それを彼に説明するのには時間もかかるだろうし、難儀することは間違いない。
傷つけることは不本意だし、何とか交渉できないだろうか。
このまま逃げてもいいのだが、その場合は疑いを晴らす機会を逃しかねない。
できればここで説得して、動向をしてもらいたいものだ。
「待って待って! 敵対するつもりはない! 僕は鳳炎! ダチアに話があってきた!」
「うるさいぞ侵入者め! 天使の手の者なんだろう? そんな話に騙されるかぁ!!」
「おおっふ……面倒な相手だなぁ……。子供だから仕方ないけど……」
巨大なランスが接近してくる。
それを紙一重で躱して、幼い悪魔の横腹を蹴り飛ばす。
飛行中に体勢を崩すと立て直せないことも多くあるが、若く背の小さい悪魔だからか、二度ほど回転して翼を大きく広げ、見事風に乗って上昇し、再び突っ込んできた。
なかなかいい機動力を持っているようだ。
だがこのままでは埒が明かない。
「ちょっと武器を壊させていただきましょうかね」
突っ込んできた幼い悪魔の攻撃をまた躱すが、今度はその腕を握った。
「ほげっ!?」
鳳炎はその場に固定されたように動かず、幼い悪魔が急停止してしまう。
すぐにパッと手を離し、指で拳銃を作り、それを突き付けるようにしてランスへとそれを向けた。
「『大熱線』」
バシュンッ!
赤い熱線がランスを貫通し、大きな穴を空ける。
魔力を込めればもっと太い熱線が発射されただろうが、殺すつもりはないので武器の無力化をするくらいで十分だ。
穴の開いたランスはすぐにベキンッと折れてしまい、空中に放り出された半身が重力に従って下へと落ちていく。
急に軽くなった両腕を見てみると、ランスが完全に壊れていることに気付き、幼い悪魔は目を瞠って驚いていた。
「へ……? ふぇ……」
「はぁ……。はいはい、戦うつもりはないから。使えない武器仕舞ってちょっと話を──」
「ふええええええ!! 僕の武器がああああ!!」
「泣かないでよ悪魔だろぅ!!?」
こいつ面倒くせぇ、と心の中で盛大に叫び散らし、大きなため息をついてから彼を素通りして悪魔の城へと向かったのだった。




