5.4.流れていった結界
ここまで歩いて来るまでに、高所から海を一度は見下ろしていた。
だがそれでも、鳳炎が封印されているところを発見はできなかった。
ダチアがゲートを作る場所を間違えるはずがないし、封印された場所はこの辺りの筈だ。
だが、それらしきものが一切見えない。
海の中に封印されているので見えにくくなっているだけかもしれないが……『それはない』と応錬が否定した。
「俺たちは魔物の姿になって封印された。鳳炎は鳳凰。炎系技能ばかり持っていたし、ダチアが生態系を変えたって言ってたからな。多分ずっと燃えてるんだろ。なんか朱雀と鳳凰を混ぜた感じだよなー」
「……?」
「つまり、あいつは海をどこかで温めているはずだ。だから相当目立つと思うんだが……。夜だからなおさら……」
顎をさすりながら、海に視線を移す。
遠くの方には大陸が見えるが、やはり鳳炎がいると思わしき結界は見えてこない。
そういえば、アマリアズは技能で探せないのかな?
僕の場合は陸の上限定だし……ちょっと協力できそうにない。
でもアマリアズの『空間把握』だったら探し出せるんじゃないかな。
「どう?」
「いやぁ……さっきからずっと探してるけどいないんだよねぇー……」
どうやら言われるより前からやっていたらしい。
だけど成果はなし、と。
「海の中だと俺も探せん」
「え、応錬さんも索敵系技能持ってるんですか?」
「ああ。『操り霞』っていう技能なんだけどな。これを使っている時は目を瞑っていても周囲の状況が手に取るように分かる。だが、海の中とか、密閉された空間は分かんないんだよな」
「へぇ~」
うーん、これはアマリアズと似たような技能なのかな?
気配を感じるとかそういうやつではなさそうだ。
というか……。
これ、もしかして皆海の中を探る技能を持っていないってことになるのかな?
ダチアさんが送ってくれた場所に鳳炎さんがいないとなれば、探すのはとっても大変そう。
ていうかどうやって探せばいいんだろう。
いや、そもそもなんで封印された場所に鳳炎さんがいないの?
そこでカルナが口を開いた。
「……もしかしてだけど……」
「お、何か分かるか?」
「流されたのかも……」
「「「流された??」」」
その言葉に、誰もが反応した。
そんなまさか、と僕は思ったが、アマリアズと応錬さんの顔が険しくなっている。
本当に、そんな事があるのだろうか……?
「え、どど、どうなの?」
「……『封殺封印』は、元は普通の『結界』だったはず。海の中に沈めるっていうこと自体がイレギュラーなことだし、誰もやったことがない封印方法だったのは間違いないと思う。それに、『封殺封印』、『結界』どちらも対象をその場に固定する役割は持っていない」
「そういえば、俺も封印された場所は外だったと記憶している。だが目覚めたのは洞窟の中だった。マジであり得ない話じゃないぞ」
実体験があるのであれば『封殺封印』はやはりその場に固定できるようなものではないのだろう。
なにかの力が働けば、その場から移動してしまう封印。
では、鳳炎という人物は……今も海の中を漂っているのだろうか?
「なんにせよ……」
カルナが海を見ながら、難しい顔をしてため息を吐く。
「ここに、鳳炎さんはいないってことになるわね」
「そうみたいだな」
応錬が肯定し、頬を掻く。
この広大な海で流れていった結界を探すのは至難の業だ。
目立つとはいえ、テラオーム海峡はずっと南下する様に続いており、海流の流れも速い。
あれから四百年が経っているのだから、今その結界がどこにあるのか、皆目見当もつかないのだ。
こ、困ったなぁ……。
まさか歩いて探す訳にもいかないだろうし、アマリアズも応錬さんも索敵系技能は使えないっていうし……。
何か手掛かりがあれば違うんだろうけど、どういうのも今はないしなぁ。
だがそこで、ダチアさんが言っていた言葉を思い出した。
僕たちがゲートをくぐる前の話だ。
『沸騰とまではいかないが、生態系を大きく変えた』
この言葉からするに、テラオーム海峡に封印されていることは間違いない。
場所は知らなくても、周囲の環境の変化には気づいていたのだ。
鳳炎という人物は、応錬さんと同じように環境に変化をもたらすほどの力を秘めている。
その変化がここで起きているのならば、このテラオーム海峡の何処かに必ずいるはずだ。
潮の流れはどう続いているのだろうか。
夜なので目では分からないが……必ず流れがあるはずだ。
流れている方向へと足を運べば、鳳炎という人物に辿り着くはずである。
僕がなにを考えているのか分かったのか、アマリアズも海を見た。
「……なんにせよ、一夜をどこかで過ごさないとね」
「夜の方が探しやすいんじゃないか? あいつ燃えてるんだろ?」
「あのね……私たちは君の封印を解くために一晩かけて……魔力石……を……ああっ!!!!」
そこで、アマリアズが何か重要なことを思い出したように僕を見た。
すぐに駆け寄って来て、肩を掴む。
「ゆ、宥漸君! 魔力石は!!?」
「え? ……ああ!!」
僕は思い出して魔力石の入っていた魔法袋に手をつっこんだ。
だが手に触れるものはなく、ひっくり返しても小さな粉が砂浜に舞い落ちるだけだった。
今僕たちは『封殺封印』を解くための魔力を、一つも持っていないことに、今ようやく気付いた。
これがなければ……封印を解くことができない。
僕の中にある魔力は、意外と少ないのだ。
「わああああああどうしよおおおお!!」
「ちょっと応錬さんどうしてくれんだよ!」
「俺のせいかよ!! てかなんだ魔力石って!!」
ぎゃあぎゃあと騒いでいる三人を少し離れて見ていたカルナは、なんだか懐かしそうに笑っていたのだった。




