5.3.足場がない
ダチアが作ったゲートを通ると、目の前に広大な海が現れた。
遠くの方には少し霞がかった大陸があり、それがずーっと横に伸びている。
一気に潮の香りが鼻腔を刺激し、体に纏わりつくような風が通り抜けた。
今は夜であり、周囲は暗く、海は漆黒色に染まっていてなんでも飲み込んでしまいそうな不安感が襲ってくる。
ゲートが繋がった場所は崖っぷち。
色は黒色に近い灰色で、水に濡れた場所は真っ黒になっていた。
なんだか少し不気味だ。
しかし、そんな思考は浮遊感によって霧散した。
ぱっと下を見てみると、何もない。
あるのは遥か下に見える海だけであり、波が岩にぶつかって白い波を立てていた。
ここは流れが速いのか、波が岩にぶつかる度に大きな水しぶきを上げている。
あそこに落ちてしまえば、這い出るのには相当苦労するかもしれない。
だが、今自分は……浮いている。
「のおおおおおおおお!!?」
周囲に何か掴めるものはないか、と両腕をめいいっぱい伸ばしてみるが、何もなかったようで、僕はそのまま落下していく。
上を向いてみると、ダチアが作ったゲートが空中に作られていた。
あれでは、全員が落ちてしまうのも仕方ない。
じゃなくてぇ!!!!
なんで空中にゲートが繋がってんのおおおお!!
お、落ちるぅうわああああああ!!
「っしゃ捕まえたぁ!!」
「ほぐっ!?」
首根っこを急に掴まれ、落下していた体が急停止する。
別に痛くもなんともないのだが、急停止する衝撃は慣れない。
僕はそのまま引き上げられ、後ろに投げられた。
尻もちをついてから顔を上げると、先に入った三人が、水で作られた足場に立っている。
自分もそこに座っているということに気付き、それを少し触ってみたが、とても硬い。
水とは思えない硬さで、手で触れても濡れなかった。
「だあああっし!! あんのダチアの野郎!! 空中にゲート作るとか何考えてんだ!! アマリアズと俺の技能がなかったらカルナ落っこちてるぞ!!」
「まぁ『スローリー』で滞空時間は伸ばしましたけどね」
「いやぁびっくりしたねぇ~はっはっはっは!」
応錬さんは大変ご立腹だった。
お母さんはあんまり気にしていないようだし、アマリアズはこの状況を少し楽しんでるっぽい。
そういえば僕も『空圧結界』があるんだから、それをすぐに作って足場にすればよかったかも。
うーん、咄嗟に発動させられないのが、今の課題かなぁ……?
すると、ダチアが作ったゲートが消えてしまった。
それを忌々しそうに眺めていた応錬さんだったが、すぐに視線を崖の方に移す。
次に下を見て、波が岩にぶつかってあがる水飛沫を眺め、納得した様子でため息を吐いた。
「ああ、そういうことね」
「? どういうことですか?」
「さっきダチアが開いたゲート。昔はあそこに足場があったんだな。だけど四百年経った今、少し崩れてなくなってしまったというわけだ。確認くらいしとけよなぁ……」
そういいながら、呆れた様に腕を組む。
昔、鳳炎という人物を封印した場所は、確かにあのゲートが開いた場所なのだ。
そして海に沈めて封印した。
あれから一度もここを訪れていなかったのだろう。
だからダチアは、ゲートを作る位置を間違えた。
いや、間違えたのではないかもしれない。
正確な位置にゲートを作り出した結果、そこに足場がなかっただけのことだ。
とりあえず全員が無事だったことを確認すると、応錬が作った水の足場が大陸へと移動していく。
いっそのことこれで移動すればいいのではないだろうか、とは思ったが、僕は大地に足を付けておかないと特殊技能の『大地の加護』が発動しない。
それに、応錬もこういう移動は避けたいらしい。
理由ははぐらかされたが、昔何か痛い目に合っているのかもしれなかった。
移動して無事に大地へと足を下す。
一気に周囲の気配が鮮明になり、生き物の位置を把握することができた。
だが特に危険そうな生物はいないらしい。
今いるのは小さな鳥と、虫くらいだ。
この辺りは潮風に晒されるからか、岩肌が多く、海辺でも育つ植物が辺りを覆っていた。
潮風に負けない樹皮を持つ大木が森を形成しており、遠くには浜辺も見て取れる。
今立っているこの場所は岸壁だが、しばらく歩いていけば緩やかな坂道が現れ、海面に近い方へと近づくことができた。
移動中は全員がしきりに海の方を見ていたが、結局目的の物が見つからない。
砂浜まで歩いてきたあと、アマリアズが首を傾げる。
「えーっと、『封殺封印』は何処?」
「『封殺封印』? なんだそれは」
「ああ、応錬さんは知らないんだっけ。君、封印される前に宥漸君を未来に飛ばしたでしょ?」
「飛ばしたな。『応龍の決定』を使って。ってなんで知ってんだ?」
「ウチカゲお爺さんから大体のことは共有されてるので」
「あ、そうなんだ」
ウチカゲがいないことをいいことに、適当な嘘をでっち上げたが、応錬は信じたようだ。
そのままアマリアズは言葉をつなげる。
「んで、その代償が普通の『封印』が『封殺封印』に変わることだったの。この技能は封印を解くと解いた人も、中にいる人も死んじゃう技能ね」
「こわっ!! え、じゃあ何で俺……死んでないんだ?」
「宥漸君の技能のお陰だよ」
応錬がこちらを見る。
感心したように笑い、礼をする様に手を上げた。
「こりゃ、助けられたって訳だな」
「理解が早い……」
「まぁ技能だしな。そういうのもあって然るべきもんだろ。何でもありなんだからさ」
「あのー」
そこで、カルナが口を挟む。
会話をしている間も海をしきりに見渡していたが、やはり目的の物が見えてこない。
「鳳炎さん、どこですかね」




